言語聴覚士 コトバト通信
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COLUMN
2023.05.15
2023.05.15
交差点にご用心
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こんにちは、言語聴覚士の竹岩直子です。
前回は私たちの感じる「味」について覗きました。
私たちは〈もぐもぐ〉と咀嚼するあいだ、歯や舌はもちろん、記憶や言葉までもつかって「おいしいなぁ~」を感じているのでした。
 
それでは、いよいよ味わったものを〈ごくん〉と飲み込んでしまいましょう!
 飲み込むことを専門的な用語で「嚥下(えんげ)」といいます。
嚥下が行われる舞台である口や喉のなかを覗くと、こんなふうになっています。
 口と喉を横から見た図
上の図をみてわかるように、実は、私たちの鼻(鼻腔)、口(口腔)、喉(咽頭・喉頭)は行き来のできる地続きの空間となっています。
青い線は空気の通り道を、黄色い線は食物の通り道を示しています。
(実際には食道は食べ物が通る時のみパカッと開くのですが、ここではわかりやすくするために開いた状態でみています。)
 それぞれの線を辿ると、喉の辺りでクロスしていますね。
実は、ここ、私たちの体に潜む、恐ろしい「魔の交差点」なのです。
 
例えば、何かの弾みに食物が青いルートを辿ってしまうと、どうなるでしょうか。
黄色の線の行先が食道、胃であるのに対し、青い線の行先は?
そう、気管の奥にあるのは、肺です。
こんなふうに本来口から食道へと入る食物が気管に入ることを「誤嚥(ごえん)」といいます。そして、その食物などに付着した細菌によって肺に炎症が起こった状態を「誤嚥性肺炎」といいます。
この誤嚥性肺炎は、重度の場合、命にも関わります。
そのため、この喉の交通整備は、文字通り命がけの作業といえるのです。
  
では、なぜこのような「魔の交差点」は生まれたのでしょうか。
その答えに迫るべく、ヒト以外の哺乳類の喉をみてみましょう。
 哺乳類の咽喉頭
細かいことはさておき、哺乳類の多くは上の図のように食物と呼吸の通路が立体的に交差し分離されています。
そのため、私たちと違い誤嚥の可能性がとても低いつくりとなっているのです。
 
では、私たちとその他の哺乳類とを分ける大きな違いとはなんでしょうか。
それは、私たちが完全な直立姿勢を身につけたことでした。
 類人猿とヒトの咽喉頭
二足歩行や直立姿勢を獲得する進化の過程で、私たちの喉頭の位置は徐々に下がり、咽頭も下へと向かって長くなりました。その結果、あの交差点は誕生したのです。
ですが、この喉の進化は私たちに大きな副産物ももたらしました。
この喉の形状のおかげで、他の動物には不可能な、音声言語をつくったり、持続的な発声ができるようになったのです。
とはいえ、誤嚥という厄介ごとを背負ったのも事実。
食事だけでなく唾を飲むときでさえ、この危険地帯を安全に渡らなければなりません。
 
さて、私たちはどんなふうにこの危険を回避しているのでしょうか?
そのお話は、また次回に。ということで、次回もお見逃しなく!それでは、またお会いしましょう。

投稿者プロフィール

竹岩 直子
竹岩 直子
絵本作家に憧れていたという少女は、若干、変化球的に進路を選択して「言語聴覚士」に。コトバのセンスがバツグンのマイペース大阪人で趣味は刺繍と空想。おしゃべり病理医おぐらとは「イシス編集学校」の仲間。