文系ウメ子ちゃんねる
文系ウメ子ちゃんねる COLUMN
2024.06.24
2024.06.24
ゲームで「能力主義」を考え直す 高校生こそ読みたい『知性は死なない』(與那覇潤)
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■あなたは優秀ですか?

成績がいい。プレゼンがうまい。英語が話せる。難しい本を読める。スポーツができる……。
世の中には、さまざまな「能力」が想定されています。学校や会社や社会は、その「能力」を高めるよう求めてきます。そして、こんなムードがうっすらと漂っています。

その人が「優秀」なのは、たいへんな努力をしたからだ。頑張れば、能力は高まる。能力が低いのは、その人が怠けていることの証拠。無能な人間は、社会でやっていけなくても仕方ない。だって、自己責任だからね――。

■うつで言葉をうしなった研究者は、果たして

MEdit Lab「医学をみんなでゲームする2」のオープニングイベントに来てくださる與那覇潤さんは、1979年生まれの“元”歴史学者です。東京大学で博士号を取得し、大学の准教授として日本近代史の教鞭をとり、NHK Eテレなどテレビ出演も多数。その舌鋒鋭い活躍で話題にもなりました。
が、研究者として最盛期を迎えた30代半ばに、躁うつ病(双極性障害Ⅱ型)を発症。会話もできない、文章も読めない、書けない状態に陥り、2ヶ月間、精神科へ入院。リワークデイケアを経て、その後退職。

言葉を武器に戦ってきた研究者が、言葉をうしなったとき。果たして、何が起こるのでしょうか。そんな経緯が書かれているのが『知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版』(與那覇潤著、文春文庫)です。

 

■能力をうしなっても、生きる意味がある

能力のなくなった自分なんて、この世に存在する価値はない――。與那覇さんはそう考えていたといいます。しかし、その見方が変わったのが、精神科に入院したときでした。

かつては、博士号をもつ大学教員として自分の能力をフルに使って言論活動をおこなっても、思うような評価が得られない。しかし、ここでは、まとまらない話をぼそぼそと話すだけでも、うれしそうに共感してくれる人がいる。自分のことを大学教員と知らない人たちが、楽しそうに交流してくれる。それは、なぜだ……? 不思議な体験のなかで、與那覇さんは気づきます。

努力すればするほど、進学校や一流企業といった属性がついてまわる。「能力によって選抜された」という根拠にもとづいて、周囲との関係をきずかなくてはいけなくなる。だから、属性や能力をうしなっただけ、あるいはうしなう可能性があるだけで、自分の人格を全否定してしまう。死にたくなってしまう。でも、能力だけが自分ではないのだと。

うしなったって別にいいよ。
それでものこるのが
本来の意味での「友だち」だから。(p.267)

たとえ、あなたが努力して獲得した能力がうしなわれたとしても、それでも本来の「友だち」はなくならない。能力をうしなったとて、あなたの存在を受け入れてくれる人はいるのです。

■ウノができないなら、別のゲームにすればいい

與那覇さんは、入院中、他人と話す能力が低下しているとき、病棟の仲間とトランプやUNO(ウノ)をしていたといいます。ゲームをしていると、プレイのなかでいっしょに盛り上がれて会話の糸口が見つかる。いわく、ゲームは「会話の松葉杖」。

“松葉杖”を使って、病棟仲間と交流するなかで出会ったのは、UNOができないという成人患者たち。知的に障害があるわけではなく、病気発症前には一般にいうところの地位の高い役職についていた人たちが、UNOさえできなくなっていた。その様子を見て、最初は「小学生でもできるのに」と訝しむ與那覇さん。

けれど、そのような患者さんともできるゲームで遊ぶうちに、「能力」への見方が変わってきたといいます。UNOは、自分で出すカードを自分ひとりで決めないといけない。でも、「仲間同士でアドバイスする」というルールのゲームであれば、みんなが楽しめることを発見していくのです。

うまくあそべない人に、
「おまえは能力が低いなあ。
もっと勉強しろよ」なんて、

言わなくてもいい。

むしろ「能力が低い」プレイヤーが
まじっても、

みんなが最後まで
たのしめるようなデザインのゲームを、

みつけてくればいいのです。(p.267)

■能力は誰のもの?

ゲームやルールを変えることで、UNOができなかった患者さんも楽しむようすを目の当たりにすると、與那覇さんは、ある概念を思い出したのです。

それは「アフォーダンス」。これは「提供する」という意味のaffordを名詞化した言葉。アメリカの心理学者 ジェームズ・J・ギブソンが提唱した概念です。與那覇さんは、これを「能力の『主語』を人からものへ移し替えるための概念」だと捉えます。

たとえば、「健常者の人間には走る能力がある」とは考えない。「平らな道」というものが、走るという行為を健常者の人にアフォードする、と考えるのです。

この概念をつかっていくと、「能力」とは個人が私有する財産のようなものではないと思えてくるわけです。いっけん「能力」に見えるものも、人と人とのあいだ、人と環境とのあいだの関係性によって決まるだけ。

與那覇さんはこんな言葉を投げかけます。

もし、自分の能力について
なやむ人がいるなら、

「こうすれば能力が上がる」」ではなく、
「能力は私有物ではない」と
つたえたいと思います。
(p.297)

ゲームを通じて、能力主義的な見方がひっくり返る。

■2024年7月20日(土)、與那覇潤さんが順天堂大学に来る!

與那覇さんが体感した、ゲームの計り知れない可能性については、『ボードゲームで社会が変わる』(與那覇潤、小野卓也著、河出新書)でも語られています。

▲MEdit Lab主宰おしゃべり病理医小倉加奈子がこの本を紹介しています。

医療現場でなぜ、ゲームが使われるのか? しかも、なぜデジタルゲームではなく、アナログのボードゲームなのか? MEdit Lab主宰のおしゃべり病理医小倉加奈子(順天堂大学教授)が、與那覇さんの「ボードゲーム哲学」に共鳴して、7月20日のMEdit Labのオープニングイベントにお越しいただくことになりました。

『ボードゲームで社会が変わる』の帯には、こう謳われています。

私たちがともに楽しむために、
「能力」はもういらない

ゲームが秘めた「共存」のための力を体感したい方は、ぜひ7月20日(土)順天堂大学お茶の水キャンパスへお越しください。高校生から社会人まで、どなたでもご参加可能、参加費は無料です。お申し込みや詳細は、以下の記事からどうぞ。

【受付開始】順天堂大学に行ける!ドクターに会える!ゲームも学べる!MEdit Labイベント開催します。

 

 

投稿者プロフィール

梅澤奈央
梅澤奈央
聞き上手、見立て上手、そして何より書き上手。艶があるのにキレがある文体編集力と対話力で、多くのプロジェクトで人気なライター。おしゃべり病理医に負けない“おせっかい”気質で、MEdit記者兼編集コーチに就任。あんこやりんご、窯焼きピザがあれば頑張れる。家族は、猫のふみさんとふたりの外科医。