コトバト通信 COLUMN
静かな部屋で自分の声を出してみる。すると、思っているよりも少し低く、内側に響くように聞こえるかもしれません。また、録音した自分の声を聞くと、知らない人の声のようで驚く人も多いでしょう。
そのずれは、私たちが普段「耳だけで音を聞いているわけではない」という事実を教えてくれています。
◆音の経路
私たちの耳は、日々、世界にあふれる音を聞いています。音の波は、耳の奥にある蝸牛という器官の液体を震わせ、その震えに脳は高い音、低い音、不快な音、心地よい音などを見分けます。
ところが、実はもう一つ音を感じる経路があります。それは「骨」を通る道です。
空気を通る道とは異なり、頭蓋や耳の周りの骨を伝わった振動がそのまま内耳へと届くのです。こうした伝わり方は「骨伝導」と呼ばれています。
私たちは、耳だけでなく骨を通しても音を感じていたのです。
◆クジラとベートーヴェン
耳以外で音を感じるのは、私たち人間だけではありません。
海中に棲むクジラは、遠く離れた仲間と音でやりとりをします。水中では音の振動が空気中よりも遠くまで伝わり、身体全体へと届きます。クジラたちは下顎の骨や周囲の組織を通して、その振動を感じとっていると考えられています。その行為は、もはや「聞く」というよりも「受けとめる」といった感覚に近いのかもしれません。
また、作曲家の ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン は、晩年に聴力を失いました。それでも彼は作曲をやめることはありませんでした。彼は新たな音を受けとる方法を編み出していたのではないかと言われています。それは、歯でタクトを噛み、鳴らしたピアノの鍵盤にあて、楽器から伝わる振動を歯と骨を通して感じるというものでした。彼は文字通り身体で受けとめた音を、その“内側”で再構築していたのです。
詳細な事実はさておき、彼が「耳だけ」に頼らず、全身で音を捉えなおしていた可能性は高いでしょう。晩年の作品である、交響曲第5番「運命」を思い浮かべても、その音にはどこか、熾烈で切実な身体言語のようなものが宿っているように感じられます。
たとえ耳のなかで音を受けとめられなくなったとしても、音楽とのつながりは完全に失われるわけではなかったのです。
◆日常のなかの“もう一つの聴こえ”
こうしたクジラやベートーヴェンの話は特別なものに聞こえるかもしれませんが、実は私たちの身体でも日々同じようなことが起きています。
例えば、録音した自分の声に違和感があるのは、録音機が空気を伝わった音だけを再現しているのに対し、普段聞く自身の声には、頭蓋などの骨を伝わった音も混ざっているからです。いわば、自身で認識している声は、外から内から響き合う演奏を聴いているようなものです。
また、言語聴覚士として患者の声の響きに耳を澄ます時にも、わずかな震えも見落とさないよう、録音後のものよりも、その場で受けとった声の響きを優先して観察しています。
それは、耳だけでなく、体まるごとで声を受けとめているような感覚です。
その他に、ライブ会場で低音が胸に響き渡る感覚や、電車の走行音が足元から伝わってくる感覚も、すべて音を「身体で受けとっている」例といえるでしょう。
音は耳の外にも広がり、私たちは耳以外でもその音を感じとっています。
それは時に聴覚を超えた身体感覚となり、「聞く」とは果たしてどこまでの行為なのだろうかと、ふと疑問が湧いてきます。
私たちの体に少しだけ意識を向けてみると、いつもの世界にもう一つの“聴こえ方”が見えてくるかもしれません。
音は、思っているよりもずっと、私たちの“内側”にまで届いているのです。
ぜひ一度、静かな場所で、ほんの少し声を出してみてください。
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投稿者プロフィール

- 絵本作家に憧れていたという少女は、若干、変化球的に進路を選択して「言語聴覚士」に。コトバのセンスがバツグンのマイペース大阪人で趣味は刺繍と空想。おしゃべり病理医おぐらとは「イシス編集学校」の仲間。
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