医学に効くほん!
医学に効くほん! COLUMN
2026.01.26
2026.01.26
痛みについてとことん考える『痛いところから見えるもの』
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痛みは、激痛のときには、人を現在だけに閉じ込めて、前後を考える力を失わせる。そして、いったん収まると、今度は未来への不安で、人から現在を奪う。(頭木弘樹『痛いところから見えるもの』)

痛みに襲われた人の状況をこんなにも的確に、すっきりと表すなんてすごいなぁと思います。

みなさんにも「痛い経験」があると思います。どこかが痛み出すと、痛むその場所に気持ちが奪われ、他のことは何も考えられなくなりますね。私たちは、健やかなときは、自分の身体の状態にとても無頓着ですが、ひとたび具合が悪くなると、「自分=カラダ」という事実を目の前に突きつけられます。目の前、というより、自分のカラダの状態に自分のココロがどっぷりつかったような感じになりますね。その最たるものが「痛み」ではないかと思います。

本書は、大学3年生で「潰瘍性大腸炎」という難病に突如かかり、ずっと痛みと共に生活をしてきた頭木弘樹さんによる、「痛い人と痛くない人のあいだにある本」です。

痛みはとても個人的なもので、辛さを共有することはとても難しいけれども、痛みを抱えた人のまわりにいる家族や恋人や友人は、なんとか痛い人のつらさを理解し、支えたい。そんな痛い人とまわりの人の懸け橋になるような本を、著者の頭木さんは目指したとのことなんですね。

◆腸がただれる難病「潰瘍性大腸炎」

潰瘍性大腸炎は、クローン病という疾患と並んで、「炎症性腸疾患」と呼ばれています。大腸の粘膜(便の通り道のいちばん内側)に炎症が起き、粘膜がただれて、潰瘍ができる病気で、慢性的な腹痛が生じたり、血便や下痢が起きたりします。慢性的に炎症が続いた結果、腸がつまってしまったり(腸閉塞)、大腸癌ができたりすることもあります。とにかく生活の質が腹痛や下痢によって大きく落ちてしまうとてもつらい病気なんですね。

潰瘍性大腸炎は、実は、病理医の私たちにとってはかなりメジャーな難病です。病理診断が潰瘍性大腸炎の確定診断に深く関わるため、ほぼ毎日のように、潰瘍性大腸炎の患者さんの大腸生検検体を診断する機会があるからです。

大腸内視鏡によって、直接、粘膜の状態を確認し、一部、組織をつまんで採取してきて、それを顕微鏡で病理医が観察します。粘膜の炎症の状態がどの程度かによって、治療の進め方を決めたりしますし、そもそも他の様々な腸炎と鑑別し、これは潰瘍性大腸炎による粘膜の炎症だ、と確定するには病理診断が必須なのです。

◆痛みにまつわるあらゆることを!

本書では、潰瘍性大腸炎と長い間、闘ってきた頭木さんが、ご自分のエピソードをもとに痛みについて色々考察していくのですが、単なる闘病記にとどまらず、痛みの哲学的・文学的エッセイになっているのがすごいんです!

ガマン強いことが美徳と考えられがちな文化における痛みを訴えることの難しさや孤独、
痛みを持つもの同士の連帯感とその限界、
痛みに対する拷問や自傷といった人間の社会的なふるまい、
カントや聖書の登場人物のヨブなど歴史的人物の痛みのエピソード、
俳句や短歌に見られる痛みの表現について…

痛みについてこんなにも多様に考察できるものか!と驚きます。

誰しもが痛みとは無縁ではないはず。文章もとても読みやすく装丁もとても美しく、多くの方に手に取って読んでいただきたい良書です!

 

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投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。