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2026.05.18
2026.05.18
#007 赤本なし、予備校なし、オールE判定で医学部受験!?(※決して真似しないで下さい)おしゃべり病理医・小倉加奈子②【人生いりょいりょ】
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MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第7回放送は、「人生いりょいりょ」第2回をお届けします。
前回に続き、ゲストは番組MCでもある、おしゃべり病理医・小倉加奈子。
今回は、小倉さんが「なんとなく」女子大に入学してから、半年で退学し、順天堂大学医学部を目指すまでの、かなり無謀で(笑)、かなりミラクルな受験エピソードをお聞きしました。

おしゃべりの内容は、
・1995年、女子大に「なんとなく入学」
・内臓の絵を描くのが好きだった少女時代
・恋する心で成績爆あがり!
・女子大に入って1か月で「ここで4年間は無理」と思った
・大学に通いながら、予備校に直談判
・「君の数学の学力では、一生医学部に受からない」
・赤本なし、E判定のまま順天堂医学部へ!?
・チャート式丸暗記大作戦
・面接も対策ゼロでぶっつけ本番
・父、親子面接でガチガチにド緊張
などなど。

赤本なし、予備校なし、E判定。
普通に考えれば、かなり危険な医学部受験です(笑)。
しかも数学は大の苦手。それでも直前にチャート式を必死で覚えたところ、本番でまさかのミラクルが……。もちろん、これは決して真似してはいけない受験体験談です(笑)。
けれど、「どうして医師になったのか?」の背景には、小倉さんらしい「衝動」と行動力、そして少しだけ運命に呼ばれたような瞬間がありました。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。

その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6

・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs

▼今回のゲスト
小倉 加奈子(おぐら・かなこ):順天堂大学医学部人体病理病態学教授、同附属練馬病院病理診断科科長、臨床研修センター副センター長。2002年順天堂大学医学部卒業。2006年同大学院博士課程修了。医学博士、病理専門医、臨床検査専門医。大学病院の日々の診療において、病理診断を担当しながら、研修医・医学生の指導にあたる。同時に、故・松岡正剛氏のイシス編集学校で編集コーチ(析匠)を務め、編集工学のメソッドを医学でも活用すべく、順天堂大学STEAM 教育研究会「MEditLab」を主宰し、医学を身近に感じてもらう様々なプロジェクトを企画。著書に『おしゃべりながんの図鑑』『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑』(以上、CCCメディアハウス)、『細胞を間近で見たらすごかった——奇跡のようなからだの仕組み』(ちくま新書)。趣味はお絵描きと読書。モットーは、ちゃっかり・ついで・おせっかい。

▼チャプター
・1995年、女子大に「なんとなく入学」?
・内臓の絵を描くのが好きだった少女時代
・昭和な価値観? 母も娘も「箱入り娘」
・恋する心で成績爆あがり!
・「医学部かあ……」「でもとりあえず大学行こうかな」
・女子大に入って1か月で「ここで4年間は無理」と思った
・大学に通いながら、予備校に直談判
・君の数学の学力では、一生医学部に受からない
・ここまでの振り返り ※トラブルで再収録
・どうして順天堂大学に決めたか
・赤本なし、E判定のまま順天堂医学部へ!?
・チャート式丸暗記大作戦 ※決してマネしないでください(笑) 
・これ、ワンチャン受かっちゃうかも?
・面接も対策ゼロでぶっつけ本番
・母は「私、無理」 父はガチガチにド緊張
・お父さん、かわいそう…でも、順天堂は圧迫面接はやりません

▼全文公開

●1995年、女子大に「なんとなく入学」?

QUIM:
はい。「人生いりょいりょ」第2回、続けて小倉さんにお話してもらいますけれども。

小倉:
お願いします。

QUIM:
前の回では、小倉さんの病理、あと病理ってどういう職業なんですか、みたいな話とか、小倉さんのご家族のこととかを聞いたんですけど、今日は小倉さんが順天堂の医学部に入っていった、そのあたりをお聞きしたいんです。今、僕が持ってるのがMEditLabのパンフレットなんですよね。これ、すごいよくできてる。

小倉:
自画自賛(笑)。

「MEdit Lab」パンフレット、できました♪

QUIM:
これ、外部の方はゲットできないんですかね。イベントとかで。

小倉:
そうだね。イベントに参加していただければね。無料でいつも差し上げてますもんね。

QUIM:
これ、フルカラーで、しかも情報量がすごい。40ページぐらいあって、毎年更新してるんですよね。

小倉:
一応ね、大学としても、順天堂大学の広報的なものの一つとしては考えてはくれてるんです。

QUIM:
今のMEditLabのことがすごくよくわかるものなので、ぜひ興味があればゲットしていただきたいです。ここの3ページのところに、小倉さんの年表がついてるんですよね。その一番最初が1995年。阪神・淡路大震災の年ですよね。

