医学部の専門課程でまず学ぶのは、人体の正常な構造と機能についてです。構造を学ぶのが解剖学と組織学、機能について学ぶのが生理学と生化学とざっくり分けられますが、どの分野も当然密接に関わっているので、分野別に学びつつも医学生はそれらの知識を自分の中で体系立てて整理していく必要があります。
しかし、部活やバイトに打ち込みすぎる医学生は、過去問対策のみで各定期試験を乗り越えるという姑息な手段を選択し(過去問が通用しないような試験問題を作る熱心な教員は嫌われる運命にある、それは私…。)、学んだ内容が頭の中で関連づけられていない状態になって、後で泣きを見ることになります(笑)。
話がいきなりそれましたが、特に解剖学は、主に筋肉や神経や骨の走行、あるいは内臓の配置など、肉眼で観察できるという特徴から学問としての歴史が古く、大昔についた名称がいまだに使われていたりします。詩的なものも少なくなく、意外と記憶しやすかったりします。
医学生がまっさきに覚えるユニークでニッチな身体の部位の名称として、代表例はたぶん「解剖学的嗅ぎタバコ入れ」でしょう。嗅ぎタバコって今の時代にはほとんど目にすることがないですし、「嗅ぎタバコ入れって何?」となるのですが、なんとなくオシャンティな響きもあって、すぐに覚えられるのですねー。
さて、「解剖学的嗅ぎタバコ入れ」とは身体のどこの部分をいうのでしょう。親指を「グーッ」と立てたときに、親指の付け根の部分にできるくぼみをいいます。解剖学的に説明すると、「手背側の長母指伸筋腱と手掌側の短母指伸筋腱、長母指外転筋腱との間にできるくぼみ」となります。いや~、難しいですね~。解剖学の授業では、医学生は長々とした筋肉や腱の名前をすべて覚え、かつその位置や働きまで理解することが求められます。
ちなみに、英語では“snuff box”フランス語で“タバチエール”と言いますが、意味は同じ、「嗅ぎタバコ入れ」です。
嗅ぎタバコは、粉末にしたタバコの葉を鼻の穴にすりつけて香りを楽しむタイプのものですが、16世紀初頭にスペインで製造されて以来、ヨーロッパ中の特に貴族たちを中心にブームになったのです。
嗅ぎタバコ入れは、タバコの粉末を風味豊かに保つための小箱のことです。
いったいこの名称がいつ頃から使われ出したのか、調べてもわからなかったのですが、16世紀初頭というと、ヨーロッパでは活版印刷の発明による書籍出版ブームと農業生産技術が目覚ましく進歩した時期と重なります。解剖書が次々に出版され、医学校の中で解剖学が体系立てて教えられる過程で生まれた名称なのでしょう。
投稿者プロフィール
- 趣味は読み書き全般、特技はノートづくりと図解。一応、元バレリーナでおしゃべり(おえかき)病理医。モットーはちゃっかり・ついで・おせっかい。エンジニアの夫、医大生の息子、高校生の娘、超天然の母(じゅんちゃん)、そしてまるちゃん(三歳♂・ビション・フリーゼ)の5人+1匹暮らし。
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