コトバト通信 COLUMN
こんにちは、言語聴覚士の竹岩直子です。本日は耳の聞こえについてのお話です。
◆音はどうやって感じる?
音の正体はみなさんも授業で習った通り「振動」です。私たちは外耳と中耳という部分を使って、外からの振動を集め耳の奥へと伝えています。よく見ると耳の形は、パラボラアンテナのように音を集めやすい形をしていますね。
中耳では耳小骨が震え、音を増幅させながら、その振動を内耳へと伝えます。この内耳こそが音を感じるカギを握っているのです。
◆振動から電気信号へ
では、内耳はどうやって音を感じているのでしょう。
内耳にある蝸牛は、その名の通りカタツムリのようなうずまき形をした器官です。内側はリンパ液で満たされ、そこに有毛細胞という細い毛の束の生えた細胞が並んでいます。
音の振動が蝸牛のリンパ液を揺らすと、有毛細胞の毛がその揺れをキャッチし、振動を電気信号へと変換します。その電気信号が聴神経を経て、音の信号として脳へ伝わるという仕組みなのです。
◆感じる音の高低
ちなみに有毛細胞はそれぞれに反応する音の高低が決まっています。蝸牛の入り口近くの有毛細胞は高音に、奥にあるものは低音に反応します。
構造上、入り口近くにある有毛細胞の方がより振動に晒されるため、ダメージが蓄積し、先に消失します。残念ながらこの有毛細胞は再生ができません。
そのため、年を重ねるにつれ入り口の有毛細胞は減り、だんだんと高音域が聞こえづらくなってしまうのです。SNSなどで一時期話題になったモスキート音(17000Hz前後の超高音)が若い人にしか聞こえないというのは、実はこうした理由があったのです。
もちろん若い人でも、大きな音を聞き続けると有毛細胞は損傷します。
耳は一生もの。やさしく大事につかってあげましょう。
◆「聞く」ということ
ところで「聞く」ということに関連して、聴覚は記憶からは消えてしまいやすい感覚だそうです。反対に強く残るのが嗅覚の記憶です。
そういえば香りを鑑賞することを「香りを聞く」といいます。忘れてしまう音と留まる香り、どちらにも動詞の「聞く」が使われることが興味深いですね。
また、聴覚は記憶からは消えてしまいやすい一方で、人が死ぬ最期まで残る機能でもあるといいます。
昔、総合病院に勤めていた頃のことです。患者さんである高齢の婦人とベッドサイドでお話していると、昼下がりの窓辺に幼児が童謡を歌う声が聞こえてきました。
婦人は、その音の先を見遣り、「母さんと歌った歌だわ」と目を細めていました。あのとき、きっと彼女の耳には、かつて幼かった彼女と母の歌声が響いていたのでしょう。
たとえ刹那に忘れてしまおうと、私たちは命が尽きるその日まで、外の世界に耳を澄まさずにはいられない生き物です。そして、それは同時に、忘れたようで忘れていない、自身の内にある大切な記憶の調べを聞くためなのかもしれません。
そんなふうに考えると、「聞く」という行為がより切実なものに感じられます。
みなさんは今日どんな音を聞いたでしょうか。そして、いつかの記憶はどんな音色が響いているでしょうか。
それでは本日はこのへんで。また次回お会いしましょう!
〈参考文献〉
『病気がみえるvol.13 耳鼻咽喉科』医療情報科学研究所(2020)
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投稿者プロフィール
- 絵本作家に憧れていたという少女は、若干、変化球的に進路を選択して「言語聴覚士」に。コトバのセンスがバツグンのマイペース大阪人で趣味は刺繍と空想。おしゃべり病理医おぐらとは「イシス編集学校」の仲間。
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