彼が「医学部を目指す」と口にしはじめたのは、高校1年生の時だった。あれ?建築士じゃなかったっけ?と思ったのだが、落合陽一さんの講演を聞いたことがきっかけで、「セイバーメトリクスを駆使するスポーツ・ドクターになる」というやたら具体的な目標ができたようなのだ。
落合陽一さんは、数百人の生徒が集まる会場にスマホで自撮りしながら登場したらしく、「むちゃくちゃハイテンションなお兄さん」だった。そして、生徒に対して「100万分の1の人間になる方法」をノリノリで伝授し始めた。中二病に罹患中の多くの男子に刺さったであろうと思う。「この分野だったら俺は100人のうちのひとりになるだろうな、というものを3つかけ合わせれば、100万分の1の人材になれるよ」落合さんはそう言ったらしい。
シンプルなその方法を聞いて、彼は興奮した。俺だったら、数学センスと野球のオタク知識の2つにドクターという職業を加えればいいんじゃないか? 掛け算の答えが、「セイバーメトリクスを駆使するスポーツ・ドクター」だったのだ。
でも、彼は大切なことを聞き逃している。それらの3つを「どう」掛け合わせるかが重要だ。足し算ではなく掛け算の方法だ。単に3つの得意なことがばらばらでは、100分の1の特技が3つあるだけなのだ。数学が得意な君、なぜそれに気づかない?
『忘れる読書』は、その掛け合わせ方法には読書による教養がとてつもなく重要であると書かれている。落合さんは、教養とは抽象度の高いことを考える力と、知識と知識をつなぎ合わせる力であると定義する。自分でストーリーを練り上げる力とも言い替えているが本というパッケージ化された情報から、自分の文脈を創っていく力を身につける必要があると力説する。わが師匠、松岡正剛の言葉を借りるなら、読書は、著者との交際、そして、著者のアタマを借りてものを考えられる機会なのだ。
本の内容自体の多くを忘れたとしても、たくさんの本を通して様々な著者の思考プロセスを辿った軌跡は頭の中に蓄積していく。やがてそれらが互いにリンクしあっていく。物事を考察するとき、「あ、これって、あれとなんとなく似ている主張だな」とか、「あの部分と接続できるな」というような“思考のフック”が、読書によって、頭の中にたくさんつくられていくのである。3つの分野を掛け合わせる方法も見えてくる。
医師という職業は、今後ますます専門性が増して暗記する知識量が膨大になる一方で、それらの情報処理はAIにまかせて、今よりももっとクリエイティブな能力が求められるようになるだろう。単に医師をはじめ医療従事者になったから将来安泰という時代はすでに終わっている。
短文でとぎれとぎれであっという間に流れてしまうネット情報だけでなく、本を開いて、活字を追っていくアナログな時間は、色々なアイディアを練り上げる時間になる。読書で想像力と創造力をつけよう。そして、100万分の1の人材になろう♪
本書では、落合陽一という人物を形成した良書の紹介もいっぱいなので一読の価値ありです。
落合陽一『忘れる読書』PHP新書
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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