医学に効くほん!
医学に効くほん! COLUMN
2025.01.06
2025.01.06
ドクターはどうなの?『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
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三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、2024年のノンフィクション大賞受賞のベストセラーですが、医師にも読んでもらって感想を聞きたいなぁと思う一冊です。帯には、「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」とあります。

あなたの「文化」は、「労働」に搾取されている──

現代の労働は、労働以外の時間を犠牲にすることで成立している。

同書「まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました」より

著者の三宅香帆さんは、まえがきにあるように、本をじっくり読みたすぎるあまり、なんと会社をやめてしまいます。その経緯をネットに綴ったことが本書をまとめるきっかけだったとか。

本書では、労働の実態や労働に対する価値観の変遷によって、読書を中心とした文化がどのような影響を受けてきたのか、明治から今現在まで、時代ごとに解説されています。タイトルのやわらかなイメージとは裏腹に目次をみると社会学者が書いたような、読み応えのある、なかなかに硬派な本です。

明治時代にベストセラーとなった自己啓発本『西国立志編』の影響力や昭和の高度経済成長期の疲れたサラリーマンが司馬遼太郎を愛読した理由やビジネス本のテーマとして「読書術」が鉄板となった経緯など、読書をテーマに据えた思想史としても楽しめる一冊ですが、三宅さんは、日本における読書と労働の歴史を丹念に追ったうえで読者にこう問いかけます。

「全身全霊をやめませんか」。

◆24時間、医師でいられますか?

医師の働き方はどうなのでしょう?

長い間、日本においては、 “24時間お医者さんであり続けます”というような赤ひげ先生をステレオタイプとするドクターが無意識に望まれ、自分の主治医には、いつなんどきでも駆けつけてほしいと願う方も少なくなかったように思います。

厚生労働省が目下、推進している「医師の働き方改革」はそういった医師の理想像を大きく変える改革のひとつといえそうです。私が勤める病院においても、医師の長時間労働が原則禁止とされ、1カ月の労働時間の上限が定められ、当直の前後は勤務しないといったシフトに変化してきています。

これまでは、当直の前後もふつうに働き、外科医だったら、夜中に急患が入り、緊急手術を行って一睡もできないまま、翌日定時の手術に入らざるを得ないことも。前日一睡もできていない外科医に手術されると訊いたら、大丈夫だろうか?と、手術される患者さん側も不安になるでしょうが、これまでの医療現場はそういったことも日常茶飯事でした。しかし、医師が過労死する事例などが契機となり、ドクターも人間らしい健康的な生活を送り、無理に働き続けるよりも万全のコンディションで診療に臨むことが求められるようになったのです。

◆医師であると本が読めなくなるのか?

ただ、いまだに一部のベテランドクターの考え方や価値観は、「働き方改革」とは相いれないところが少なくありません。ずっと長年、24時間医師であるべきと考えてキャリアを積んできたドクターの中には、研究活動を自己研鑽として勤務時間には入れず、働き続ける方もおられるように思いますし、自宅にたくさんの論文を持ち帰ってそれらをずっと読みふける方もいるでしょう。たとえ真夜中であっても、患者さんからのご相談を快く引き受ける開業医の先生もおられるかも。そして、定時にぴたっと帰宅する若い医師に対して「やる気が無い」と感じる方も少なくないのではと思います。

お医者さんをやると本が読めなくなるのでしょうか。

そうかもしれません。少なくとも大学や病院の会議の待ち時間などに、医学以外の本を開いて読んでいるドクターはほとんど見たことがありません。私は、読書が大好きなので、あらゆるスキマ時間を狙って、小説やエッセイやビジネス書など医学以外のジャンルの本をたくさん読みます。ただそういった私の姿をみた先輩ドクターには、本を読むくらいなら、自らの仕事に直結する優れた医学論文をもっと読みなさいと指導されるだろうなと思います。

そして、改めて自分自身、一患者の立場になって考えてみると、やっぱり全身全霊で医師としての責務を全うしている先生に自分の身は託したいと正直、思うのです。

◆ “たくさんのわたし”が本を読む

では、全身全霊が求められる医師は絶望的に、これからも本を読めないのでしょうか。働き方改革はどうなるのでしょうか。

私は、読書をするわたしも、病理医であるわたしも、母であるわたしも、MEdit Labでボードゲームを作っているわたしも、ぜ~んぶ、全身全霊で打ち込みたいな、と願う欲張り派です!

MEdit Labの活動の軸である、松岡正剛さんが提唱した編集工学では、「たくさんのわたし」という考え方があります。わたしという存在は、あらゆる場面に応じて揺れ動くもの。みなさんも、自宅にいるときと学校にいるときと部活動のときとペットと一緒にいるときでは違うでしょう。そして、そういったたくさんのわたしは、それぞれ完璧に切り離せるものではなく、時にはつながったり重なり合うこともあるはずですし、どれもまぎれもない私の一側面です。

医学と他分野をつなげるような授業や医学にまつわるボードゲームを作るワークショップの開催といったMEdit Labの活動は、おしゃべり病理医やしんしんなど、メンバーすべてのたくさんのわたしが重なり合って成り立っています。だからこそ、唯一無二の学びの場が生まれていると自負します。

MEdit Labで、医学のようなリベラルアーツのような、様々なジャンルが混ざり合わさる不思議な活動を展開していけば、医師として読書を存分に楽しむことだって可能だと信じています。

何より、医師とそれ以外の自分を切り分けるよりも、役割を重ねていく方法を編み出していった方が、労働も読書もずっと面白くなるように思います。 “ポジティブな公私混同”と言えるかもしれません。

どういった働き方改革がいいのか、正解はありませんが、本書は、自分の人生において労働って何?ということを考える機会となる一冊だと思います。

みなさんは、どう思いますか?

 

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投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。