前回の「教えてしんしん 診療すごろく」の連載コラムでは、赤ちゃんの「うんちの色」が取り上げられましたね。最近の母子健康手帳には、赤ちゃんのうんちの色をチェックするための色見表があるという話でしたが、実は、便や尿の色で病気を推定することは、大昔の医師もやっていたことで、たくさんの絵画もその証拠として残されているのですよ。
今回の「医学に効くほん!」は、『うんこの博物学』をご紹介したいと思います。
◆うんこドリルブーム
突然ですが、「うんこドリル」はご存じですよね? ブームとなったのは、2017年。『うんこ漢字ドリル』が、異例の超特大ヒットとなったのを皮切りに、『うんこ算数ドリル』や『うんこ夏休みドリル』なども発売され、うんこに対するタブー的な感覚が薄れたのでした。でも、今回ご紹介する『うんこの博物学』の訳者である山本規雄さんは、うんこドリルを初めて開いて、常識的内容に少し拍子抜けした、と言います。「労働中にうんこの話をしないこと」などに代表される問題文は、あたかもうんこを漏らすことが悪いことであるという単純な図式に支えられているともの申すのです。
なるほど、『うんこの博物学』を訳された方ですから、こう思うのも無理もありません。この本、400ページある厚めの本なのですが、うんこが悪であるという単純な見方にとどまらず、医学や生物学、そして文化や芸術史まで、うんこを軸に縦横無尽な論考が繰り広げられているのです。章立てをご覧になれば一目瞭然なのでお見せしましょう。
第1章 秘密の快感-今なお残るタブー
第2章 なぜ汚いと思うのか-排泄と洗浄の歴史
第3章 トイレと孤独の喜び
第4章 いかにウンコは作られるのか
第5章 すぐれたウンコとは
第6章 我慢と解放感
第7章 ブラウン・ゴールド-ウンコはいかに利用されてきたか
第8章 情報伝達手段としてのウンコ
第9章 おしっことおなら
第10章 快楽と創造の源としてのウンコ
いかがでしょう? ちょっと驚かれた読者のみなさんもおられるかなと思います。こんなにも多角的に便について考察されたら、単にうんこの話を公然とするのはタブーである、と言って捨て置くことも難しくなります。まさに、「博物学」。少しだけ内容を紹介しますが、よりこの本の学問的なレベルの高さがわかるかと思いますよ。
◆うんこをここまで語れるのか
第5章「すぐれたウンコ」には、便の色が茶色であることのメカニズムや粘り気がどのようにもたらされるかといった、消化管にまつわる生理学的な内容についての解説から、古生物学における「糞石」、つまり“うんこの化石”にまつわる話まで含まれます。
医学部では基礎医学の中の生理学、あるいは臨床医学のひとつである消化器学で、便の色が胆汁に含まれるビリルビン由来であることを学びますし、しんしんのコラムで登場した白色の便は、胆汁が便に含まれていない証拠、つまり「胆道閉鎖症」という重篤な先天性疾患を疑うサインでしたね。
本書では、さらに、「人間の平均的な排便量が年間50kg程度である」というような雑学的内容が続きます。おしゃべり病理医としては、牛のゲップに含まれるメタンガスが環境破壊の要因になるという話もあるけれど、すべての人間の便こそ環境破壊の要因になるではないかとSDGs的なテーマにまで考察が及ぶことになりました。実際、次の第6章「我慢と解放感」では、排便のメカニズム、便秘の要因といった医学的内容からはじまり、中世貴族の便秘に対する悩み、糞ころがしの生態、そして産業革命時代の糞便処理の歴史など、便をテーマに学際的な考察に読者を誘ってくれるのです。
さて、この本の著書、ミダス・デッケルスはオランダの生物学者なのですが、オランダではテレビやラジオの動物番組などで引っ張りだこのコメンテーター。様々な生物に関する本も執筆していますが、本書は特に英語圏で高い評価を受け、各国で出版ブームとなったのは、2017年。日本が「うんこドリル」で盛り上がった時期と時を同じくします。
日本社会も子どものウケをねらってうんこを語るのではなく、おとなが真面目にうんこを語るぐらい成熟すると良いのではと思います。医学部においても、「うんこ」の講義として、歴史や文化などの教養的な内容を含め、あらゆる基礎医学講座や臨床各科のドクターが話をしたら面白いだけではなく、学んだ内容がしっかり定着するように思います。
いつか「うんこ」にまつわる医学ゲームも作れたらいいなぁと思います!
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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