2018年、本庶佑先生がノーベル医学生理学賞を受賞した理由は、T細胞というリンパ球の表面に発現する「PD-1」という分子の発見でした。この発見自体は、1992年のことでしたが、その後、この発見を皮切りに、これまでとは全く異なるアプローチでがん細胞をやっつける抗がん剤の開発が進みました。それが、免疫チェックポイント阻害薬です。
先日、医学に効くほん!でご紹介した『ファック・キャンサー』は、その免疫チェックポイント阻害薬の治験に参加した末期がんのメラノーマ(ほくろのがん)の患者さんのお話でした。免疫チェックポイント阻害薬によって体中に広がったがん細胞が一気に消失し、今も元気に活躍されている著者のストーリーは大変に勇気づけられるものでした。
◆「免疫チェックポイント」っていったい?
この「免疫チェックポイント」っていったいなに?というのが今日のお話、そして今日のおしゃべり細胞スタンプです。
「PD-1」という分子は、先ほどT細胞というリンパ球の表面に出ている、という話をしました。T細胞にはいくつか種類がありますが、多くのT細胞は、身体に侵入してきた病原体などに対して攻撃するという役割を担っています。つまり、免疫反応ですね。しかし、あまりにもT細胞の攻撃が強すぎると自分の身体にダメージを与えてしまうこともあります。そのため、攻撃力が強くなりすぎないような抑制的な機能が本来備わっています。このPD-1はまさに、その役目を担う分子で、この分子に「PD-L1」という分子が結合すると、T細胞の攻撃力が弱められるのです。
◆がん細胞は、「PD-L1」という賄賂を持っている
がん細胞は、T細胞から攻撃されないように、なんとPD-L1を自分の表面に発現させています。T細胞ががん細胞を攻撃しようと寄ってきても、がん細胞がPD-L1という賄賂をわたし、「T細胞さん、まぁまぁ、落ち着いてよ。ね、これあげるからさ。見逃してくれよ」というようなノリで攻撃をかわすのです。T細胞はついそれに乗ってしまい、がん細胞の近くまで寄ってきても、「ま、いっか」と無気力な状態となるのです。
私たち病理医は、顕微鏡でがん細胞のまわりにたくさんのリンパ球(T細胞)が集まっている様子をよく見かけます。まさか、集まっていたリンパ球が、指をくわえながらぼんやりとがん細胞を眺めているような状態になっていたとは!
そこに登場するのが、免疫チェックポイント阻害薬!なのです。PD-1抗体薬、PD-L1抗体薬と様々な種類のお薬が登場していますが、いずれにしても、PD-1とPD-L1がくっついて、賄賂が成立しないように、どちらかの手を封じ込めるお薬です。これによって、T細胞は賄賂を受け取ることなく、がん細胞をがんがんにやってつけられる、というわけです。
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞そのものを攻撃するのではなく、がん細胞のまわりのリンパ球に働きかける、非常に新しくて画期的な抗がん剤なのです。肺がんやメラノーマの患者さんの一部は、このお薬によって劇的に予後が改善、末期がんの状態でもがんが消えてしまうこともあります。副作用も比較的弱くて、とても素晴らしいお薬なのですが、もちろん、副作用もデメリットも全くないわけではありません。
ひとつは、非常に高額であること。もうひとつは、免疫力を強めることで、自己免疫性の病気になってしまうという副作用があることです。また、そもそもがん細胞のまわりにリンパ球がたくさん集まっているようなタイプのがんでないと効果が期待できない場合もありますので、効果を予測する検査を行ってから薬を使用することもあります。
がん治療の研究はさらに加速している現在。病理医もがん細胞そのものを顕微鏡下でこの目で観察することが専門ですから、さらにその役割は重要になってきています。おしゃべり病理医もしんしんも適切な病理診断を下せるように、日々、新しい医学知識を吸収すべく、がんばっています!
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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