今回は、連載コラム「医学に効くほん!」の中で、初の小説紹介! あの映画化、ドラマ化された『神様のカルテ』の著者、夏川草介さんの最新小説です。
前回、紹介した磯野真穂さんの『医療者が語る答えなき世界』では、「治すとはどういうことか?」という問いがテーマとなっている、というお話をしましたが、この小説の主題もまさにそこ。物語を通して医師のありようを考えさせてくれるこれまた素晴らしくハートフルな物語です。
本書の主人公は、雄町哲郎。将来を嘱望されていた内視鏡の名手である消化器内科医です。とある理由で、原田病院という町の小さな病院に勤務している。雄町先生の診療に対する姿勢は、彼の愛読書であるスピノザに通じるものがあるようです。
スピノザとは、『エチカ』に代表される著書を残す17世紀のオランダの哲学者。スピノザは、レンズ磨きで生計を立てつつ、大学などのいわゆる高等教育の場に所属することなく、生涯、在野で思索を続けた哲学者です。スピノザはふだん私たちが何気なく前提としていることに一石を投じて、物事を再定義していくという姿勢を取り続けます。とりわけ「意志」や「自由」に関するスピノザの洞察は、精神医療やケアの現場にも新たな知見を与えてくれることもあるのだとか。
「こんな希望のない宿命論みたいなものを提示しながら、スピノザの面白いところは、人間の努力というものを肯定した点にある。すべてが決まっているのなら、努力なんて意味がないはずなのに、彼は言うんだ。“だからこそ”努力が必要だと」(本文より、雄町先生の言葉)
思想も生き方もスピノザに影響された雄町先生を中心として、どんな登場人物がその生き方に影響を受けるのか。本書のいちばんの見所です!
著者の夏川草介さんは、ほぼおしゃべり病理医と同い年。信州大学医学部を卒業し、地域医療に貢献されており、コロナ禍では、治療の最前線に立ちながら書いたドキュメンタリー『臨床の砦』が話題となりました。
──医師になって二十年が過ぎました。
その間ずっと見つめてきた人の命の在り方を、私なりに改めて丁寧に描いたのが本作です。
(夏川草介さんの『スピノザの診察室』書籍紹介より)
医療では奇跡は起きない。でも、勇気と誇りと優しさを持つこと、そして、どんな時にも希望を忘れないこと。夏川さんの医師としてのぶれない視点が熱くて優しい、そんな一冊です。
◆夏川草介『スピノザの診察室』水鈴社
参考:スピノザに興味を持った方は、國分功一郎さんの『スピノザ─読む人の肖像』『スピノザの方法』をどうぞ。また、哲学に興味を持った方は、入門編として、最近、出された3冊シリーズ『哲学史入門』(NHK出版新書)がおススメですよ。MEdit Labのコラボレーター、山本貴光さんも『哲学史入門Ⅱ』で登場されています!
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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