医学に効くほん!
医学に効くほん! COLUMN
2025.05.08
2025.05.08
動的平衡は利他に通じる
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動的平衡と言えば、福岡伸一さん。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の著者である分子生物学者です。現在開催中の大阪万博では、福岡さんがプロデュースされた「いのち動的平衡館」が話題です。

動的平衡は、福岡さんの生命論のキーワード。『動的平衡は利他に通じる』の序論で、このように説明されています。

秩序はそれが守られるためにまず壊される。システムは、変わらないために変わり続ける。生命のこの営み、分解と合成という相反することを同時に行い、しかも分解を「先回り」して行うこと、これを「動的平衡」と呼ぶことにした。(中略)動的平衡は、新しいものでも積極的に壊すことに意味があるとする概念。(p.6)

生命は環境から絶えず物質を取り入れては、別の形にして物質を供給している。手渡されつつ、手渡す。これは利他性に他ならない。福岡さんはそう言います。

◆珠玉の生命論エッセイ

本書は、2015年末から約5年ちょっとの間「朝日新聞」で連載されたコラムを改題して新書版としてまとめたもので、1ページ読みきりのエッセイがぎっしりの贅沢な一冊です。

たくさんの科学者が一般向けの本を書いていると思いますが、福岡さんの文章が持つイメージの豊かさは特別です。科学的であり文学的。論理的であり詩的。数ページ読むたびに、目を開かせられる一文に出会えます。私も読みながらたくさんのページに付箋を貼りました。ごく一部ですが、いくつかここにあげてみましょう。

ネット社会の不幸は、消えないこと。小さな棘がいつまでも残る。情報は消えてこそ情報となる。

文系・理系を言う前に、人はまずナチュラリストであるべきだということ。

アミノ酸はアルファベット、たんぱく質は文章にあたる。他人の文章がいきなり私の身体に入ってくると、情報が衝突し、干渉を起こす。これがアレルギー反応や拒絶反応。消化の本質は情報の解体にある。

ババアおよびジジイの存在がもたらしたものこそが文明だったのである。

都市に立ちならぶ高層ビル群を眺めながら思う。はたしてこの中に、解体することを想定して建設された建物があるだろうか。作ることに壊すことがすでに含まれている。これが生命のあり方だ。

自分の仕事を自分で裏切らないようにする。このシンプルな規準こそがプロフェッショナルの矜持というものだ。

生命は差異にこそ敏感なのだ。変化を生きるための情報と捉える。

ぜひ、みなさんも本書を手に取って、192のエッセイの中から、キラリと光るセンテンス、お気に入りのエッセイを見つけてください。

◆生命は利他的?

利他というキーワードが今、かなり話題となっています。たぶん、世界の大きな国々のリーダーがあまりに利己的なふるまいをするものだから、その反動なのではないか、と思います。福岡さんはこんなふうに語っています。

生命は利己的ではなく、本質的に利他的なのだ。その利他性を絶えず他の生命に手渡すことで、私たちは地球の上に共存している。動的平衡とは、この営みを指す言葉である。

人間も細胞単位まで細かく観察すると、ものすごく利他的なふるまいをしています。先週、コラムでご紹介したプログラムされた細胞死、アポトーシスも、まわりの細胞との秩序を保つべく細胞が自ら死を選ぶのですから、かなり利他的なんですね。

それなのに、一人の人間、そして集団となった人々のふるまいは、どうしてこんなに利己的になってしまうのでしょうね。どの国もポピュリズムの力が増し、自国の利益ばかりを追求するリーダーが台頭し、SDGsも名ばかりに…。地球という大いなる動的平衡は、かなり危機的です。

私たちは、福岡伸一に学び、自分自身の身体を構成する細胞たちの日々のふるまいを見習うべきではないでしょうか。

 

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投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。