◆iPS細胞とSTAP細胞
昨今、再生医療の研究が進んでいますが、もちろん、王道の手法は山中伸弥先生のご専門のiPS細胞ですね。山中先生がヒトの皮膚の細胞からiPS細胞を生成する技術をCellに発表したのは、2006年。その5年後の2012年、山中先生はノーベル医学生理学賞を受賞されています。
さらに2年後の2014年には「刺激惹起性多能性獲得細胞」すなわち、「STAP細胞」が大きな話題となりました。当時、遺伝子操作によらず、外から刺激を与えることだけで、いったん分化した動物の細胞を“初期化(リプログラミング)”し、どんな細胞にもなることのできる万能細胞にすることはできない、とされていました。そのため、STAP細胞の発見は生命科学の常識を覆す大発見とされ、細胞初期化原理の解明や医療への応用が期待されたのでした。しかし、発表早々から、研究不正が見つかって論文が取り下げられるなど様々な問題が起こり、大きな社会的課題を残すかたちになりました。
現在、遺伝子操作を含む研究を含めて人間の細胞や遺伝情報を扱う研究は、各施設の倫理委員会の審査にパスする必要があり、個々の研究者も倫理に関する教育を受けるようになりました。日本には様々な医療系の学会があり、その学会が認定する専門医が制度化されていますが、どの学会においても専門医の試験資格や資格更新のために、医療安全や感染対策に加えて医療倫理の講義を受けることが義務づけられています。現在は、遺伝子の網羅解析も比較的簡単にできるようになっている時代ですし、遺伝子カウンセリングも行われるようになり、遺伝子の取り扱いに関する倫理的問題はこれからも引き続き医療の大きな課題となります。
◆クローン羊のドリーちゃん
実は、iPS細胞発見よりさかのぼること16年前に、世界をにぎわす倫理的な問題がすでに勃発していました。1996年に、スコットランドの畜産施設「ロスリン研究所」で1頭のメスの羊が誕生しました。名前は、「ドリー(Dolly)」。ドリーが他の羊と唯一違う点は、世界で初めてとなる「体細胞からつくられたクローン」であるということです。
もう少し説明すると、受精卵などの生殖細胞を用いたクローンではなく、体細胞の核を取り除いて胚細胞に移植するという技術により誕生したのです。
いったいどういう方法なのか。
まず、6歳に成長した大人の羊の乳腺の細胞を取り出します。この乳腺の細胞から遺伝子情報がつまった核を取り出して、別のメスの羊の受精していない卵子から核を取り除いてかわりにその乳腺細胞の核を移植します。そうやってできた卵子を別の代理母の子宮で育てる、というとっても複雑な方法で生まれたのが羊のドリーなのです。
このドリーの遺伝子情報は、6歳の大人の羊からほぼ受け継いでいますから、ほぼ一緒なのです。ふつうなら、お父さんとお母さんの遺伝情報を半分ずつ受け継ぐはずが、お母さんだけの遺伝情報からなるのがクローンという意味です。
このドリー誕生について、当時、ロスリン研究所のチームリーダー、イアン・ウィルムット博士が「人間にも応用可能」と言ったことから、クローン人間の是非をめぐる大騒動に発展していき、翌年、世界保健機関(WHO)は、遺伝情報が同じ生物を人工的に作り出すクローン技術に関し、人への応用は容認できないとする決議を採択しています。
◆ロボット羊? AI人間誕生?
最近、医療機器会社Neuralink(ニューラリンク)のイーロン・マスクが、脳内チップの埋め込み術に対する初の臨床試験を開始する承認を米食品医薬品局(FDA)から取得したと発表しました。ニューラリンク社は、人間の脳とコンピュータを直接つなぐインターフェースの開発を目指しています。
これまで、サルとブタに対して、脳内チップを使用する研究を重ねてきたとのこと。イーロン・マスクは、チップの当面の実用化例として、目の見えない方の視力回復や、麻痺ある方の運動機能の回復を挙げています。いずれは、人間の知能が人工知能(AI)と直接接続し、最終的には融合することを可能にする脳チップを作ることを目標としているそう。
お母さんと同じ遺伝子を持つドリー羊誕生から、もうすぐ約30年が経ちますが、いずれクローン羊ならず、ロボット羊やAI人間なども登場するのでしょうか。
◆参考文献
STAP細胞事件とは?STAP細胞の概要と事件の詳細について徹底解説! | 国際幹細胞普及機構 (stemcells.or.jp)
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投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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