医学に効くほん!
医学に効くほん! COLUMN
2025.07.07
2025.07.07
人を変えずに見方を変える!『ケアと編集』
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ゲーム作家、米光一成さんとの対談でも登場した『ケアと編集』を今回は改めてご紹介しましょう。

病気を治すには、病気の原因を追究することが大前提。診断がついたら、患者さんは、治ることを信じて、原因を取り除くべく、つらい治療を受けます。未来に希望を託して、今、がまんする。これが常識のように行われているのが医療現場です。

しかし、この当たり前の流れは、福祉の現場では必ずしも当てはまりません。たとえば、アルコール依存症の患者さんは、アルコールの多飲が原因ですが、アルコールを断つことが治療として重要であるとしても、それができない“今この現状こそ”をサポートしてあげる必要があります。その場合、むりやりアルコールを飲めない環境に押し込めたりすることがうまくいくとはかぎりません。むしろ、アルコール依存であるその患者さんの現状を無条件に受け止められる環境というものこそが必要であることも少なくありません。

「未来の目標のために現在を手段にする」という医療の価値観は、ケアの姿勢とはかけ離れているものともいえます。

ケアの現場にフォーカスを充てた書籍シリーズが、医学書院から刊行されています。「ケアをひらく」といいます。医学書院は、医学専門の出版社なのですが、一般の方にもひらかれた書籍シリーズも出版しています。とても面白い本が勢揃いのシリーズで、「医学に効くほん!」でも以前、『超人ナイチンゲール』をご紹介しました!ちなみにこの「ケアをひらく」は、シリーズ自体、毎日文化出版文化賞を受賞されています。

◆ケアと編集は似ている

本書の著者、白石正明さんは、「ケアをひらく」の立役者である医学書院の編集者さんでした。昨年、医学書院を定年退職されており、これまでのご自身のお仕事を振り返りつつ、「ケアをひらく」の様々な書籍を具体例に挙げ、ケアの本質と編集の仕事の類似性について語っておられます。

白石さんは、ケアと編集は、いずれも問題そのものではなく、問題の前提となっているものを変えるといいます。文脈を変えることで、分母を変えることで、見方を変える。困っていることに対して、それ自身を変えて環境に適応させるという真っ向勝負の解決策ではなく、環境の方を変えてしまうことで、困らないようにしてしまう、という発想です。問題に答えるというより問題自体を作り変えてしまうようなアプローチともいえます。一見、いい加減と思われる方法ですが、そのいい加減さがいろんな余地や“遊び”をつくることで、物事がふわっと前に進んでしまうようにうながす感じです。

◆ふつうじゃないのがいい

この本は、そんな“物事の《分母》を変えてしまう”ことで、ふつうじゃないことを輝かせる事例がたくさん紹介されていて、とても驚かされるとともに、とっても勇気づけられます。特に「べてるの家」で行われている当事者研究には通常の医療者なら考えもつかないアプローチをとります。

例えば、摂食障害で食べ吐きがやめられない方に対して、食べ吐きを問題ととらえずに「いい」という見方に切り替えて接してみる。「どうやって食べ吐きするの?」と単なる好奇心で目をキラキラさせて問うてみると、当事者は、「テーブルの横に洗面器を置いておけば吐きながら食べられる」と答えます。このように摂食障害の日常を問題や病気とせずに研究対象としてしまうのです。聴衆がなるほど~!と受けているうちに次第に、摂食障害であることを恥じていた彼女がなんとなく変わっていくのだそうです。

帯には、他にも様々な事例から得られた気づきがたくさんあげられています。

・「反」ではなく「非」

・与えられた問いの外に出る

・分子ではなく分母を変えてみる

・信でも不信でもなく、ちょっと信じる

・困難は複数あったほうがいい

・解決しなくても解消すればよし

・準備や目的よりも、過程を味わる

・原因探しの「沼」から抜け出る

・「受け」の豊かさを知る

・時間を止めるのではなく、進める

・痛いことはしない

MEdit Labでは、医学の見方を多様にしたいということを活動の目的のひとつにしていますし、私たちがこれまで制作したSTEAM教材のタイトルも「見方を変えれば世界が変わる」としているように、本書との共通点はいっぱいです。

白石さんが本書の中で、「依存症は依存できない病気」とおっしゃったのもとっても印象的でしたが、たしかに、これしかない!と視野が固定されてしまうと、自分で自分を縛ることになる。自分の性格や抱えている問題も、そして世の中の様々な出来事もいろんな見方ができれば、生きやすくなるし、学びやすくなる。真の多様性ってそういうことではないでしょうか。

MEdit Labも誰に対しても開かれた場所をこれからも大切に育てていきたいなと思います。

◆参考◆

シリーズ ケアをひらく | シリーズ商品 | 医学書院

医学に効くほん! | MEdit Lab

投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。