本書は、これまで紹介した本の中で、いちばん“医学に効くほん!”かもしれません。
◆医療現場は不思議な場所
よく考えると、医療現場はかなり特殊な場所なんですよね。裸を見せたり、身体を触らせたり、心を打ち明けたりと、ふだんなら親密な人だからこそできることや、針で刺されたりとか、ふだんなら怖くて絶対にやらないことも我慢して耐える。親密な関係でしか許されないことが許され、時に苦しみや痛みを伴うことがあり、かつ、そのやり取りが常に一方通行なのが医療現場なのです。
文化人類学者である著者の磯野さんは、ご自身の文化人類学者としての営みを「相手の肩越しから、相手の世界を見てみること」といいます。本書は、ふだんは患者の立場で語られる医療現場を、様々な医療スタッフの肩越しの視点から観察することを試み、「医療スタッフたちの世界」を捉えた本です。医師、看護師、理学療法士、メディカルソーシャルワーカー、言語聴覚士、様々な医療スタッフが登場します。
手術におけるルーチンの不思議さ、高齢者の身体拘束の問題、漢方医学とエビデンスの関係、介護と看護の違いなど、医療者の視点から語られるいくつもの医療現場のジレンマ。私たち読者に、それぞれの肩越しの視点で考察する機会を与えてくれます。いまだ医療現場のリアルを知らない大学生や高校生にとって、本書で医療スタッフになった疑似体験をあらかじめしておくことは、実際に現場に立つ前にとても役立つ経験になるはずだと思います。
◆治すとはどういうことか
様々なエピソードが語られていますが、本書で取り上げられるテーマには共通点があります。それは、「治すとはどういうことか?」という問いです。当然、医療従事者は病める人が健康な状態を取り戻すために最大限の努力をします。治すことに全力を注ぐ。でも、実際には「治す」の意味は、似たような病態であってもそれぞれの患者さんにとって大きく異なります。
ドラマで医療者に憧れる方は少なくないでしょう。大門美知子のように「私、失敗しませんから」と断言して、すぱっとなんでも治してしまう外科医はとてもカッコいい。でも、医療現場のリアルはそんなにすっきりはっきりしていないんですよね。
人間のからだもこころも一筋縄ではいきません。医療は、必ず不確かさを有していて、ひとつの不確かなものが明らかになっても、その横に新たに不確かなものが現れます。医療者はそんな不確かなリアルを日々生きているのです。
とはいえ、本書が医療現場の辛い部分だけにフォーカスしているわけではありません。ひとりひとりの患者の人生に寄り添う医療とは何か。その理想を追い求めてもがくプロフェッショナルの例がいくつも込められた珠玉の一冊です。医療者を志すのなら、ぜひ、読んでみてください。
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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