ミカタの東洋医学
ミカタの東洋医学 COLUMN
2026.11.05
2026.11.05
【秋になるとなぜか切ない方必読 】東洋医学では〇〇が切なさのミカタだった!
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夕方の空の色が変わるのが、日ごとに早くなります。特に何があったわけでもないのに、胸のあたりがきゅっとなる。そんな日、ありますよね。スイスで若い人844人を調べた研究では、季節によって気分や行動が変わり、それを自分で困りごとだと感じている人が33%いました。3人に1人です。

◆診断がつくのは、冬になってから

ただし、この33%は病気の人の数ではありません。同じ研究で、診断のついた人は2.2%でした。季節性感情障害(きせつせいかんじょうしょうがい)と呼ばれ、診断のうえではうつ病の「季節型」にあたります。秋冬に気分が落ち、春に戻ります。

気になるのは、その外側です。基準は満たさないけれど、季節で気分が動いて困っている人が、十倍以上いる。しかも、診断がつくのは、ようやく冬になってからです。日常の言葉でなら、哀愁とも、もの悲しいとも言えます。けれど医学の側には、秋のはじめのあの感じをさす言葉がありません。名前がなければ、相談もされません。切なさが何のためにあるのかも、わからないままです。

◆秋は「収める」季節

いっぽう東洋医学は、秋の気分の変化を、最初から体の側の出来事として扱います。二千年ほど前の『黄帝内経(こうていだいけい)』素問(そもん)に、秋の過ごし方を説いた一節があります。「秋三月、此(これ)を容平(ようへい)と謂(い)う」。実ったものが平らに落ち着く季節、という意味です。続けて、神気(しんき)を収斂(しゅうれん)せよ、其(そ)の志(こころざし)を外にすること無かれ、とあります。秋の養生は「収」の一字だ、というわけです。

同じ『素問』に、もう一行あります。「悲しめば則ち気消(き)ゆ」。悲しみは、張っていた気を消して、下ろす。

つまり古典は、悲しみを異常の側ではなく、秋という季節のはたらきの側に置いています。夏に外へ外へと開いていたものを、内へたたむ。その切り替えを内側から感じたときの手ざわりが「悲」なのではないか。そう読むこともできます。

◆寒いと、懐かしくなる

この見立てと近い場所を指す実験が、懐かしさの研究にあります。人は寒い日に、また寒い部屋で、より強い懐かしさを感じていました。逆に、懐かしい出来事を思い出した人は、同じ室温をより暖かく感じ、冷たさによる痛みにも長く耐えられたのです。

順番が大事です。寒さが、懐かしさを呼ぶ。呼ばれた懐かしさが、その人を内側から温める。切なさは、寒くなる季節への準備として働いているのかもしれません。

もちろん、東洋医学と現代の実験が同じことを言っている、とまでは言えません。古典が語ったのは気の上下で、実験が測ったのは体感温度です。ただ、どちらも切なさを、心の弱さではなく体の側の出来事として扱っています。だとすれば、急いで消すべきものではなさそうです。

その懐かしさを、日本語では郷愁と言います。哀愁、旅愁。さきほどの哀愁もそうです。切なさをあらわす言葉には、そろって「愁」の字が入ります。あらためて見ると、秋の下に心と書きます。成り立ちのうえでは秋は音を借りたものとされますが、辞書を編んだ人たちは古くから、この字を、秋の気配に応じて翳(かげ)る心と読んできました。二千年近く前の字書に、もう載っている字です。

思い当たることが、いくつかあるはずです。夏には平気だった帰り道が、急に長く感じる。片づけようと思っていた古い写真を、気づけば三十分ながめている。臨床の現場でも、友人との雑談でも、秋口になると似た話をよく聞きます。夏の疲れですね、で終わりがちですが、起きていることはもう少し規則的なのだと思います。

◆読書の秋、ならぬ「独省の秋」

そこで、ひとつ言葉を置いてみます。「独省(どくしょう)の秋」です。

読書の秋、という言い方があります。あれは、涼しくて本が読みやすいという話だけではないのかもしれません。外へ出ていた気持ちが内へ向かう季節に、ひとりで自分を省(かえり)みる。その時間の名前が「独省」です。ひとりで抱えこめ、という話ではありません。ふだんは気が散ってできないことが、秋は少しやりやすくなる。季節が手伝ってくれる、というくらいの意味です。読書はその一つの形にすぎません。日記でも、古い写真でも、誰かに宛てた手紙でもいい。

切なさは、その合図です。胸がきゅっとなったとき、体は「そろそろ内を向く時期です」と知らせている。紛らわせようとすると、収まるはずのものが収まらない。『素問』は、秋に収め損ねると冬に体を壊す、とまで言っています。

秋が深まれば、受験や進路が現実味を帯びてきます。焦って、うまくいかなかったことばかり思い返してしまう。そこにも、季節の力がかかっています。だとすれば、抗うより乗ったほうがいい。後悔をぐるぐる回すのと、静かに省みるのとは、同じ内向きでも行き先がちがいます。

ただし、眠れない、食べられない、朝が来るのがつらい。そこまでいくと、それはもう独省ではありません。ひとりで収めようとせず、誰かに話してください。

早く寝て早く起き、気持ちを散らしすぎず、ひとりの時間を少しとる。今年の秋は、その合図に少し付き合ってみませんか。

 

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参考文献

[1] 『黄帝内経素問』四気調神大論篇第二(秋三月、此謂容平/収斂神気、使秋気平/無外其志、使肺気清/逆之則傷肺、冬為飧泄).

[2] 『黄帝内経素問』挙痛論篇第三十九(悲則気消).

[3] Steinhausen HC, Gundelfinger R, Winkler Metzke C. Prevalence of self-reported seasonal affective disorders and the validity of the seasonal pattern assessment questionnaire in young adults: findings from a Swiss community study. J Affect Disord. 2009;115(3):347-354. doi:10.1016/j.jad.2008.09.016. https://doi.org/10.1016/j.jad.2008.09.016

[4] Zhou X, Wildschut T, Sedikides C, Chen X, Vingerhoets AJJM. Heartwarming memories: nostalgia maintains physiological comfort. Emotion. 2012;12(4):678-684. doi:10.1037/a0027236. https://doi.org/10.1037/a0027236

投稿者プロフィール

華岡 晃生
華岡 晃生
生まれも育ちも石川県。地域医療に情熱を燃やす若き総合診療医。中国医学にも詳しく、趣味は神社巡りとマルチな好奇心が原動力。東西を結ぶ“エディットドクター”になるべく、編集工学者、松岡正剛氏に師事(髭はまだ早いぞと松岡さんに諭されている)。