高校生の娘が好きで、たまにテレビ番組「東大王」を見ます。色々なタイプのクイズコーナーがありますが、先日見たのは、「難読漢字オセロ《食べ物編》」。

「えー、チーズって漢字でどう書くの？」と娘。ふっふっふ、私は書けますよ。だいたいの病理医は解答できるのではないだろうか。真面目に病理学総論を勉強している医学生ももしかしたら書けるかもしれない（確実に河野ゆかりちゃんは書けるはず）。チーズは、「乾酪（かんらく）」と書くのですっ！

■病変にチーズができる？

なぜ病理医や真面目な医学生が書けるかというと、病変の名称に使われるからです。「乾酪壊死」といいます。乾酪壊死とは、まさに「チーズのように見える細胞の死骸」を意味します。細胞が何らかの理由で死ぬことを“壊死”といいますが、その要因や臓器の特徴によって壊死の特徴が異なるのです。

乾酪壊死を確認する代表的な病気が「結核」です。結核は、結核菌の感染によって生じる感染症で、肺結核は有名でしょう。時代劇などで、主人公がごほごほっと咳をしながら血を吐くシーンがよくありますが、あれは肺結核が悪化してきている時の症状です。

結核菌は、とても特殊な細菌で、肺胞に達することに成功したわずかな菌がマクロファージという免疫細胞に食べられると細胞の中でしぶとく生き残り、じょじょに増えていきます。それによって他の免疫細胞が結核菌をやっつけようと集まってきて、塊をなす病巣を作っていきます。真ん中には結核菌もろとも死に絶えた細胞たちが溜まっていき、そのまわりを特殊な形態に変化したマクロファージやリンパ球が取り囲むことから、その病巣を医学用語で「類上皮細胞性肉芽腫（るいじょうひさいぼうせいにくげしゅ）」と呼びます。

なんだかややこしい名前ですね。この類上皮細胞性肉芽腫をきたす病気は、結核以外にもいくつか知られていますが、この病変の真ん中に乾酪壊死を伴うものが結核の特徴とされています。

■がんと間違えらやすい？

通常の肺炎は、塊をつくるような病巣は作らずに、比較的肺の広い範囲にぼんやりと広がる影として認識されることが多いのですが、前述のように結核菌は特殊な菌のために、肉芽腫という塊をなした病巣をつくります。そのため、肺結核の病変は、しばしば肺がんとの鑑別が難しく、時に手術でその部分を切除したら、がんじゃなくて肺結核だった、ということもあります。肺結核の病巣にメスを入れると、塊の真ん中からまるでチーズのような黄色い壊死組織がとろり～んと出てきます。そんなときは大変です！ 結核菌は感染力が強いため、不用意に扱うと、医療従事者の私たちが感染するリスクが高いのです。慎重に処理する必要があります。

意外や意外、医学用語には、見た目の形状を食べ物をはじめ日常生活の何かに喩えたものがそのまま使われることもしばしばです。何かに見立てることで、その特徴を簡単に捉えることができるのですよね。何かに喩えて表現することは、どんな時でも有効です（見立て・名づけの威力についてさらに興味がある方はこちら）。

■古くて新しい病気「結核」

ちなみに結核は、昔の病気と言い切ることはできません。日本では毎年約12,000人が新たに結核を発症し、毎年約1,900人が結核で亡くなっています。特に、70歳以上の高齢者が結核を発症した人の約6割を占めています。これは、かつて結核が流行したときに感染して、若いうちは発症が抑えられていたのが、高齢になって免疫力が落ちたことなどから発症する人が増えたと考えられます。

類上皮細胞性肉芽腫が形成され、完全に菌が死滅して病気が封じ込まれていればいいのですが、中にはしぶとく結核菌がその中で生き残り、免疫力が落ちるきっかけを待って、再び増え始めて、病巣が大きくなる場合もあります。血を吐くのは、肉芽腫によって血管が壊され、血液が気道に流れ込むためです。

若い方でも生活習慣が著しく乱れたり、過度なダイエットなどによって栄養状態が悪くなったりして、結核を発症するケースもあります。2週間以上続く微熱や咳が続いたら、はやめに病院を受診することが大切ですよ。

◆参考URL

結核の基礎知識　|　公益財団法人結核予防会結核研究所 (jata.or.jp)

結核とは (niid.go.jp)

日本では毎年約12,000人が新たに発症！古くて新しい感染症、「結核」にご注意を！ | 政府広報オンライン (gov-online.go.jp)