ふしぎな医学単語帳
ふしぎな医学単語帳 COLUMN
2023.08.03
2023.08.03
ゆらゆらふらふら「下船病」
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■病理医の弱点?
最近になって知った病気があります。病理医は頭のてっぺんから足の先までどんな病気でも診断できることを自負しており、「歩く病気の百科事典」くらいの気持ちでいるのですが、実はかなりの弱点があるのです。それは、細胞の形が変化しない病気や病態に関しては意外と疎いということです。(注:すべての病理医がそういう訳ではなく、優秀でなんでもよく知っておられる先生方もたくさんいます~)
病理医の得意分野のど真ん中にある病気といえば、やはり「がん」かなと思います。がんの診断は、必ず病理診断が最終診断となります。「なんとなくがんかもしれないですね」と、手術や抗がん剤治療をされては困りますよね。可能な限り、がんになった病変部分の細胞や組織を採取し、顕微鏡で観察して、細胞がどれだけ悪い顔つきをしているか病理医が判断します。
病気の最終診断は病理診断であり、現在では、病気が良性なのか悪性なのかというジャッジにとどまらず、がんであればどのくらい悪くて、どんな治療が効くのか、ということまで病理診断で明らかになります。しかし一方で、不整脈や熱中症や心の不調などは病理診断では太刀打ちできず、臨床医の先生方による詳細な問診やそれ以外の身体の機能を図る検査(生理機能検査と呼ばれます)で診断がつく場合が多いのです。
■下船病とは?
さて、最近知った病気というのは、「下船病」。猫好きだけれど、幸い「猫ひっかき病」にはかかったことのない文系ライターのウメ子ちゃんが、数週間前からめまいのような症状に悩まされていたのです。
「おぐらさん、何だと思いますか?」と聞かれても「なんだろう?」と一緒に考える頼りにならないおしゃべり病理医…。
後日、耳鼻科の先生のくだした診断が「下船病」でした。
ウメ子ちゃんの症状は、実は、旅先で船に乗った後から出現していたようなのです。
船に乗っていて具合が悪くなるのは「船酔い」ですが、下船病は、俗に“丘酔い”ともいい、船に乗っていたときの足元がゆらゆらする感覚が船から降りたあとも続く病気です。つねに視界がふらふらゆらゆらするため、読書やパソコンや料理など細かな作業を継続することが困難になったり、人混みを歩くのが難しくなったりと、日常生活に支障をきたします。
下船病は、ひどい方ですと症状が何年も続くのだとか。しかも2回目にかかった方がより症状が重くなるということ。大変です。
■車酔い、船酔い、顕微鏡酔い?!
やっかいな症状に加えて、下船病の特効薬というものはなく、通常はめまいに効く薬を併用しながら様子を見ますが、ひとによって効果は様々。ウメ子ちゃんも薬の効果はいまひとつだったようで、最終的には針治療が功を奏しているようです。西洋医学でうまくいかないときは、意外と東洋医学の方法で解決することもあるのですね。ミカタの東洋医学の華岡センセイに聞いてみたいところです。その他の対症療法として、ウメ子ちゃんの外科医の妹さんが、ふらふらめまいを軽減するリハビリ動画をリコメンドしてくれたようです。
ちなみにウメ子ちゃんが処方された薬の中には、酔い止めの薬も含まれていましたが、これは、病理診断科で初めて仕事をする研修医が時に頼りにする薬。実は「顕微鏡酔い」というのもありまして、特に何人かで同時に観察できるディカッション顕微鏡は、自分が視野を動かさない状態で顕微鏡を覗くことになるため、酔いやすいようです。顕微鏡での観察が慣れない研修医は最初の数週間、嘔気と闘いながら仕事するひとも。日頃から車酔いをしやすいひとは、繊細みたいです。
とはいえ、めまいは、車や船や顕微鏡酔いだけではなく、ありとあらゆる病気が原因で起こることの多い症状です。めまいには、ぐるぐるするものやふらふらするものなどあり、そのパターンによって、メニエール病をはじめとしたさまざまな病気を鑑別していきますが、時には脳腫瘍や脳梗塞など、命の危険のあるものも含まれますので要注意です。めまいの症状があったらガマンしないで、必ず病院を受診してくださいね!
◆参考◆

投稿者プロフィール

小倉 加奈子
小倉 加奈子
趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。