世の中にはゲームに対して、根強い思い込みがあります。「ゲームは役に立たない」「ゲームはお遊びであって、学業の妨げになる」。それって、ほんとうなのでしょうか? プロのゲーム作家はゲームの役割や、ゲームづくりの意義をどのように考えているのでしょう。ゲーム作家とドクターによる異色対談の後編をお届けします。
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〈ゲーム作家・米光一成 × 病理医・小倉加奈子対談後編〉
娯楽ゲームは教育に役立たないのか?
小倉:ゲームというと、一般的には娯楽のためのゲームが想像されますが、MEdit Labのワークショップでみなさんが作るのは医学を学ぶシリアスゲームです。米光さんは、シリアスゲームについてはどう考えておられますか。
米光:うーん……(悩む)。シリアスゲームって何だろう? 検索してみよう。ふむ、「シリアスゲームとは、教育や社会問題解決などを目的として開発されたゲームのこと」、とありますね。
だとすると、究極的には、シリアスゲームとふつうのゲームは何ら変わらないはずです。ぼくは、シリアスゲームという感覚はないままにゲームを作っていますが、
それが教育にならないとは思っていないし、社会問題解決にならないとも思っていません。たとえば、SNSでギスギスすることが多いとしても「はぁって言うゲーム」をやれば仲良くなれる。「あいうえバトル」を使えば、小さい子だって遊んで言葉を覚え、言葉の面白さを味わうこともできる。それはとても教育的なことだと思います。
小倉:ふつうのゲームにも、学びがあるということですよね。ゲーム作家さんとしての矜持を感じます。
米光:とはいえ、シリアスゲームは「世界の環境問題を考える」といったもうすこし明確な目的のために作られてはいますよね。目的がはっきりしているのは、ふつうのゲームとは大きく違いますね。
ゲームの良さって、参加したいときに参加できて、やめたくなったらやめられるというところにもあります。プレイヤー本人が、主体的に判断できるのがいいところです。でも、シリアスゲームになると、そこが難しいですね。
小倉:たしかに、安易にシリアスゲームを作ろうとすると、プレイヤーから主体性を奪って、作り手の伝えたいことを伝えるだけの面白くないゲームになる気がします。
米光:もともとゲームは現実から切り離された虚構です。虚構だからこそ、現実世界の立場を脇において楽しむことができるものです。
いっぽうで、シリアスゲームのように、ゲームが現実と関わっていく面白さも間違いなくあります。先日、「eミッション」という気候変動にまつわるゲームを遊びました。カードに、温暖化問題やエネルギー問題についての知識が書いてあって、遊びながら現実世界の知識を身に着けていく面白さもよくわかります。
▲YouTubeには「はぁって言うゲーム」をやってみたという動画が無数にアップされています。
「現実はもっと複雑だ」という壁
小倉:「ゲームは、子どもの害になるもの」という狭量な見方でも、「シリアスゲームは教育の役に立つ」といった短絡的な見方でもなく、本来のゲームの可能性を考えたくなりますね。MEdit Labでもシリアスゲームを開発したんですが、最近、思わぬ問題に直面しまして……。
米光:何があったんですか?
小倉:チーム医療を体験するカードゲーム「ENT!」を学内でお披露目したときのことです。
病院では、とても多くの専門職スタッフたちが連携して医療にあたっています。でも、その実情はあまり知られていないんですよね。医学部を志す高校生に「知っている医療職をできる限りあげてください」と聞いてみると、「医者、看護師、薬剤師……」で止まることがほとんどなんです。
実際の現場では、放射線技師さんとか、臨床検査技師さんとか、管理栄養士さんとか、メディカルソーシャルワーカーさんとか、他にもたくさんの職種の方がおられて、チームで患者さんの医療を行っています。そのことを知っていただきたくて作ったゲームだったのですが、大多数の好意的な反応のなかに、一部「現実はこんなに単純ではない」との強い反発があったんですよね。
米光:ゲームそのものは、ルールを基盤にしたものです。複雑で理不尽で曖昧な現実世界を、わかりやすく簡素化してぎゅっと閉じ込めたものがゲームです。「現実はもっと複雑だ」と言われてしまうと、本すら書けないですよね。人との会話だってできなくなります。本だって会話だって、複雑な現実を一定の視点から単純化した結果です。その論理で、ゲームだけを排除されるのは腑に落ちない気がしますね。
小倉:この体験は私たちにとってはすごく勉強になりました。医学とゲームをかけあわせることも、シリアスゲームを学習現場で使うということも新しいチャレンジですので、MEdit Labの活動を通じてゲームと学習の可能性を模索したいと思っています。
▲MEdit Labが開発したゲーム「ENT!」。「ENT」とは退院の意味なんです。
なぜ、ゲーム作家は医学に惹かれるのか
