耳の奥には、「耳小骨(じしょうこつ)」という骨があります。名前の通り、206ある人体の骨の中で最少の骨であり、ツチ・キヌタ・アブミという3つの骨がつらなって構成されています。フクザツな突起をからませながら、小さな小さな骨が絶妙な角度で複雑につながっている耳小骨を医学部の授業で見知ったときは、かなり感動してしまい、「おぉ!オシャレなピアスみたい!」と思ったものです。
耳小骨は、「中耳」にあり、とっても大事な役割を担っています。鼓膜が破れると耳の聞こえが悪くなることはみなさんもよく知っていると思いますが、耳小骨に不具合が生じても聴力に大きな影響をおよぼします。
中耳は、耳かきを入れられる場所である耳の出口に近い「外耳」と、耳の奥の方にある「内耳」を橋渡しする場所に位置し、外耳と中耳の間は「鼓膜」が、中耳と内耳の間には、「前庭窓(ぜんていそう)」という構造があります。鼓膜にはツチ骨がつき、前庭窓にはアブミ骨がついていて、この中耳の小さな空間の中をアクロバティックに連結しているのが3つの耳小骨です。
これらの繊細な3つの骨たちにはこれまた繊細な筋肉がついていて、3つの骨の連結具合を調整することで鼓膜の張り具合などを変えながら、音の大きさを調整しています。ウルトラ高性能な音量調整マシンなんですね。
◆なぜ、ツチ・キヌタ・アブミ?
いずれもラテン語学名からそのまま和訳されていて、槌(家畜用のハンマー)、砧(金床のこと;過熱した金属を載せる台)、鐙(足を差し込むわっか状の馬具)の意味です。命名は16世紀の解剖学者ベサリウスといわれていますが、ベサリウス先生も形からヒントを得たのでしょうね。
進化生物学的には、脊椎動物が地上に出てくる際、聴力を保つためにこういった形になったのだとか。水中にいる間は、水のおかげで簡単に振動が内耳に伝わるのですが、空気を通して伝わる振動は、それに比べてとっても微細なため、耳小骨を中心とした中耳と内耳の繊細な連携が不可欠になります。
私たちが何かを聴くことができるのは、空気の振動を鼓膜でキャッチし、その振動の情報を内耳に伝え、内耳のリンパ液の流れに変換するメカニズムが備わっているからです。空気の振動を効率的に受け止める鼓膜があり、鼓膜の振動を3つの骨が連動して増幅しながら、最終的にアブミ骨を介して、内耳に伝えている。みなさんの耳の奥では、つねにツチ・キヌタ・アブミが「聞こえてるよ~」と、身震いしている、というわけです。
2019年には3Dプリンターで耳小骨を作製し、世界初の移植に成功したというニュースもありましたが、成功っていうけれど、どのくらい聴力が回復したのか…。形が精巧に複製できたとしてもそのまわりの微細な筋肉たちによって調整が可能となる耳小骨の機能がどのくらいカバーできるのでしょうか。
中耳にかぎらず、耳の構造全体も、とても不思議な構造をしていて、複雑な管楽器のような形を呈しています。耳小骨以外にも鼓膜や蝸牛(かぎゅう)など、形から命名したであろうユニークな医学用語が目白押し。また、別の機会に「ふしぎな医学単語帳」でも取り上げますね。
参考URL:
耳の構造と耳小骨の役割 | メディカルノート (medicalnote.jp)
人体最小の中耳の骨を3Dプリンターで作製、世界初の移植成功 南ア 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
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投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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