徹底的に調べて、思いきり捨てる。でも、いつか役に立つそのときのために、メモはしっかりと――。
MEdit Lab リアルワークショップ第2回では、プロのゲーム作家の山本貴光先生に、ゲームづくりのコツを教えていただきました。すると、びっくり。ゲームづくりのコツは、勉強のコツでもあり、生き方のコツでもあったのです。インタビューのハイライトをお届けします。聞き手はおしゃべり病理医の小倉加奈子先生です。
山本貴光先生のご紹介はこちらの記事で:
【家が図書館】山本貴光先生ってどんな人? 読んで学べるゲーム本3選
■ゲームは「調べ学習」から生まれる
――山本先生といえば、『戦国無双』などを手掛けられたプロのゲーム作家でいらっしゃいます。ゲームを作るとき、どれくらい調査をされるのでしょうか?
山本:時間がゆるす限り、徹底的に調べます。会社の机に本を積み上げて、本の壁ができるくらい……。いまならウェブも活用しますが、信頼のおける知識がぎゅっとまとまっているのは、いまでも本や論文が中心です。調査中は、研究者と見分けがつかないと思います。とりわけなんらかの知識を学ぶタイプのシリアスゲームの場合、適切な知識を伝えることも大事だから、調べ物はいっそう重要です。
――やっぱり、いっぱい調べるんですね! 私もウイルスバトルゲームを開発するときは、かなり勉強しました。「医者だからなんでもわかるでしょ」と思われるかもしれませんが、ウイルスや免疫機能、感染症などは専門外だったので、1ヵ月くらいかけて専門書で調べ学習をしたのを思い出します。
山本:そうなんですよね。まずはテーマについての自分の無知を埋めて、手に入るだけ知識を集めてマッピングするわけです。そんなふうにして調べ尽くして、そこからゲームのアイデアを考えるということになりますよね。コーエーという会社にいたときには、歴史をテーマにしたゲームが多かったこともあり、調べ物はなおのこと重要でした。
あるとき、『源氏物語』をゲームにしようと企画を考えたことがあります。原典はもともと読んでいましたが、そのときは各種の翻訳やマンガや映画など、手に入るものを端から集めました。それで、そうしたものを見比べているうちに、「怨霊という存在が重要かもしれない」と思ったのですね。「うん、怨霊の現れたり、誰かに取り憑いたり鎮魂されたりする、そういう仕組みをゲームの中心に置いたら、当時、いってみれば世界の条理を知るための科学ともいえるものだった天文学や陰陽道の知をはじめ、平安貴族が生きていた世界をそういう角度から楽しめるゲームになるのでは」というアイデアにつながります。
一つのとっかかりからさらに考えていくと「貴族たちは朝何時に起きたんだろう」とか、「着替えはどうしていたんだろう」とか、「方違えは実際にどうやっていたんだろう」とか、わからないことがあれこれ見えてきます。貴族の生活や環境を調べてみると、時間割や年中予定のようなものが見えてきますよね。すると「時間割といえば学園を舞台にした恋愛シミュレーションにも登場するな、あのシステムも使えるかも」なんて、ゲームのネタがどんどん生まれてくるんです。
■クリエイションのコツは「捨てる」こと
――何かを調べていくと、ゲームのアイデアがいっしょに浮かんでくるという感覚、よくわかります。でも、私は、自分で免疫機能などを調べたら、呆然としちゃいました。要素が多すぎて。ゲームにするには、調べた素材を捨てていかないなと思ったのですが、貴光先生の場合はいかがでしょうか。
山本:もう、捨てまくりますね。あの調べ物はなんだったんだろう、って思うくらいです(笑)。いいクリエイションのコツは「捨てる」ことにあると思います。ゲームづくりに限らず、文章を書くときも同じです。1回作ったものや1回書いたものって、愛着が湧いて捨てにくくなるんですよね。でも、「せっかくだから」とあれもこれも手放さずにいると、混乱したものになってしまいます。心を鬼にして捨てないとゲームにはならない。文章もまとまりません。
たとえば、これはゲームではありませんが、チェルノブイリ原発のシュミレーターがありました。原子炉の運用を再現したものです。これ、めちゃめちゃ細かいシミュレーターなんです。マニュアルどおりに動かさないと稼働しない。途中で操作をミスると事故になる。操作パネルもたくさんのボタン類がついていて、ものすごい情報量です。これを触ると、よくこんなインターフェイスで原子炉を動かしていたなとびっくりします。
話を戻せば、この原子炉シミュレーターではありませんが、調べたことをぜんぶ盛り込もうとすると、人が遊べるものではなくなってしまいます。そうはいっても私たちの記憶力や認知も限られているので、際限なくたくさんの要素があったり、複雑すぎる仕組みだと、そもそも遊び方を覚えるのが大変になってしまうのですね。というわけで、ゲームをつくるときは、事前に可能な限り関連することを調べますが、いざアイデアをまとめようというときには集めた資料や情報を取捨選択して、簡素化する必要があります。
それじゃあ、たくさん集めるのは無駄なのだから、はじめから必要なものだけに絞ればいいじゃない、と思うかもしれません。そういう方針でやってもいいのですが、それだといまの自分に見えていないものやいまの自分が思いつかないものを発想できるチャンスが減ると思うんです。簡単にいえば、知らないことはゲームにできないわけですね。
要素を選ぶ際は、テーマに沿って考えていくといいかもしれません。「これは外せない」「あったらいいけど、なくてもいい」「なくてもいい」くらい大雑把に、優先順位をランク分けすると取捨選択しやすくなります。
■いつ、何が、必要になるかわからないから
――でも、そうやって捨てた素材を、他のゲームに使うこともありますよね?
