コトバト通信 COLUMN
こんにちは、言語聴覚士の竹岩直子です。季節もいよいよ秋から冬へ。みなさん、実りの秋は楽しまれたでしょうか。つやつやのお米に、ほくほくの栗、脂がじゅわ~っとあふれたサンマ。思い出すだけでもお腹が空いてきます。
◆身近にあふれる「食」の音
ところで、この「つやつや」や「ほくほく」といった擬態語や擬音語を「オノマトペ」といいます。日本語は、世界でも群を抜いてオノマトペが多い言語なんだとか。とりわけ「食」に関するオノマトペはとても豊かです。
次の言葉は、いろいろな食感を表したオノマトペです。右と左でどんな印象の違いがあるでしょうか?
・「サクサク」―「ザクザク」
・「カリカリ」―「ガリガリ」
・「トロトロ」―「ドロドロ」
いずれも右の方が、硬かったり、大きかったり、質量のあるものを食べているイメージが湧くのではないでしょうか。見ての通り、左右の違いは「゛」の有無、つまり清音と濁音の違いです。どうやら私たちは濁音の響きに対して、大きさや重さといった感覚を覚えるようです。
◆濁音のイメージ
では、なぜ濁音にそんなイメージを持つのでしょうか。その理由に、私たちの口からの「発音」が関係しているといいます。
『言葉の本質』(中公新書)で、著者の今井さんと秋田さんは、次のような説明をされていました。まず、発音をするとき、「サラサラ」のような清音よりも「ザラザラ」のような濁音の方が、口腔がわずかに「大きく」なります。さらに、音声そのものをみると、清音よりも濁音の方が呼気圧の変化が「大きく」、周波数(音の高さ)が「低い」という特徴があります。こうした発音方法や音声の特徴から、私たちは濁音に対して「大きい」あるいは「重たい」、「ずっしりとした」というイメージを結び付けているのだそうです。
◆「あ」と「い」のイメージ
同じように音の印象を利用したものに、母音の「あ」と「い」の対比があります。どういうことかというと、たとえば水の音を表す「パチャパチャ」と「ピチャピチャ」。この二つでは、後者の方が水飛沫が少なかったり、散る範囲が小さいイメージがあると思います。
このように母音の「あ」は大きいイメージと、「い」は小さいイメージと結びついています。そして、この理由も先ほどの濁音と同様、「い」の発音時の口の開きが「小さい」という発音方法と、音声として周波数(音の高さ)が「高い(=小さく軽いイメージ)」という音声特徴が関係しているそうです。
さらに興味深いことに、「い(i)=小さい」のイメージは、日本語以外の言語でも共通してみられるそうです。例えば英語の[clack-click](硬いものの接触音)や[snap-snip](切断音)などが例に挙げられていました。他の言語でも探してみると、おもしろそうですね。
私たちは無意識にせよ、音に対する身体感覚を利用し、対象に抱くイメージを巧妙に写し取り表現していたようです。こうしてみると、言葉とは単なる無機質な道具ではなく、私たちの肉体が生を営むなかでうみだしていく、より生々しいものなのだと気付かされます。言葉と身体とは、思った以上に密接な関係なのですね。
さて、本日のお食事は、どんなオノマトペだったでしょうか。
みなさんの身体と、身体に浸透した言語を重ねあわせ、目の前に広がる感覚を存分に味わってみてくださいね。
それではまた次回、お会いしましょう。
《参考文献》今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』中公新書,2023.
投稿者プロフィール
- 絵本作家に憧れていたという少女は、若干、変化球的に進路を選択して「言語聴覚士」に。コトバのセンスがバツグンのマイペース大阪人で趣味は刺繍と空想。おしゃべり病理医おぐらとは「イシス編集学校」の仲間。
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