コトバト通信 COLUMN
「母には二度逢ひたれど、父には一度も逢はず。なんぞ。」
これは室町時代の有名ななぞなぞです。その答えは「唇と解く」とあります。
さて、そのこころは?
今回は、おしゃべり病理医の小倉先生はもちろん、みなさんもしない日はないであろう〈発音〉の世界を覗きます。
◆パとファとハ
冒頭のなぞなぞ、知っている方も多かったでしょうか。先に種明かしすると、その答えは発音にありました。
実は室町時代、母は「ハハ」ではなく「ファファ」と発音されていました。
現代のように「ハハ」と言えば上下の唇は合いませんが、「ファファ」と言えば、二回、唇が合います。もちろん「チチ」は一度も合いませんね。このように日本語の発音には歴史の変遷がありました。
奈良時代以前、[h]ハは[p]パと発音され、平安時代には[ɸ]ファとなり、江戸時代になってようやく現代と同じ[h]ハと発音されるようになったというのが定説のようです。
ですから、先ほどの母は、「パパ」→「ファファ」→「ハハ」と変化していったことになります。ママがパパだったなんて驚きですね!
また、現在NHK大河の「光る君へ」が放送中ですが、史実に基づくならば、吉高由里子さん扮する紫式部も「ファファうえ」と発音していたのかもしれません。
◆発音の仕組み
さて、このなぞなぞには発音に関する重大な秘密が隠されていました。
それは、発音には、その「位置」と「方法」が重要になるということです。
先ほどの例で言えば、唇を合わせて破裂させれば「パ」、唇の隙間から風を出せば「ファ」、もはや唇を使わなければ「ハ」といった違いがありました。
鋭いみなさんのなかには、先ほどの[ɸ]がなんの記号だろうと思われた方もいるでしょう。これは発音を示す「音声記号」の一つです。下の表は、あらゆる言語の音声分類を目指しつくられた国際音声記号(IPA)です。
出典:国際音声学会 (International Phonetic Association); Masaki Taniguchi International Phonetic Association | ɪntəˈnæʃənəl fəˈnɛtɪk əsoʊsiˈeɪʃn
表の横軸はどこで発音するか(位置)を、縦軸はどんなふうに発音するか(方法)を表しています。
これを見れば、両唇(上下の唇)で破裂させると[p]、歯茎に舌をあて破裂させると[t]となることがわかります。また、[t]と同じ歯茎の位置でも、そっと摩擦の風を出せば[s]となります。
こんなふうに、私たちの発音を紐解けば、位置と方法が重要なファクターとなっていたのです。
では、ここで一つ問題です。[p]と[m]はどんな違いがあるでしょう?
どちらも唇で出す音ですね。ですが、[p]は口から息を出すのに対し、[m]は鼻から息を出しているという違いがあります。
「ママは二度通れど、パパは一度も通らず。なんぞ。鼻と解く。」なんてパロディも浮かんできます。
◆患者さんの発音の機序を知る
さて、今回は発音の世界を覗いてみました。
発音の機序を知っていれば、臨床で、患者さんのスピーチとその病態をより結んで考えることができます。
たとえば口腔腫瘍で舌の一部を切除することになった患者さんには、事前にどんな音が障害されるか予測をつけたり、切除後、どんな工夫や補助具を使えば音を上手く代償させることができるか一緒に考えることができます。
臨床では、どの職種にとっても「観察」がとても大切になるかと思います。みなさんもぜひご自身の口元に注目し、いろいろな発音を観察してみてくださいね。それではまた次回、お会いしましょう。
投稿者プロフィール
- 絵本作家に憧れていたという少女は、若干、変化球的に進路を選択して「言語聴覚士」に。コトバのセンスがバツグンのマイペース大阪人で趣味は刺繍と空想。おしゃべり病理医おぐらとは「イシス編集学校」の仲間。
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