大海原に放り出された小舟たち──。
東畑開人さんは、現代社会を生きる私たちをそんなふうに喩えます。そして、それが「みんなの苦悩」であると語ります。
東畑さんは臨床心理士で、カウンセリングがお仕事。多様な立場や年齢の方々が東畑さんのもとに訪れ、悩みを語ります。家族の問題、キャリアの問題、自尊心の問題、パートナーシップの問題。それぞれは極めて個人的な問題ですし、それぞれが異なる状況で異なることに悩んではいますが、奥深いところでは同じ苦しさが響いている。「僕らは今、ひどく孤独になりやすい社会で生きているのだ」と、東畑さんはいいます。
たしかにこれを読んでいる読者のみなさんも思うところがあると思います。私たちは、ネットで即座に情報を発信したり収集したりできますし、SNSやZoomなどで簡単に仲間とやりとりをすることも可能です。ただ、さまざまなことがあまりにも早くやりとりされすぎていて、人と人とのつながりはもろく、ほんの少し、言葉が足らなくても多すぎても、心がすれ違ってしまったり、時には“炎上”してしまうこともあります。まさに、大海原の中で、いつなんどき転覆させられるかわからない小舟のような私たち。本書は、そんな私たちがなんとかこの大海原の中で、他の小舟たちと時に手を取り合いながら生き抜く方法を教えてくれます。
帯には、「新感覚の“読むセラピー”」とありますが、東畑さんは、つらい状況を生きていくうえでの「補助線の引き方」を提示してくれています。補助線とはいったいなんでしょうか。
“好き/嫌い” “許す/許さない” “正しい/間違っている” などなど、人はつらいときほど、極端なジャッジをしがちです。「補助線」というのは、白黒はっきりつけたがる思考に、もうひとつの線を引くことをいいます。別の見方を教えてくれる命綱のような線です。
夜の海を東畑さんと小舟で漕ぎ出し、7つの補助線を教えてもらいながら、物事の別の見方を発見し、なんとか生き抜くための方法を一緒に考えていくような本。つらいときに手元にあると安心の1冊です。
追伸:
東畑開人さんが2019年に上梓された『居るのはつらいよ─ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)は、第19回大佛次郎論壇賞と紀伊國屋じんぶん大賞2020を受賞しています。こちらの本は、東畑さんが沖縄の精神科デイケアで働いた時の体験を綴ったもの。悩み傷つきながら、そして仲間のサポートを得ながら、「ケアとは何か」「ケアとセラピーの違いとは何か」深く考察していきます。こちらも大変魅力的な1冊ですので、おススメです。
本書は、医学書院「ケアをひらく」シリーズの1冊。医学書院は医学書の専門出版社ですが、「ケアをひらく」シリーズは、一般の方にも読みやすく面白い本が目白押しです。こちらもチェックしてみてくださいね。
◆東畑開人『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』新潮社
まえがき 小舟と海鳴り[1章]
生き方は複数である
処方箋と補助線[2章]
心は複数である
馬とジョッキー[3章]
人生は複数である
働くことと愛すること焚火を囲んで、なかがきを―なぜ心理士になったのか―[4章]
つながりは複数である
シェアとナイショ[5章]
つながりは物語になる
シェアとナイショII[6章]
心の守り方は複数である
スッキリとモヤモヤ[7章]
幸福は複数である
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投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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