ウィズコロナがだいぶ日常化した今。新型コロナウイルスが流行し始めたころは、緊急事態宣言が発令され、早朝の駅も電車内もガラガラ、静まり返った街はなんだかよそよそしく、誰もいない道をマスクをしながら緊張して歩いたことを覚えています。
私が所属する病理検査室では、研修期間を修了したばかりの後輩たちが、救急の現場を交代で手伝いに出向いていました。通常の診療がほとんどストップする中で、病理検体はかなり少なくなって、医療従事者であるにもかかわらず、自分たち病理医の存在意義ってなんだろう?と思うことも少なくありませんでした。
そんな日々を確実に変えたのがmRNAワクチンの登場だったと思います。今年のノーベル医学生理学賞にハンガリー人の研究者、カタリン・カリコ先生らが受賞しました。カリコ先生の人生は苦難の連続。自国の社会主義体制のハンガリーで研究が続けられず、アメリカに家族で渡ってからも決してアメリカの大学で厚遇されず、時には研究の将来性を評価されずに降格処分を受けたことも。しかし、希望を捨てず、自分自身と仲間を信頼し続け、40年にもわたりRNA研究を継続したのです。その先に、mRNAワクチンの実用化がありました。
本書『世界を救うmRNAワクチンの開発者カタリン・カリコ』は、ジャーナリストの増田ユリヤさんがカリコ先生やその恩師のトート先生、カリコ先生の娘さんでボード競技のオリンピック金メダリストのフランシアさんなどに取材を行い、カリコ先生のこれまでの生涯をまとめた本です。
私たちは、COVID-19のワクチンが1年ほどで開発されたことにさほど驚くこともなかったですが、実際、ワクチン開発には10年以上の歳月がかかることも少なくなく、これほどの短期間で実用可能なワクチンが登場したのはひとえに、mRNAの特性とカリコ先生たちの長年の研究実績があってのことだったのです。
RNAは、一本鎖であり、二本鎖のDNAと異なりとても不安定。常温で安定した状態に保つことは不可能で、またmRNAは、体内で強い炎症反応が起こすため、多くの研究者からはRNA、ましてやmRNAが実用化されるなんて無理だろうと思われていました。カリコ先生の研究の中で特筆すべき発見は、その不安定なmRNAを安定させて体内に届ける技術と、体内に入った時の炎症反応を起こさないようにする技術の2つです。COVID-19に対するmRNAワクチンは脂の膜で覆うことにより安定させ、mRNAに、ある改良を施して炎症反応を抑えることに成功しています。
MEdit LabのパンフレットにもmRNAが挿絵に登場しています♪ mRNAのmはmessengerのm。DNAの情報からタンパク質をつくる過程である「セントラルドグマ」でまさに中心的な役割を演じるmRNAですが、すぐに分解されてしまう不安定なリボ核酸です。
恩師のトート先生はこう語ります。
「人類の歴史を見ると、時代ごとに、新たな問題が起きた時に、それまでとは違う考え方で新しい解決策を生み出す天才的な人間が生まれます。そうした人たちによって、歴史が変わり、大きな流れとなる。カタリンはそういう存在のひとりでしょう」
まさに、カリコ先生のstoryが人類のhistoryを変えたのです。
巻末には、iPS細胞研究所所長の山中伸弥先生のインタビューも掲載されており、「死の谷」と表現される研究の実用化に向けての課題についても話されていますのでぜひ読んでみてくださいね。
参考書籍:増田ユリヤ『世界を救うmRNAワクチンの開発者カタリン・カリコ』ポプラ新書
児童書も同社より刊行されています↓↓
増田ユリヤ『カタリン・カリコ』ポプラ社ノンフィクション ■本書の紹介動画https://youtu.be/ef3q2QS8jGQ
セントラルドグマの仕組みについて知りたい方はこちらの動画がおススメですよ!
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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