生成AI、chat GPTが登場して、「ことば」についての関心がぐっと高まりました。今井むつみさん・秋田喜美さんの共著『言語の本質』がベストセラーとなり、その中では、「身体を持っていないAIが言語を学習することは可能か」という「記号接地問題」も取り上げられています。
そうです。なんといっても生成AIと人間の大きな違いは、身体があるかどうか。身体があるということは様々な環境からの情報を、言語に限らず、「フィーリング」として自分に取り込めることを意味します。これはとてつもなく大きなことです。「犬」についてその意味するところを知るだけでなく、身体を通してその手触りであるとか、香りであるとか、“感覚ごと知る”体験は、人間を人間たらしめる大きな要素です。
また、生成AIにとっては、ビッグデータを使って集めた犬の特徴がいくつが合致すれば、どんな犬でもただの犬ですが、わたしにとって一緒に暮らす“まるちゃん”は、世界でただ一匹の愛しい存在です。
◆それ以上速くなろうと努力してはいけない
本書は、男子400メートルの日本記録保持者であり、スプリント種目の世界大会で初の日本人メダリストとなった為末大さんと言語学者、今井むつみさんとの対談本です。為末さんは、アスリートとして「身体」を軸に、そして、今井さんは、「言葉」を起点にして、学ぶことの本質に迫ります。
本書の目次も構成もとてもよく練られています。為末さんがスポーツをベースに言語について考察し、そして疑問を持ち、それに対して、今井さんが言語学者として回答していきます。MEdit Labとしては、テーマも本の構成も、ど真ん中直球、どストライクの本です。
為末さんは、言語能力が特に優れているアスリートであり、コーチです。本のあちこちに興味深い具体例も満載なので、ぜひ本を手に取っていただきたいのですが、いくつかエピソードをご紹介してみます。
ひとつめ。「ハードルの上で休んでいる選手」という言葉があるそうです。この言葉は、客観的な描写ではありませんが、為末さんを含めハードルの選手はすごく腑に落ちるといいます。つまり、「ハードルの上で一瞬、筋肉がゆるむ」ということなのですが、そう説明されるより、「ハードルの上で休む」と表現してもらった方が、イメージしやすく、身体を動かしやすいのだそうです。
男子100メートルの桐生祥秀選手に、ウサイン・ボルト選手が言った言葉もとても印象的です。
「トップスピードに乗ったら、それ以上速くなろうと努力してはいけない」
なるほどです。たしかに、ボルト選手をはじめとした世界のトップランナーの100メートル走を観戦していたりすると、最後の方は、流しているといいますか、ゆる~く走っているように見えたりしますよね。トップスピードに乗ったら力まずにその流れに任せることが大事なのかもしれません。
こんなふうに一流の選手たちは、自分たちのからだの状態を絶妙な言葉を選んで表現しているのです。為末さんはこういいます。
「選手にとって自分の動きがわかって、ことばで説明できるようになるということは、取り出し可能になるということではないかという気がしています」
◆大事なのは、学び方を学ぶこと
一方で、言葉にできない感覚をしっかり感じられることも大事であると今井さんはいいます。例えば、何か新しいことを学ぼうというとき、私たちは、自分のこれまで持っていた知識や経験を土台にします。その時に、言葉にできないし、理解ができていないけれど、いろいろ試してみる人は、熟達していく能力が高いというのです。つまり、一部を言語化しつつ、別の部分では自分の直感を豊かにしていく、言語化できない部分の勘を育てることも大事であるということですね。たしかにそれこそ「記号接地問題」で、言語と一緒に身体の感じにも鋭くなっていく、ということが「学ぶ」ことの秘訣なのです。身体ごと学ぶ、ということですね。
そして、そのためには、積極的な試行錯誤が必要。タイパやコスパより試行錯誤、失敗を楽しむこと。早くわからせる方法と、将来伸びるやり方は矛盾するのかもしれないと為末さんも言っています。
学びで大事なことは、学び方を学ぶことなんですね。やっぱりね!
それではみんなで、レッツMEdit Q!
◆書籍情報◆
為末大・今井むつみ『ことば、身体、学び 「できるようになる」とはどういうことか』扶桑社新書
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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