生きるために必要不可欠なものといえば、空気?食べ物?水? これらはすべて私たちの生命を維持するために欠かせません。しかし、もっと根本的なものがあります。それは、私たちの足元にある大地です。
大地は、全ての生きとし生けるものを育みます。植物を育て、動物たちに住処を与え、私たち人間の生活の基盤となっています。つまり、空気も、食べ物も、水も、すべては大地によって支えられているのです。
◆体内の”大地”:東洋医学の「脾胃」
では、人間の体の中で、この大地のような役割を果たしているものは何でしょうか。東洋医学では、それを「脾」と「胃」をあわせて「脾胃(ひい)」と呼んでいます。東洋医学での「胃」はみなさんが想像する「胃」と大体おんなじです。重要なのは、東洋医学の「脾」は西洋医学の脾臓とはまったく異なる概念だということです。
むしろ、東洋医学の「脾」を西洋医学の臓腑の働きに当てはめると、飲食物の消化を担当する「膵臓」、消化された食物を吸収する「小腸」に近い働きをするとされています。
◆東洋医学の「脾」vs 西洋医学の脾臓
古代中国の医学書『黄帝内経』では、脾胃を「後天の本(こうてんのほん)」と呼んでいます。生まれた後の私たちの健康を支える根本というわけです。大地が植物に栄養を与えるように、脾胃は食べ物から栄養を吸収し、体中に行き渡らせる役割を担っています。
図1を見てください。西洋医学の脾臓は、胃の裏側にあるぷっくらと三日月のような形をした臓器です。東洋医学の文脈において、脾臓にあたる臓器は「膏肓(こうこう)」と呼ばれ、認識はされていましたが、長らく忘れ去られているような存在です。役割もハッキリと明示されていません。西洋医学の脾臓は主に古くなった赤血球を回収したり病原体に対する抗体を作ったりする免疫の機能が知られています。
一方、東洋医学の「脾」はもっと幅広い役割を意味します。栄養の吸収、水分バランスの調整、さらには体全体の元気の源まで担当しているんです。疲れやすいこと、風邪にかかりやすいことや、下痢がちなことなども、この「脾」の働きと関係があります。
図1:一般社団法人 日本消化器外科学会HPより
◆「脾」の正体を探る:大網説
では、東洋医学の「脾」は体のどの部分に対応するのでしょうか。いろんな説がある中で、個人的に注目しているのが「大網(たいもう)」説です。大網は、胃や腸を覆う前掛けのような薄い黄色い膜のことを指します。図2の右の絵のように、胃の大彎(だいわん、胃の下側の弯曲している部分)から垂れ下がっており、小腸の前面を覆っています。
この大網説を裏付ける根拠として、「脾」という漢字の「卑」には「薄く平らなもの」を表すという意味があります。これは、図1で示した三日月のような西洋医学の脾臓の形とは一致しません。大網説を図2の左に示しますと、西洋医学的な図3ともぴったり当てはまる気もします。身体の真ん中にドーンッと「脾胃」があるのも、母なる大地を彷彿とさせますね。
図2左:大友一夫『五臓六腑図』右:Dr. Johannes Sobotta – Atlas and Text-book of Human Anatomy Volume III Vascular System, Lymphatic system, Nervous system and Sense Organs 1908.より
◆東西医学をつなぐ新たな可能性
ただ、大網の「形」が東洋医学の脾に対応したとしても「機能」全てが東洋医学の「脾」と一致するかというと、そうではありません。西洋医学で小腸や膵臓、小腸、そして「大網」が協力して行っている「機能」を昔の人達は「脾」と呼んでいたのでしょう。
このように、東洋医学の「脾」と西洋医学の臓器は一対一で対応するものではありません。しかし、それぞれの視点から見ることで、新たな発見につながる可能性があります。
大網の機能は長らく謎に包まれていましたが、最近の研究で免疫機能を高めたり、炎症を抑えたりする重要な働きがあることが明らかになってきています。これは東洋医学で「脾」が弱ると風邪にかかりやすくなるという考え方と合致します。東洋医学的な脾の観点から大網の「機能」をさらに探求することで、新たな知見が得られるかもしれません。
また、古代の人々は西洋医学で個別に捉える機能を、「脾」という一つの概念で総合的に理解していました。こうした東西医学の見方の違いは、人体の機能をより多角的に理解する手がかりとなり、従来とは異なる研究アプローチを生み出す可能性があります。
これこそが、東洋医学と西洋医学をつなぐ「ミカタ」の醍醐味です。まるで長年の謎解きゲームの最後のピースを見つけたような、そんなワクワク感がありますね。東西の医学を融合させることで、私たちの体についての新たな洞察が得られるだけでなく、より効果的な治療法や予防法の開発にもつながるかもしれません。
【参考文献】
1.大友一夫. 温故 肝脾の位置-1.東静漢方研究室. 1976;2 : 6.
2.Di Nicola V. Omentum a powerful biological source in regenerative surgery. Regen Ther. 2019;11:182-191.
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投稿者プロフィール
- 生まれも育ちも石川県。地域医療に情熱を燃やす若き総合診療医。中国医学にも詳しく、趣味は神社巡りとマルチな好奇心が原動力。東西を結ぶ“エディットドクター”になるべく、編集工学者、松岡正剛氏に師事(髭はまだ早いぞと松岡さんに諭されている)。
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