まるちゃんの首のうしろにぐりぐりがある─と気づいたのは、1か月前くらいのこと。まるちゃんとはおしゃべり病理医が飼っている犬(ビション・フリーゼのオス5歳)のことです。
撫でていたら、なんとなく指先に当たるものがあり、毛玉かなと一瞬思ったのですが、丸いぐりぐりができている。可動性良好、弾性硬、径1.5㎝、おそらく皮下腫瘍。と触診の結果から「良性の脂肪腫」と診断した、“人間専門”の病理医のわたし。でも、気になるので、近くの獣医さんに念のために連れていき、様子を見ていいですよと言われて安堵したのでした。
実際、ぐりぐりが急に大きくなってきた場合は、別の腫瘍(ネットで検索すると、犬では「肥満細胞腫」という腫瘍ができることが多いのだとか。ちなみに人間にできるのはものすごく稀です)を考えて手術で早めに摘出した方がいいのですが、いったい、誰が摘出したぐりぐりの病理診断をしてくれるのでしょう?犬の病理医っているんだろうか?
と、疑問に思っていた矢先、病理医しんしんが教えてくれたのが本書。獣医病理医、中村進一先生が書かれた『死んだ動物の体の中で起こっていたこと』。おぉぉ!動物の病理医の先生っておられるんだ!
中村進一『死んだ動物の体の中で起こっていたこと』ブックマン社
◆人間の病理医が驚く、動物の病理医のここがすごい
本書は、主に動物の死因を特定する病理解剖を中心に、獣医病理医の仕事が紹介されています。ペンギンの胃がん、ネコの腎不全、イヌのくる病、ヒョウモントカゲモドキの腸閉塞などなど。種を越えて、様々な動物の死因を特定する中村先生。人間の病理医である私はかなり驚きました。
すごいことその1.「どんな種類の動物も解剖できること」
ゾウをはじめとした大型哺乳動物と爬虫類のトカゲでは内臓の位置など解剖が全く異なります。解剖がわからないままでは病理解剖はできません。どんな動物でも解剖できるということは、どの動物の解剖も頭に入っているということ!すごすぎる!
すごいことその2.「あらかじめ動物ごとにかかりやすい病気を知っている」
当然、からだの作りが違えばかかりやすい病気も異なります。やみくもにあたりをつけて病気を診断するのではなく、動物ごとに機能的に弱いところなどからだの特徴が頭に入っており、かつ、かかりやすい病気を熟知していること。人間だけであっぷあっぷしている場合ではないと、反省してしまいました。
すごいことその3.「肉眼所見の正確さ」
特に動物園などから依頼される病理解剖で、感染症などが疑われる場合は、他の動物たちを救うべく、一刻も早い対応が必要です。その場合は、摘出した臓器を数日かけてガラススライド標本にしているヒマなどありません。顕微鏡で観察するのはあとから確認のために行うとして、まずはなんといっても肉眼診断で病気をずばっと同定する迅速性が必要です。その中村先生の肉眼所見を取る能力たるや、人間の病理医も学ぶべきところが多いなと思いました。
◆人間の病理も動物の病理もおんなじ
中村先生が話されていることがいちいち病理医の私が日頃考えていることと同じであり、共感することもいっぱいでした。
人間の病理解剖は、主治医が自分の診療が適切であったかを患者さんから教えていただくラストチャンスですが、その結果を真摯に受け止め診療に役立て、医療の発展に貢献することが目的です。動物の病理解剖も、飼い主が自分の飼い方が適切であったかを動物から教えてもらうことで、不適切な飼育で不幸にも苦しんで亡くなる動物を減らすことにつながります。
医学も獣医学も目指すところは同じところ。中村先生の動物への愛と獣医病理医としての決意表明に、同志だな!と感じました。
他にも人間と動物の病理医の共通点はたくさんあります。
「生き物の死因を究明するために、ぼくたち病理医は「眼で見てかたちを観察する」という方法をとります」(p.18)
「映画に物語があるように、病気にも「物語〈ストーリー〉というものがあります」(p.21)
まさにです!病理は、病気の理〈ことわり〉を知る学問という意味ですが、病理医の私たちは、病気の原因を肉眼では体全体あるいは内臓のかたちの変化を、顕微鏡では細胞や組織のかたちの変化を観察して考えます。なおかつ、そのかたちの変化がどういう経緯でもたらされたのか、特に病理解剖の場合は、複数の要因がからみあってひとつの病態をつくっていることも少なくないため、それらを解きほぐしながら全体としての病気のストーリーを考えていくことが重要です。
ついでに、職場の光景までそっくりだったのには笑ってしまいました!
本書(p.19)より。中村先生の机の上
おしゃべり病理医の机の上
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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