■やめられないとまらない
本書に出会ったのは梅雨の時期のジュンク堂池袋店。新発売の新書だけに本全体を覆う特別な帯がかけてあったのですが、その帯のインパクトに惹きつけられ、ついジャケ買いしてしまいました。
読んだら面白い。やめられないとまらない(というと「かっぱえびせん」ですが)。
本書では、人生に寄り添う国民食としてのポテトチップスを軸として、戦後食文化史と日本人論が展開されています。巻末には充実の年表までついていますが、日本のポテトチップス産業は、本書の言葉を引用すると「フラ印が先鞭をつけ、湖池屋が量産化し、カルビーが大衆化した」と要約できるそう。
カルビーと湖池屋というの二大企業を代表する社長さんや開発責任者など、キーパーソンへの徹底的な取材が、本書を単なるポテチの話にとどまらない論考にしています。加えて、著者をはじめ本書に登場するあらゆる人々のポテチ愛とポテチを美味しくしたいという探究心と研究への情熱に胸を打たれます。
ポテトチップスは、口に入れた瞬間の塩味と、噛みながら口の中で広がるジャガイモの甘味が交互にやってくることで、やみつきのループに人々を誘うのですが、本書の構成も塩味と甘味のブレンドが素晴らしいのです。
だから、読みやすくてやめられないとまらない。
ポテトチップスの歴史は、日本人の栄養状態に色濃く影響を受けています。戦後まもなくは、ジャガイモの栄養価の高さが評価されている一方で、「戦時中を思い出す」と忌み嫌われることも。じょじょに商品自体の改良と人々の認識が変わっていくことでポテトチップス大ブームに。しかし、1990年代の「スナック菓子の冬の時代」が到来すると、生活習慣病を引き起こす悪しき食生活を代表するようなジャンクフードと見なされてしまいます。ちなみにWHOが「メタボリック症候群」として生活習慣病の診断基準を定めたのが1998年です。
今現在は、ダイエットを気にして低カロリーなお菓子を好む方、ささやかな間食の楽しみとして安価なお菓子を求める方、変わったフレーバーを楽しむグルメな方など、多様な消費者をターゲットにした実に様々な商品が誕生しています。
■医療と栄養の密接な関係
この本書のどこが「医学に効く」のか。
もちろん、この本が「日本人の食と栄養の歴史」を語っているからです。栄養というのは病気の診療において極めて大切な、古くて新しいテーマです。院内では、患者さんの栄養管理を専門とする医療チーム「NST」があるくらいなのです。
現在の日本において、貧困の問題を除けば、豊かな食事を楽しむことができるわけですが、特に10代~20代の女性と高齢の方の栄養不良が問題になっています。
若い女性は、モデルや歌手など有名人のスレンダーな姿に憧れ、「痩せていることが美しい」という美の基準が刷り込まれることで、過度なダイエットに走ることが少なくなく、またコロナ禍においては様々なストレスが引き金となって摂食障害に罹患するひとが急増しています。
一方、高齢の方は咀嚼の力や生活全体の活動性の低下による食欲減退などによって、やはり低栄養の状態にあることが少なくありません。ましてや病気の時には栄養状態がさらに悪くなってしまいます。がんの場合は、がん細胞自体が食いしん坊であるために、栄養を過剰に消費してしまいますし、感染症や膠原病などが原因によって炎症が長く続く場合は、やはり栄養不良になります。
栄養状態が悪いなかでは、手術からの回復が悪かったり、お薬の効きが悪かったりと、治療がなかなかうまくいきません。適切な栄養管理というのは、診療の質を向上させるのです。
ポテトチップスの原料であるジャガイモは、戦中、戦後の食糧難の時代においては、「貧者のパン」と呼ばれたように高カロリーな栄養食として重宝されていました。ポテトチップスも安価であり、誰にも手軽に手に取ることのできる万能な高栄養お菓子であるともいえそうです。
軽くてさくっとしたポテトチップス。それでいて栄養豊か。
低栄養を防止するためには、ポテトチップスなどのスナック菓子も含め、あらゆる食品の栄養の特徴を知り、食を適切に楽しむことが大切です。
一方、戦時中の食糧難の話をしましたが、実際、今年の夏の異常な暑さは環境破壊が要因で、多くの国で飢餓に苦しむ人が増えています。日本の食料自給率も低迷したままでは、我々日本人だってこれからいつなんどき食生活の変化を余儀なくされるかわかりません。
いずれにしても正しい栄養に対する教育が不可欠ですし、生活習慣が地球の環境問題にも自分自身の身体の状態にもつながっているんだ、という意識を持つことがこれからますます必要だと思います。
おまけ1:もしも本が苦手な方は、こちらのPodCastも面白いですよ!
夢のポテチ回!ポテチを食べまくりながらポテチの歴史と社会を読み解く | 味な副音声 ~voice of food~ | SPINEAR (スピナー)
おまけ2:著書の稲田豊史さんは、ライター、コラムニスト。こちらの本もおすすめです。
『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ─コンテンツ商品の現在形』光文社新書
なぜ、映画を早送りで観てしまうのか、その心理に迫る怖くて面白い本です。
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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