病理医は、あらゆる病気の診断を担当する専門医であり、様々な診療科の先生方と一緒に仕事する機会が多いのですが、唯一ほとんど接点のない分野があります。「精神科」「メンタルクリニック」です。心の病を診断するために、脳の組織の一部をとって検査するようなことはありませんし、手術でどこかの臓器を摘出すれば治るものではありませんので、病理医にとって精神科領域の疾患は、とても遠い分野といえます。
「ギャンブル障害」。大谷翔平選手の通訳である水原一平氏のギャンブル問題による解雇によって、世界中で今、いちばんホットな話題の精神疾患ではないかと思いますが、病理医にとってはかなりチャレンジングな疾患を取り上げてみます。
◆ギャンブル障害ってどんな病気?
世界保健機関(WHO)が2018年に約30年ぶりの改定となる「国際疾病分類 ICD-11」を公表しました。この中では、ゲーム障害(Gaming disorder)が新たな疾患概念として導入され、精神・行動および神経発達の障害というカテゴリーの中に、「物質使用または嗜癖行動障害群」が設けられました。ギャンブル障害(Gambling disorder)とゲーム障害は、嗜癖行動障害群に分類されています。アルコールをはじめとした薬物依存症は、物質使用障害群に分けられており、ギャンブル障害とは違うところに分類されていますが、これは、アルコールや薬物といった「物質」への依存と、ギャンブルやゲームという「行動」による障害は、脳で起こるメカニズムが異なることが研究によって分かったことによります。
ギャンブル障害は、色々と偏見や誤解も少なくなく、例えば足しげく、パチンコに通っていたりするだけで、あいつはギャンブル依存症だ!と決めつけられたり、「いちどハマると抜け出せない」「自力での回復は難しい」という先入観ばかりが広く知られてしまっていることにその要因があります。
そういった状況の中で、重度の精神疾患レベルとそうではないレベルを分けて定義するという見直しがされるなど、その実態が新たに解明されてきました。2022年2月には、ICD-11において、ギャンブル障害に関する記述の変更が行われ、日本精神神経学会でも告知されています。
ギャンブル障害と見なされるいくつかのチェックポイントがあります。
□ギャンブルする時間や頻度を自分でコントロールできない
□日常生活でギャンブルを他の何よりも優先させる
□否定的な結果(ギャンブリング行動による夫婦間の対立、多額の金銭的損失、健康への悪影響など)が生じていてもギャンブルを続け、増大させていく
以上の3症状が当てはまり、かつ
□その行動によって個人、家族、社会、教育、職業などに重大な苦痛や障害が生じている
が満たされる場合、「ギャンブル障害」と診断されます。水原氏の日常生活は知りませんが、尋常ではない多額の借金やその行動で信頼を失い、失職に追い込まれている状況は、ギャンブル障害に典型的ではないかと思います。
◆2つの質問で分かってしまう?
ギャンブル障害を診断するうえでは、上記のように、基準がいくつか設けられており、質問票も使われたりしますが、以下の2つの質問にどちらも「YES」と答えた場合、ギャンブル障害である可能性がかなり高くなります。
Q.あなたにとって重要な人々にギャンブルで設けた金額についてうそをついたことがありますか
Q.これまでに、ギャンブルにもっと多くの金額を賭ける必要性を感じたことがありますか
多くのひとは、もうそろそろやめようとある程度のところで踏みとどまれるにもかかわらず、なぜ一部のひとはそういった抑制が効かず、どんどんギャンブルにのめり込み、状況を悪くしてしまうのでしょうか。
損失を出したときの“負けの痛み”が効かず、のめり込んでいく背景があるはず、という視点から研究が進んでいるそうで、ギャンブル障害の人は、別の精神疾患や発達障害を同時に抱えているケースが多いということがわかってきました。うつや不安症、あるいはPTSDなどの疾患をかかえているひとは、その苦しみから逃れたいがために、ギャンブルにのめり込むひとが多いのだとか。
ギャンブル障害やゲーム障害など、嗜癖行動障害群を患う患者さんに対しては、その背景的な精神疾患にも目を向け、根本的な要因もあわせて治療を行うことと、生活全般のケアが不可欠なのです。
◆参考URL
・日経BPの記事:(参考文献もありとても詳細にギャンブル障害について解説されています)誤解だらけの「ギャンブル障害」|Beyond Health|ビヨンドヘルス (nikkeibp.co.jp)
・やや医療従事者向けっぽい記述だが簡潔に解説されています:ギャンブル依存症、知っておくべき5つのこと|あなたの健康百科|Medical Tribune (medical-tribune.co.jp)
・厚生労働省制作の資料:ギャンブル障害とは (mhlw.go.jp)
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
最新の投稿
- 2024.11.21ふしぎな医学単語帳野球じゃない“WBC”?「血液検査豆知識・その1」
- 2024.11.14お知らせ研修医レベルを高校生が?!「乳がん診断体験セミナー@広尾学園」
- 2024.11.04レッツMEditQゲームクリエイターとドクターの饗宴!【MEditカフェ・LIBRA開催】
- 2024.10.31医学に効くほん!白衣じゃねえよ、黒衣だよ『超人ナイチンゲール』