“ランゲルハンス島”という言葉を耳にしたとき、どこかの高級リゾート地の島かなと思った記憶があります。本好きの方は、村上春樹さん・安西水丸さんの『ランゲルハンス島の午後』という本を連想されるかもしれません。
しかし、ランゲルハンス島はそんなオシャレでのんきなリゾート地ではありません。みなさんが無数に所有しているミクロな島でして、しかも血糖コントロールという大事な任務を背負っている要塞的な場所なのです!
名前の由来は、ドイツの病理学者、パウル・ランゲルハンスから。別名は地味に「膵島(すいとう)」。いずれにしても、膵臓の組織を顕微鏡で眺めた時さざ波を浮かべている膵臓組織(「膵腺房細胞(すいせんぼうさいぼう)からなる部分)の海の中に、島状にぷかぷかと浮くように見える細胞の集まりが見えるため、見た目どおりに「島」と名づけられたのです。
真ん中の丸い塊がランゲルハンス島
ものの本(※1)によると、ランゲルハンス島は成人では膵臓の容積の1~2%(新生児では全体の10%あるとか)を占め、20~200万個存在すると言われています。どうしてこんなに個数に幅があるのかは、よくわかりません(わかった方は、こっそりMEdit Lab公式LINEのチャット機能で教えてくださーい)。
ランゲルハンス島は、4種類の細胞から構成されています。A細胞、B細胞、D細胞そして、PP細胞。これらの細胞が協調しながら、全身の糖代謝を調整しているのです。
血糖値が高くなるとB細胞からインスリンが分泌され、低くなるとA細胞からグルカゴンが分泌されます。インスリンもグルカゴンの分泌もいずれも抑制して全体的な調整を担っているのがD細胞から分泌されているソマトスタチンです。PP細胞は、先ほど登場した膵臓の海の部分にある膵腺房細胞の働きを調整する役目があることがわかっていましたが、近年、PP細胞がA細胞やB細胞やD細胞に変身できることがわかってきました。予備軍としてのPP細胞の秘められたポテンシャルは再生医療に応用できるのではないかと期待されています(※2)。
だんだん話がややこしくなってきましたが、つまりは、ランゲルハンス島の細胞たちが一丸となって、あなたがご飯をどんなにドカ食いしても、あるいは忙しすぎて一食や二食を抜いてしまったとしても、高血糖や低血糖でぶっ倒れてしまわないようにしているのです。
「ランゲルハンス島って、丈夫にできているなぁ」病理医をしているとよく思います。膵臓の海の部分がなんらかの病気が原因で(がんであるとか、お酒の飲みすぎだとか)で、荒れ果てて、干上がってしまおうとも、ランゲルハンス島だけがぽつんぽつんと取り残されている様を顕微鏡でよく観察するからです。「最後まで俺たちは、血糖コントロールの任務を全うするぜ!」と言っているかのよう。ランゲルハンス島は難攻不落の理想郷?なのです。
ランゲルハンス島に感謝の気持ちが湧いてきましたか?
参考文献
※1 坂井建雄/河原克雅・編『カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版 改訂第4版』日本医事新報社
※2 田蒔基行「最新技術で見直される膵島内のPP細胞の役割」実験医学2022年2月号
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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