文系ウメ子ちゃんねる
文系ウメ子ちゃんねる COLUMN
2023.10.26
2023.10.26
テーマ選びに悩んだら【?】を集めよう 新刊『リサーチのはじめかた』を読んでみた
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■テーマ決めんの、ムズくない?

ウメ子は悩んでいた。MEdit Labのワークショップでは、参加者が医学にまつわるゲームをつくっている。高校生のみなさんが、ばんばんゲームの企画書をアップしている。おしゃべり病理医おぐら先生は「運営メンバーもゲームをつくろう」と言い出した。病理医しんしん先生は3つもアイデアを出し、エディター金さんはゲーム名まで決めている。しかし、ウメ子はアイデアゼロ。会議は明日。さあどうする――。

みなさんは、学校で「自由研究」をする機会はあるでしょうか。そのとき、テーマをすぐに決められるほうですか? ウメ子は超苦手なんです、テーマを自分で選ぶのが。「これについて調べてください」って言われたら猛然と調べ始めるけれど、「なんでもいいよ」と言われると途方に暮れる。

困り果てたウメ子は、よろよろと本屋に入ったのでした。本屋には、きっと何かヒントがある。大阪・御堂筋線江坂駅を降りてすぐの、リブロというお店に足を踏み入れました。すると、入り口に見たことのない本が平積みされていたのです。その名も『リサーチのはじめかた』。黄色の表紙が輝いて見えました。パラパラめくると、これだ、と思ったのです。

 

■リサーチは、始めるまえがいちばん大変

この本は、ひとつの失敗談から生まれた本でした。著者は、コロンビア大学などで教えた経験のある大学の先生2名。彼らはかつて、研究方法論の講義を担当。1タームの授業を受ければ、学生たちが本格的な研究プロジェクトを立ち上げられるようなカリキュラムを組んだ。この計画に従えば、論文を組み立てられるというロードマップをつくった。しかし、フタをあけてみると大失敗。ほとんどの学生が、研究をはじめることができなかった……。

そこで彼らは気づくわけです。
最もむずかしいのは、研究に着手する前の段階なのだ」(p.15)

『リサーチのはじめかた』トーマス・S・マラニー+クリストファー・レア(著)、安原和見(訳)、筑摩書房
※上記リンク先から本書の「はじめに」が読めます

■どうして「テーマ」を決めても、アイデアは進まないの?

この一行を見たとき、ウメ子はすぐさまレジに向かったのでした。本屋のすぐそばのタリーズに駆け込み、読み始めました。すると、第1章からノックアウト。いわく「テーマは問いではない」。そして「テーマを決めても、リサーチは進まない」ということ。がーん。

ウメ子は医学にまつわるゲームをつくろうとして、「細胞?」とか「骨??」とか「貧血???」とか、単語ばかりをいじくっていたのです。でも、ゲームにできそうなアイデアへは、まったく発展しませんでした。この本では、そのように名詞レベルでテーマを決めてもドツボにハマるだけだよ、と教えてくれました。トホホ。

では、どうすればよいのでしょう。提案された方法は、「問い」を立てるということ。たとえば、医学にまつわるゲームを考えるなら、まず「なんで、私はよく眠れないんだろう?」と自分にとって切実な問いを立ててみる。名詞ではなく疑問文をつくってみるのです。

そうすると、あら不思議。一気に、いろんな問いが動き始めます。「よく眠るってどういう状態だろう?」「不眠症の赤ちゃんっているのかな……」「そもそも、眠ることに何の意味があるんだろう?」
これならば、「眠くなるメカニズムを調べてみよう」とか、「生物における眠りの意義を調べてみよう」とか、解明したい謎が手に入ります。そうやって調べ学習が始まればこっちのもの。山本貴光さんがおっしゃっていたように、調べものをしているうちに、ゲームのアイデアも生まれてくるわけです。

■プライベートな問いが、あなたを動かす

しかも、その「問い」はかっこいいものじゃなくていい。むしろ、あなた自身に根ざした個人的なものがいい。この本ではそう書かれています。

研究プロジェクトの最初期の段階で必要なのは、きわめて個人的な問いに答えることだ――。(p.46)

そういえば、MEdit Labで「コトバト通信」を連載している言語聴覚士・竹岩直子さんは、おじいさまが失語症になったことが言語聴覚士という仕事に興味をもったきっかけだったなと思い出しました。幼い竹岩さんには、「人間はなぜ、しゃべれなくなるんだろう?」「なぜ、私たちはふつうに話せるのだろう?」といった問いがあったのかもしれません。そして、学びを続け、いまや「なぜ、人間の喉は、空気の通り道と食べ物の通り道がクロスする魔の交差点ができたのだろう」という進化生物学的な問いにも答えうるような専門性を手に入れたわけです。

順天堂大学 総合診療科の主任教授、内藤俊夫先生が311の被災者へ肺炎球菌ワクチンを届けるという偉業をなしとげたのも、被災地から帰ってきて「何か自分にできないか?」と問いが浮かんだからでしょう。きっと「復興支援」というテーマだけを抱えていても、そのような活動へは結びつかなかったのではないかなと思います。

MEdit Labのワークショップでは、参加者のみなさんには「五蔵の湯 成分表」という10個の質問集をみなさんにお渡ししました。そこからなにか、自分がなぜか気になっちゃうという切実な問いを見つけられた方もいるかもしれません。

■【?】をいっぱい集めよう

「問い」には、人を動かす力があります。もしかしたら、ウメ子がこの本に出会ったのも「ゲームのテーマ、どうやって選んだらいいんだろう……」という問いがあったからかもしれません。

だから、きっと。いま悶々としていても大丈夫。「こんなことがわかった!」「私はこれがやりたい!」という【!】の喜びのまえには、かならず無数の【?】がある。日々、いっぱい、ハテナを集めていきましょう。

 

(こぼれ話)
本を買うのって、賭けです。読まないで買うわけですから。とくにこの本は、本屋で初めて出会ったので、著者名も知らない。ネットの評判だって見てもいない。奥付を見ると、出版されて1週間。ほやほやの新刊。事前情報まったくゼロで本と向き合う真剣勝負の場となりました。

ネットのレビューを見たい気持ちをぐっとこらえ、本をじっと見つめます。買うか買わないか、勝負の瞬間です。そして、エイヤっと購入に踏み切って、その本が面白かったとき。事前情報を入れなければいれないほど、自分の審美眼が正しかったことが証明されて、「俺天才」という高揚感でいっぱいになります。

しかも今回はオマケがついていました。本を買った数日後、いつものようにMEdit Labではお馴染みの山本貴光さんが、相方・吉川浩満さんとともに配信している「哲学の劇場」のpodcast(YouTubeでも配信)を聞いてみたら。なんと第166回「注目の新刊」では山本さんが『リサーチのはじめかた』を取り上げているではありませんか! やっぱり注目すべき本だった! 自分の嗅覚で本を選ぶことの喜びをかみしめた体験なのでした。

投稿者プロフィール

梅澤奈央
梅澤奈央
聞き上手、見立て上手、そして何より書き上手。艶があるのにキレがある文体編集力と対話力で、多くのプロジェクトで人気なライター。おしゃべり病理医に負けない“おせっかい”気質で、MEdit記者兼編集コーチに就任。あんこやりんご、窯焼きピザがあれば頑張れる。家族は、猫のふみさんとふたりの外科医。