今年度のMEditワークショップのオープニングイベントで登壇される與那覇 潤(よなは じゅん)さんは、歴史学を専門としている評論家であり、精神科医の斎藤環氏との共著『心を病んだらいけないの?』で小林秀雄賞を受賞されています。
実は、與那覇さん、もともと公立大学で歴史を教えていたのですが、重度のうつのためにお仕事を休まれていた経験があります。その治療の過程で出会ったのがボードゲーム。今回「医学に効くほん!」としてご紹介する『ボードゲームで社会が変わる 遊戯するケアへ』は、その体験を機に、ボードゲームジャーナリストとして長く活動されている小野卓也さんと一緒に書かれた本です(小野卓也さんの本職は、なんとお坊さん!)。
本書がいったい、どんなふうに医学に効くのかと疑問に思われたかもしれませんが、ボードゲーム、実は、医療現場でもかなり活用されているのです。復職や再就職を目指す精神科のリワークデイケアでは、ボードゲームがリハビリのプログラムに採り入れられているのだそう。
◆なぜ、リハビリのプログラムにボードゲームが?
ボードゲームを精神疾患のリハビリに活用する理由はいくつかあります。最も大きな理由は、他者とのコミュニケーションをゲームがアシストしてくれることです。精神疾患ではうまく他の方と話すことが難しくなります。でも、ゲームを囲むことによって「次ですよ」とか、「今の一手、いいですね~!」とか、ゲームに関する内容であれば会話ができることも少なくありません。
ほとんど会話ができない方がみんなの共感を集めたり、爆笑を誘ったりすることもできます。本書でとりあげられているボードゲーム『私の世界の見方』は、親がもっとも面白いと思うカードを選ぶ、というシンプルな大喜利的ゲーム。例えば、どれに課税したらいちばんウケるか、といったお題が出されて自分の手持ちのカードを出すわけですが、発言がほとんどできなくても面白いカードを出せれば、みんなが驚いたり喜んだりしてくれる。一方、ついつい話し過ぎるひとは話題がゲームに集中することで、他のプレイヤーと話がかみ合いやすくなります。
このように、ボードゲームが、コミュニケーションしやすい場を提供してくれるわけです。他者との交流に慣れ親しむことが大切な精神疾患のリハビリにはうってつけなのがボードゲームなのです。
◆デジタルゲームとの違い
最近は、ネット上で知らないひととも対戦できるデジタルゲームが流行っていますが、アナログのボードゲームとの大きな違いは、遊びの自由度にあります。デジタルゲームはやはりデジタルですから、そのゲームをつくったプログラマーの方針でゲームルールががっちりと決まっています。誰と誰が対戦しようと「できること/できないこと」が二者択一で決まっていて、曖昧さがありません。その点、公平であり、合理的でもあります。
一方、ボードゲームは、慣れていないプレイヤーを招いて遊ぶときは、「このカードを入れると複雑になるから抜いてみよう!」といったように、ルールを柔軟に変更することも可能だったりします。また、対面だからこそ、視覚以外の身体的なコミュニケーションが使えることも大きな特徴です。
◆シリアスゲームが陥りやすい罠
このように、様々な利点のあるボードゲームは、リハビリだけでなく、学習に使われることも増えてきました。娯楽以外の目的に活用されるゲームを「シリアスゲーム」と呼びます。欧米のSTEAM教育では、戦争体験や農場経営シミュレーション、あるいはタンパク質の構造など、歴史や経営や化学などを学ぶためにシリアスゲームが積極的に活用されています。
日本でも特に3.11の後にシリアスゲームがちょっとしたブームとなり、防災などのテーマを学ぶうえで活用できるボードゲームが開発されていたりします。ただし、與那覇さんと小野さんは、シリアスゲームにちょっとした警鐘を鳴らしています。
学びが目的になると、ゲームの面白さがそがれてしまいます。あまりにも現実に即した“いわゆるシリアス”なテーマを扱うゲームは、それを実際体験した方からすると、つらい過去が想起されてしまい、ちっとも楽しめないものになりかねません。ドクターが開発する病気予防のゲームは、ついついドクターの「これを学んでもらいたい!」という意識ばかりが先行してしまい、つまらないゲームになってしまうことも…。
「目的は遊びの大敵」。著者のおふたりはいいます。シリアスゲームでは、プレイヤー視点が無視されがちです。楽しく遊んでいたら自然と知識が身につくことが理想です。様々な失敗を気軽に試みることができるボードゲームのプレイ体験を通し、シリアスになりすぎず、うまくいったりいかなかったりの“人生のグラデーション”を知る体験をプレイヤーに提供できることが何よりも重要です。
MEdit Labのワークショップでは、医学にまつわるボードゲームをつくります。ワークショップでは、実際に名作と言われているボードゲームをプレイしながら、プレイヤー視点を意識してゲームをつくっていきます。
医療従事者を志すひとはもちろん、どんな職業に就こうとも、他者の視点に立って考察できる想像力と分析力を育てることはとても大切です。本書をバイブルに、ワークショップでは参加者みなさんとともに、プレイヤー視点に立ちながら、楽しくゲームづくりができればいいなと思いますし、医学の様々な楽しみ方、学び方を共有できればと願っています。
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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