海外旅行や留学中に経験する「時差ボケ」。なかなか眠れない、頭がボーっとする、食欲がないなど、つらい症状に悩まされた経験はありませんか?
◆西洋医学からみる時差ボケ
西洋医学では、時差ボケを「概日リズム睡眠障害」の一種として捉えます。私たちの体には、約24時間周期で働く「体内時計(サーカディアンリズム)」があり、この仕組みを制御しているのが脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)です。
ここで重要な役割を果たすのが「メラトニン」というホルモンです。メラトニンは松果体(しょうかたい)から分泌され、その分泌量は光によって制御されています。通常、夜の9時頃から分泌が始まり、深夜2-3時頃にピークを迎え、朝方に向けて減少します。
時差の大きな地域への移動により、この体内時計と現地時間との間にズレが生じます。例えば、日本からニューヨークに移動した場合、ニューヨークの夜9時(日本時間で翌朝10時)になってもメラトニンの分泌が始まらず、なかなか眠気が来ません。このリズムの乱れは、寝つきを悪くするだけでなく、朝食を食べる気がしない、お昼になっても胃がもたれる、体が冷えやすいなど、様々な不調の原因となります。
参考:Lévi F. Circadian chronotherapy for human cancers. Lancet Oncol. 2001;2(5):307-15.の図を改変
◆東洋医学からみる時差ボケ
中国における約2000年前の医学書の『黄帝内経』では、人体の生理的なリズムについて詳細な記述があります。特に注目すべきは「衛気(えき)」の概念です。衛気とは体を守る防御システムで、昼夜で異なる運行をします。
同『黄帝内経』には「衛気は昼は陽分(体表)を行き、夜は陰分(体内)に入る」と記されています。昼間は体の表面を巡って外からの刺激から身を守り、夜間は内部に入って胃腸など内臓の働きを助けます。これは現代の研究でも、体の様々な機能が昼と夜で切り替わることが分かっているのと通じる考え方です。
夜間に衛気が体内に入ることで体表の防御力が低下するため、私たちは自然と布団やブランケットで体を保護します。この衛気の運行が時差により乱れると、様々な不調が生じると考えられます。
◆実践的な対策:東西医学の異なるアプローチ
興味深いのは、時差ボケへの東西医学のアプローチの違いです。西洋医学では主に「眠り」の側から体内リズムを整えようとします。一方、東洋医学では「眠り」の側だけでなく「目覚め」の側から整えていく特徴があります。
私の師匠は、時差ボケだけでなく、オンラインゲームなどで昼夜が逆転してしまった中高生の治療に対して漢方薬を用いていました。その処方は、朝の目覚めを促し、昼間の活動力を高めることで、結果として夜の眠りを自然に導くというものでした。
同様の考えに基づいて、私個人の実験として、日本からニューヨークへの長距離フライトでは、現地時間に合わせて「麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしん)」を飲んでみると非常に効果的でした。この漢方薬は体を温め、新陳代謝を高める作用があり、衛気の運行を整える効果が期待できます。ただし、漢方薬の使用には必ず専門家への相談をしてくださいね。
長距離フライトでは、フライト中から目的地の時間を意識した生活リズムを心がけ、到着後はその時間帯の衛気の運行に合わせて活動することが重要です。特に夜間は適度な保温と休息を確保し、朝は意識的に光を取り入れて衛気の体表運行を促すことで、体内リズムの調整をスムーズにできます。
このように東洋医学の知恵は、現代の時差ボケ対策に新たな視点を提供してくれます。「眠り」と「目覚め」、両方のアプローチを理解することで、より効果的な対策が可能となるでしょう。
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投稿者プロフィール
- 生まれも育ちも石川県。地域医療に情熱を燃やす若き総合診療医。中国医学にも詳しく、趣味は神社巡りとマルチな好奇心が原動力。東西を結ぶ“エディットドクター”になるべく、編集工学者、松岡正剛氏に師事(髭はまだ早いぞと松岡さんに諭されている)。
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