■ピノコの誕生
みなさん、ピノコをご存知ですか? そうです。あの『ブラック・ジャック』に登場する愛らしい女の子ですが、ピノコちゃんの誕生のシーンはなかなかにシュールです。
腹痛を訴える女性のお腹が大きく膨れています。ブラック・ジャックがお腹を割くと、袋状になったできものの中から、髪の毛や皮膚や歯など、身体のパーツが出てくる。それらをブラック・ジャックがパズルのように組み合わせてピノコをつくるのでしたね。
私は子どもの頃、ピノコ誕生のシーンはちょっと気持ち悪くて、手塚治虫が勝手に考えたマンガの世界の話だと思っていました。
ところが、です!
医学部に入ってから、ピノコのもととなった腫瘍が、実在するということを知りました。「成熟奇形腫(せいじゅくきけいしゅ)」という名前を持ち、しかも女性の卵巣にできる良性の腫瘍として、代表的と言っていいほどよくある病気だったのです。
手塚治虫 ヤマザキマリなど『ピノコトリビュート アッチョンブリケ! 』(秋田書店)
「ブラック・ジャック」のピノコを題材に、ヤマザキマリ、山本ルンルンなど40名の作家が描いたマンガやイラストを収めた単行本。
「奇形腫」というのは、「胚細胞腫瘍(はいさいぼうしゅよう)」のひとつで、「胚細胞」、つまり卵巣にある“卵”から発生する腫瘍です。卵細胞には様々な臓器に分化できる能力がもともとあります。とりわけ奇形腫という腫瘍においては、皮膚や脳組織や歯や骨、軟骨、毛髪など、全身の様々なパーツがつくられ、それがごちゃごちゃと複雑に組み合わさっています。どういう理由で卵細胞から奇形腫ができてしまうのか、その原因は、よくわかっていません。
それにしても、“ピノコの腫瘍”が実在しているなんて、大変、驚きました。改めて、ドクター手塚治虫が、奇形腫からヒントを得てピノコ誕生のストーリーを考えたことに、尊敬をあらたにしたのでした。
■毎週、ピノコに会っているわたし
病理医になってからは、あまりによく見る病気で、悲しいかな、いちいち驚かずとも、淡々と「成熟奇形腫」と病理診断するようになりました。若い女性の卵巣腫瘍の多くは、この奇形腫で、卵巣の良性腫瘍全体の2割を占めるほどなのです。
実際、肉眼で見るとこの腫瘍はマンガに負けず劣らずかなりグロテスクで、袋のような組織の中に、毛髪がぱんぱんに詰まっていたり、時に、立派に完成した歯や骨がごろっと出てきたりしてぎょっとします。
顕微鏡で観察すると、ひとつの腫瘍の中に、いろんな臓器の様々なパーツがいっしょくたになって作られています。それぞれのパーツは、実際の臓器と同じくらい精密にできているのですよ!特に、毛の生えた皮膚や脳組織が含まれることが多く、脳組織を見るたびに「腫瘍も何か、ものを考えているのかな~?」とか妄想してしまうのでした。
顕微鏡で観察した「成熟奇形腫」
日本病理学会・病理コア画像より転載(中の注釈は小倉による)
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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