医学に効くほん!
医学に効くほん! COLUMN
2026.03.19
2026.03.19
理系でも文系でもなく、脳系の本?『「心の病」がみえる脳科学講義』
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加藤忠史先生のことを、理化学研究所にいらしたころから一方的に存じ上げていました。精神科のドクターとして診療を継続しながら、精神疾患を脳科学的にとことん追求され、しかも本好きっぽい文系的雰囲気を漂わせた優しそうな先生を『科学道100冊』のパンフレットで拝見しながら、いつかお話してみたいなぁと思っていました。

そんな加藤先生隠れファンだったおしゃべり病理医、本屋で加藤先生の書かれた最新刊を発見して購入した直後に、大学の仕事でタイムリーにご一緒する機会があり、なんて素敵!とコーフンしたのでした。

加藤忠史先生は、現在、順天堂大学医学部の精神医学講座の主任教授で、最新刊のタイトルは、『「心の病」がみえる脳科学講義』。

帯には、脳研究者の池谷裕二先生が「基礎から最先端の話題まで、これほどにわかりやすく解説している本を、私は見たことがありません。心の不調を脳から理解したい全ての人へ」とあります。本当にその通りの本で、加藤先生が、一般の方向けに行った人気講義を1冊の本としてまとめたものです。

◆理系でも文系でもなく、脳系?

脳科学が発展するには、理系と文系がそれぞれの枠を超えて融合することが大事。脳科学分野は理系でも文系でもなく“脳系”ではないか、と加藤先生はいいます。

私は、脳科学に限らず、そもそも医学という学問自体が文理融合的なものではないかと思っています。

医学はそもそもサイエンスとアートの融合からなる学問であり、その在り方は、医療として社会や文化にも影響を与え、また、与えられもします。社会や文化を考えることは人文・社会科学といった文系の学問です。脳科学においても医学そのものにおいても、文理を横断するような発想が必要不可欠です。

本書では、6つの章に分けて、ADHD、統合失調症、うつ病、双極症、神経症など様々な精神疾患について、脳科学的にわかっていること、また、その治療法など基礎的な研究と実際の臨床について解説されています。タイトルは脳科学ですが、認知行動療法をはじめとした心理的なアプローチのことにも触れられていて、加藤先生が研究だけでなく、実際の患者さんの治療を通した臨床科としての考察もとても大事にされていることがわかります。

◆精神疾患は、顕微鏡で見える病気

病理医の立場として、改めて本書を読んで感じたことは、精神疾患を診断することの難しさです。難しさには2つの側面があって、ひとつは脳の病気であるために、簡単に脳細胞を採取して病理学的に検索することができないこと、もうひとつは、患者さんが日常生活を送るうえで困っていることが診断基準に入ってくる、というあいまいさにあります。

がんなどの病気では、がんが疑われる細胞を採取してきて病理医が顕微鏡で詳しく観察すれば確定診断が可能です。患者さんが日常生活に困っておらず、全く無症状であっても、病理学的にがん細胞が見つかれば、その方はがんと診断されます。ある意味、とてもすっきりしているとも言えます。でも精神疾患は、気軽に脳細胞の一部を採取するわけにはいきませんし、ご本人が日常生活に全く困っていなければ、そもそも受診してこないわけです。

加藤先生は、精神疾患は、なんとなくみんな、“心の病気”と思っているけれど、顕微鏡で見える病気のはずで、単に細胞が採取しづらいからそのことがわかっていないだけなんだとおっしゃいます。病理医の私もなんとなく、精神疾患は心の病気ととらえがちだったので、なるほど、加藤先生が脳科学的に精神疾患を研究されているのは、まさにその信念に基づいてのことなんだと思いました。

脳科学的に精神疾患が解明されていくことは、患者さんにとって様々なメリットをもたらします。まずは病態が正確に解明されることで、それに対する治療法が確立していくこと。そしてもうひとつは、心の病気という偏見から解放されることです。

熱があるから、頭痛があるから、といった身体の病気で学校や職場を休む場合と、精神疾患で休む場合とでは、だいぶ受け取られ方が異なります。心の病気というのはそれ特有の偏見がどうしてもあります。

精神疾患は、まさにサイエンスとアートの両面からケアされる必要があるのです。病理医がいつか精神疾患を顕微鏡を観察して病理診断する日が来るでしょうか。

 

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投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。