医学に効くほん!
医学に効くほん! COLUMN
2024.10.17
2024.10.17
同情だけじゃダメ?『他者の靴を履く-アナーキック・エンパシーのすすめ』
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は読みましたか。ベストセラーとなったので、読んでなくとも知っている方も多いのではないかと思いますが、今日は、その著者であるブレイディみかこさんの別の本『他者の靴を履く-アナーキック・エンパシーのすすめ』を紹介します。

本書は、誰にとっても、そして、とりわけ医療従事者にとって大事な能力である「エンパシー」について、あらゆる角度から書かれた本です。みかこさんがエンパシーについての本を書こうと思ったきっかけは、『ぼくはイエローで~』に、たった5ページだけ登場する「エンパシー」という言葉が予想外に取り上げられ、書評やXなどのSNSなどでさかんに語り合われるようになったことだったとか。

「エンパシー」という言葉、みなさんは知ってましたか。「シンパシー(共感)」という言葉にも似ており、日本では、エンパシーも共感と雑に訳されていることが多く、また、エンパシーという言葉の歴史を翻ると、シンパシー的な意味も含まれているために、余計に解釈が多様になっている、という背景があるようです。

そこを著者のみかこさんが「エンパシーとは、誰かの靴を履いてものを考える能力のこと」と解説したことで、多くの人がエンパシーについて議論を深めていくきっかけとなったのです。本書は、そんなひそかなエンパシーブームに著者自身がしっかり答えるためにまとめられたものなのです。

◆エンパシーの観点でSNSの炎上を解く

エンパシーには様々な側面があり、いくつかの種類に分けて考察しようと試みられているようです。日本語のシンパシー(共感)に近いのは、「エモーショナル・エンパシー」で、他者と同じ感情を感じるというもの。同情とも言い替えられるかもしれませんね。

一方で、「コグニティヴ・エンパシー」というものがあり、他者の考えや感情を想像する力であり、想像の正確さであるとか能力あるいは技術的な意味合いが強くなります。

誰しも他者の靴を履いてみる試みは生活の中でつねにあると思いますし、エモーショナル・エンパシーとコグニティヴ・エンパシーは別々のものではなく、同時に生じるプロセスだと思いますが、エモーショナル・エンパシーばかりが先行する危険性についてみかこさんは特にSNSを例に警鐘を鳴らしています。

シンパシーの「いいね!」はたくさん押して、押されているのに、エンパシーの荒野になりがちな場所。それがSNSではなかろうか(p.64)──

みかこさんは、そう指摘します。SNSでは、誰かの言葉尻だけを捉えて、感情的に、そして半ば発作的に書かれた匿名の単文が飛び交うことが少なくありません。相手がその言葉を発するに至った背景情報を考察して想像してみる「間」がほとんどないSNSは、たしかにエンパシーが発揮される環境とはいえませんね。

◆シンパシーは速く、エンパシーは遅く

他者の靴を履いたら自分はどう感じるだろう、考えるだろうと想像する能力(エンパシー)は、思考というクッションが入るだけに発揮するのに時間がかかる。シンパシーは速く、エンパシーは遅いのである。(p.207)

なるほど、SNSで交わされるシンパシーは速すぎるのかもしれません。もっとあらゆることを想像するための時間が必要。まさにです!

さらに、みかこさんはこう言います。他者の靴を履くことに意識が向かう前に、自分の靴を少しでも新しく見せるためにひたする磨き続ける人は、自分の足元ばかりを見て、外側で起きていることに気づかない、と。

他者の視点ばかりが気になるという人は、逆説的に自分の足元ばかりを見ているのかもしれないという指摘は鋭いですね。一方で、空気を読むことが強制されることの多い日本においては、外側の空気ばかりに同調せずに、自分自身の価値観を時に主張し、自分は自分!と自由に発想を飛ばす力も必要です。みかこさんは、その力をアナーキックな力と呼び、「アナーキック・エンパシー」を強く勧めています。

本書では、「アナーキック・エンパシーのすすめ」を副題として、コロナ禍を例にした人々の深層心理にせまったり、民主主義とエンパシーの関係についてなど、社会の在り方、とりわけコミュニケーションの問題にも触れられています。みかこさんの問題の根っこに届く深い考察と、鋭くも気持ちの良い語り口は、きっとみなさんを勇気づけてくれるはずですよ。

これからの時代を生き抜くために、うってつけの処方箋、医学に効くほん!です。

 

◆参考URL

ブレイディ みかこさんに聞く “他者の靴を履く”ことの意味 – クローズアップ現代 – NHK

『ロミオとジュリエット』のロミオになりきって手紙を… ブレイディみかこがたどり着いた「他者の靴を履く」方法 | 文春オンライン (bunshun.jp)

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投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。