手術にはたくさんの道具が使われます。手術室には、「器械出し」という看護師さんがいて、執刀医が「メス!」とか言いながら、差し出した手のひらに、バスっと絶妙なタイミングで手術器具を渡します。カッコいい~。
器械出しの看護師さんは、手術ごとに必要な道具を揃えることはもちろん、手術の進行を予習し、要所要所でどんな手術器具が使われているかを理解し、手術に臨む必要があります。
多種多様な種類のある手術道具ですが、「切る」と「つかむ」に大別されるのではと思います。切る道具の代表には、メスやハサミがありますが、つかむを代表する道具はなんでしょう?
ピンセット? みなさんの自宅にも、ムダ毛処理用のピンセットなどは常備されているはず。でも、手術室で、つかむ道具の代表例としてまっさきにあげられるのが、「ペアン」と「コッヘル」です。つかむ道具というより、 “つかみ続けられる道具”と言った方が正しいかも。
今日の「ふしぎな医学単語帳」は、これらふたつのつかみ続ける道具のお話です。
◆ペアンとコッヘル何が違うの?
つかむ道具は、「鉗子(かんし)」と総称します。どちらもハサミのような形状をしていますが、切ることはできず、モノをつまんで引っ張ったりする器械のこと。なので、ペアンとコッヘルもどちらも鉗子です。
ペアンとコッヘルの中にも大きかったり、小さかったり、先端が真っすぐだったり、曲がったりと実にいろんな種類がありますが、ペアンとコッヘルの違いは、先端部分に爪のような、「鈎(こう)」がついているか否か。ペアンには鈎がなく、コッヘルには鈎があります。強くしっかりつかめるのはひっかかりのある鈎があるコッヘルの方で、一方で、強くつかむと損傷してしまうような柔らかい臓器をつかむうえでは、鈎がないペアンが有用です。
ちなみに、ペアンとコッヘルはどちらも道具を考案した外科医の名前です。19世紀後半、フランスで活躍した医師 ジュール・エミール・ペアンは、腕の良い外科医として国内外で有名であり、エミール・テオドール・コッヘル先生のお師匠さんだったとか。
一方、コッヘル先生は、スイスの(イケメン)外科医で、お師匠さんほど腕の良い外科医ではなかったそうですが、それだけに慎重に手術を行い、コッヘル以外に、ゾンデという手術道具も考案したり、外科の教科書を数多く執筆しています。そして、なんと!1909年に、医師として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しています(受賞理由は、甲状腺の生理学・病理学および外科学に関する研究です)!コッヘル先生って大変な努力家だったのだろうなぁとお想像します。
◆つかむより、はずす方に技術がいる!
さて、ペアンとコッヘル、先端の鈎の有無以外には、形状はとっても似ています。ハサミのような形をしていて、グリップ部分に指を入れて押し込むと、カチカチッという音とともに、手を放してもモノをつかんだままにできます。これがペアンとコッヘルの優れたところ。ある場所をペアンやコッヘルにつかませておいて、別の場所の操作に向かえるのが共通の長所といえます。
実は、このペアンとコッヘル、手術で使いこなすためには、つかむより「はずす」練習が必要なんです。つかんだ状態を瞬時に解除する術をしっかり身につけないと、つかみ直して、次の操作にスムーズに移行できず、手術が停滞する原因になります。
下の動画は、おしゃべり病理医が所属する順天堂練馬病院の産婦人科医、丸山洋二郎先生のペアンとコッヘルについての解説動画です。産婦人科医も外科医と同様、様々な手術に対応しなければいけない専門医。特に帝王切開術は、以下に手術開始から短時間で赤ちゃんを取り出すかがとっても重要。迅速な操作が求められます。
こちらの動画は、いかに右手でも左手でも、ペアンやコッヘルを「解除」できるか、その極意を丸山先生が医学生や研修医に惜しげなく伝授しています。みなさんもぜひ、手術の準備をしているつもりでご覧くださいませー。
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◆参考文献
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投稿者プロフィール

- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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