コトバト通信 COLUMN
さて、ずいぶんおひさしぶりになってしまいました。みなさん、お元気でしたか?
前回は私たちが飲み込むとき、喉に「魔の交差点」が潜んでいることをお話しました。気管と食道、食べ物を通す道を間違えれば文字通り命取りとなるのでした。
今回は、「嚥下(えんげ)」、飲み込みの瞬間についてもう少し詳しく見ていきましょう。
ところで、この嚥下、実は「嚥下反射」という反射運動なのです。
反射といえば、明るいところで瞳孔が閉じたり、食べ物を口に含むと唾液が出たりといろいろありますが、どれも私たちが意識的にコントロールできない反応を指しています。
そして、この「飲み込む瞬間」はなんとたったの0.5秒。
この一瞬に、喉の周辺では奇跡的ともいえるいくつかの現象が同時に起こり、食べ物を安全に食道へ送っているのです。はたして、嚥下の0.5秒にどんなことが起きているのでしょう。
食べ物を食道へ送るために重要なミッションは3つあります。
それは、食べ物が、①口腔にもどらないようにすること、②鼻腔へいかないようにすること、そして③喉頭(気管)へ流れ込まないようにすることです。ひとつずつ見てみましょう。
《1.口腔に戻らないようにする(⇒口峡閉鎖)》
私たちの喉の奥には口蓋咽頭弓(こうがいいんとうきゅう)というひだがあり、嚥下時はこのひだが左右からカーテンのように中央へひかれます。こうすることで喉に送った食べ物が逆戻りしないようにしているのです。
《2.鼻腔にいかないようにする(⇒鼻咽腔閉鎖)》
下図の○印にご注目。のどちんこのあたりが持ち上がって、咽頭の壁にぶつかっています。こうして仕切りをつくることで鼻腔へのルートを遮断しているのです。
《3.喉頭(気管)に入らないようにする(⇒喉頭閉鎖)》
嚥下時、喉頭は上前方にぐっと持ち上がるのですが、その結果、上にある靴ベラのような部分が倒れ喉頭の入り口に蓋をします。さらに、喉頭のなかでも声帯が閉じ、気管の入り口をしっかりとブロックします。
喉頭が前に移動したことで後ろにある食道の入り口は広がり、そこへ食べ物が送られるのです。(繰り返しですが、この連携プレーが1秒未満に行われているんですね!)
魔の交差点対策の肝は、もちろん3つ目の喉頭閉鎖です。なにせ命にかかわりますから、気管に蓋をして、声帯が閉じてと、何重もの警護となっています。
さらに、これに加えて強力な窓際対策も用意されています。それは「咳」。
すこしでも液体や固体が喉頭へ入ると、私たちの体は咳込んで(むせて)この侵入者を排出しようとする仕組みになっています。なんとも巧妙な仕掛けです。
ちなみに、勘のいい方はもうお気づきかもしれませんが、嚥下の瞬間に声帯を閉じるということは、私たちはこの一瞬は息を止めているんですね。
ですから高齢者や呼吸機能が弱っている方のなかには、長時間お食事をするとそれだけで疲れてしまう方がいらっしゃいます。
そんなとき、なるべく疲れずに栄養を取るためにどんな工夫ができるのか考えるのも言語聴覚士の仕事のひとつなのです。
さて、いかがだったでしょうか。
普段、何気なく食事する私たちの喉では、こんなにも繊細な作業が日々何百回と繰り返されていました。
どんなに若く元気なひとも油断してはいけません。
よくよく噛んで、落ち着いて食べる。これがおいしく安全な食事旅の秘訣です。
それでは皆様、今日もよいお食事を。また次回お会いしましょう!
投稿者プロフィール
- 絵本作家に憧れていたという少女は、若干、変化球的に進路を選択して「言語聴覚士」に。コトバのセンスがバツグンのマイペース大阪人で趣味は刺繍と空想。おしゃべり病理医おぐらとは「イシス編集学校」の仲間。
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