山本:もちろんです。敗者復活はよくあります。集めた材料はなんらかの形でまとめておくとよいと思います。アーカイヴの発想ですね。私たちはつい、いまの自分の必要に照らして「これはもう要らないや」とものを捨てることがあります。もちろん、それもよいのですが、調べ物で集めた資料などについては、いま必要を感じなくても、やがて必要が生じることもある。というか、かつて集めたものがまとまっていることから、「そういえば、あれがある」と発想できるわけです。そんなこともあって、メモはやはり大事だと思います。それに、アイデアってすぐ忘れてしまいますから、思いついたものは全部メモしておくぐらいでいい。メモって、「将来の自分との協力プレイ」なんですよ。
――あのときのアイデアが、いま「使える!」って蘇ったときって、すごく嬉しいですよね。
山本:まったくそのとおりですね。これはゲームづくり以外でも同じです。みなさんにお伝えしたいのは「いま、役に立つか/立たないか」ということで判断しすぎないほうがいいということです。
具体的にお話します。私は本が好きで集め読んでいます。20代の頃から本を買い続けて、図書館を除けばちょっとその辺のご家庭にはないかもしれない(あったら困るかもしれない!)量の本が家にあります。買った本って、そのときには必要性がわからないことも多いんですね。でも、物書きをしたり翻訳をしたり学校でものを教えたりしていると、10年前に買ったあの本や5年前に手にしたあの本に助けられる毎日です。10年前の私にありがとう!という感じです(笑)。
私たちは、自分が3年後、5年後、10年後にどんな状況におかれているかわかりません。将来、どんなものが必要になるかわからない。だから、いま無駄だと思うからといって、全部捨てちゃうのはもったいない。
――沁みますね。いまは、みんなが「タイパ(タイムパフォーマンス)」を気にして生きている時代です。ああ無駄なことしちゃったって思うこともあるかもしれません。でも「やったことは、のちのち活かされるかも」って思うとハッピーになれますね。
山本:そうですよね。変な話ですが、私はいま、東京工業大学で哲学を教えていますが、そうなることを目指していたわけではないんですよね。哲学書を読んだり、本を書いたりしていたら、だんだんあちこちの学校からお声かけいただいて教えるようになって、その延長線上で哲学の先生になったのでした。好きなことをやっていると、のちのち仕事につながることがよくあります。というよりも、好きでずっと取り組み続けていることは、誰に言われたわけでもないのに山ほどトレーニングを繰り返しているようなものです。そうして身についたことは、いつか機会が巡ってきたとき、思ってもみなかった形で役に立ってしまう。例えば仕事になってしまったりするんですね。私がゲームクリエイターになったのも、似たようななりゆきでした。好きでずっとプログラムを作っていた結果、それが仕事になったわけです。
――何が役に立つか、わかりませんね。
山本:そう。だから、気になることはどんどんやってみたらいいんじゃないかなと思います。
いかがでしたか。山本先生のお話、勇気をもらえますね。ふだん生活していると、「これだけ準備したのに、ぜんぜん使わなかったな」とちょっとがっかりすることもあるでしょう。あるいは、「こんなことして何になるんだろう」って意味が感じられないこともありますよね。
それは、パズルのピースが余ってしまったり、そもそもパズルでどんな絵柄をつくっているのか見失ったりするような体験に似ているかもしれません。
でも、それでも大丈夫、ということみたいです。いまは使えないピースも、いつかバチッとハマるときがくる(かもしれない)。人生というゲームは「現在の私」だけがプレイするものではないからです。「過去の私」と「将来の私」と協力することで、あらたな展開がうまれてくる。伏線が回収されることをうっすら期待しつつ、いまは気になったことをトコトンやってみようと思わせてくれるお話でした。
投稿者プロフィール
- 聞き上手、見立て上手、そして何より書き上手。艶があるのにキレがある文体編集力と対話力で、多くのプロジェクトで人気なライター。おしゃべり病理医に負けない“おせっかい”気質で、MEdit記者兼編集コーチに就任。あんこやりんご、窯焼きピザがあれば頑張れる。家族は、猫のふみさんとふたりの外科医。