小倉:米光さんは、MEdit Labのカリキュラムを受講して、「ずっこけホスピタル」というゲームまで作ってくださいました。医学×ゲームというこの試みはどうご覧になっていますか。
米光:ぼくはもともと、医学の本って大好きなんです。なぜかというと、医療ってすごくゲームっぽいと思うからです。
病院に行くときは、たいてい不調があって、先生が診断してくれて、薬をもらったり手術をしてもらったりして、最終的に治るという流れですよね。これって、まさにゲームの構造なんです。無秩序から始まって、理想の状況で終わる。
小倉:たしかに! 医療現場ってゲームっぽいですね。
米光:でも、医学の場合はとてもシビアですよね。ゲームでのキャラクターの死とは違いますから。そういう意味で、厳密なルールが求められる現場なのだと思います。ぼくは、不謹慎に思われるかもしれませんが、誤診や医療ミスがとても気になっていて、いろいろ調べました。たとえば、医療現場の右左をぜったいに間違えてはいけない状況で、「左」「右」と漢字で書くと見間違えるから、ひらがなで書くなんていうのは、ゲームのユーザーインターフェースの考え方と近いんですよね。
小倉:MEdit Labのワークショップでは、米光さんが気になっている医療ミスの体験を集めるべく「ずっこけホスピタル」というゲームを構想されましたよね。順天堂大学のドクターなどとこのゲームを遊んでいるとき、場がずいぶん盛り上がったのを覚えています。
米光:ぼくが医学が好きな理由はもうひとつあります。ゲームは、楽しさを生み出すものだと考えていますが、それを掘り下げていくと医学の領域にたどり着くんです。「楽しさって何だろう?」「楽しくないものってなんだろう?」「うつってなんだろう?」とか。医学は身体と心を扱う学問だけれど、ゲームも心を扱うものなんですよね。だから、シリーズ〈ケアをひらく〉のようなものも面白く感じるのだと思います。
〈ケアをひらく〉シリーズを読んで顕著に感じるのが、インタラクションをやめないことの大切さです。ゲームでも大事になっていることが、医学の現場でも大事にされているということを興味深く感じます。
ゲームをつくると、学び方が変わる
小倉:
MEdit Labでは「専門的な学問」として敬遠されがちな医学を、中高生から親しんでもらえるように活動しています。今年度は「保健体育」の教科書を使って、みなさんに医学ゲームをつくってもらう予定です。ゲームをつくることについては、どんな意義があると思われますか。
米光:シリアスゲームをつくるときは、作り手側が学ばないといけません。何をモチーフにするか、どこを知って、何を伝えるかを考えるのがすごく大事です。
ゲームを作ろうとして学ぶと、学び方が変わります。試験対策だと暗記するだけになるかもしれませんが、ゲーム用だと思うと、「どういう構造?」「ここをゲームに置き換えるとしたら?」とダイナミックな学びになりますよね。
小倉:MEdit Labでゲームづくりのワークショップを開催しているのは「学び方を学ぶ」という裏テーマもあるので、その部分を米光さんに汲み取っていただけて嬉しいです。米光さんは、昨年度からワークショップに参加くださっていますが、今年もご参加いただけるんでしょうか。
米光:はい。今回のオープニングイベントでは、順天堂大学の先生方による保健体育の授業があるのがとても楽しみです。昨年度、MEdit Labのワークショップにちょこちょこもぐりこませてもらいましたが、とても楽しかったし学びがありました。
ゲームって、ひとりでは作れないんです。誰かにテストプレイしてもらう必要があります。試作段階のアナログゲームを誰かに遊んでもらうことが、じつはすごく難しい。完成していないゲームは面白くないので(笑)、友達を呼んで遊んでもらうこともやりにくい。
でも、MEdit Labでは、ワークショップのあいまにテストプレイをする機会も何度もあり、ゲームづくりのいちばん難しいところをサポートしてくれます。純粋にゲームを作りたい人から医学を学びたい人までどなたでも参加する意義があると思います。
(完)
7月27日(日)開催、MEdit Labプレゼンツ
「世界で一番おもしろい授業 〜もし順天堂大学現役ドクターが本気で「保健体育」の授業をしたら〜(通称もしドク)」は、参加者受付中です。
こちらのイベント参加終了後に、今年度のワークショップの参加申し込みを開始します。ゲームづくりにご興味がある方も、現役ドクターの「保健体育」授業が気になる方も、ぜひお越しください。(参加費は無料、高校生以上はどなたでもご参加いただけます)
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投稿者プロフィール

- 聞き上手、見立て上手、そして何より書き上手。艶があるのにキレがある文体編集力と対話力で、多くのプロジェクトで人気なライター。おしゃべり病理医に負けない“おせっかい”気質で、MEdit記者兼編集コーチに就任。あんこやりんご、窯焼きピザがあれば頑張れる。家族は、猫のふみさんとふたりの外科医。