小倉:
そうですよね。結構覚えてる。

QUIM:
覚えてますもんね。しかも小倉さん、東京出身だから、

小倉:
だから、サリン事件とかも。

QUIM:
そうです。高校3年生ぐらいだったと思います。この年に小倉さんが、女子大の文学部英文学科に、附属高校から「なんとなく入学」。

小倉:
なんとなく(笑)。

QUIM:
「入学早々、文学に興味がないことに気づき、半年で退学」。

小倉:
ひどいよね(笑)。

●内臓の絵を描くのが好きだった少女時代

QUIM:
でも、そのときに気づいたんですよね。

小倉:
そう、気づいて。というか、ずっとね、体の構造とか、学研のひみつシリーズ『からだのひみつ』の本とか、小学校のころから大好きで。

QUIM:
小さいころからね。

小倉:
すごい好きだった。

QUIM:
お母さんも医療関係なんですよね。

小倉:
うん、母は臨床検査技師。でもそのときは辞めてたけど、近くのクリニックの受付とかをしていて、心電図を取ったり、採血したりとかはしてたんですよ。パートで。
だから、家族に医療従事者は母だけだし、医師はいなかったけれども、かかりつけのクリニックが母の勤め先だったこともあって、なんとなく医療現場が近しい感じはあったかもしれない。

QUIM:
親が働いてるところですもんね。

小倉:
内臓の絵とか描くのも好きだったし。

QUIM:
小さいときからそうなんだ。

小倉:
変だよね(笑)。

QUIM:
なかなかいないですね。

小倉:
なんかね、本当に、それこそ「小腸を伸ばすとテニスコート1面分になります」みたいなのが、結構すごいかわいらしいイラストで図解されたりとかしてて、「体の秘密」みたいな本を見て、面白い、って思ってた。「私のこの、こんなちっちゃいお腹の中って、そんななってるの?」って。

QUIM:
でもそれ、これも見立てですよね。小腸がテニスコート1面分ある、っていう。それによって、お腹の中にテニスコートがあるんだ、って想像できる。

小倉:
そうそう。だから、そういう話がちょっと育まれたのかも。でも別に、自分が医学部に行くとか、医師になるとかは思ってなかったし。

●昭和な価値観? 母も娘も「箱入り娘」

小倉:
私、ちっちゃいころ、クラシックバレエやってて。母がすごい、昭和のお母さんだから。女の子だからずっとバレエとか習って、ゆくゆくは素敵な人と結婚して、

QUIM:
そういう時代ですね。

小倉:
そういう時代だったから。

QUIM:
幸せになるんですよね。

小倉:
そう。だから中学から女子大の附属中高に行けば、大学もそのままエスカレーターで行けるんじゃない、ぐらいの。母は全く教育ママではなかった。そういう意味では本当に。

QUIM:
箱入り娘のような。

小倉:
母自身が箱入り娘的な感じだから。

QUIM:
そう育ってきたし、娘にもそういうふうに幸せになってほしい、と。

小倉:
私もなんとなく、そういう価値観とともに生きて終わりそうだから、大学は何とか行こうかな、ぐらいで。英語は好きだったから、その女子大にある学部の中から選ぶなら文学部英文学科かな、と思って。

QUIM:
まあね、大学選ぶときって、結構適当だったりしますよね。もちろんしっかり考えてる人もいるけど、偏差値でこのぐらいだからこの大学、みたいな。

小倉:
そうそう。

●恋する心で成績爆あがり!

小倉:
高校1年生のころは、成績もそんなによくなかったっていうか、真ん中ぐらいだったと思うんだけど、高校に入るときに、実は今の主人と出会ったんですよ。

QUIM:
高校に入るときに。

小倉:
入る直前かな。私は女子校で、幼なじみの親友がいて。その親友に幼なじみの男の子がいて、彼が男子校だったの。お互い、女子校男子校であんまり男女が一緒になることもないから、たまには男女一緒にどこか行ったら楽しいじゃん、ぐらいのノリで。

QUIM:
ダブルデートみたいな。

小倉:
まさにそれ。その私の親友が、幼なじみの唯くんっていう子を連れてきて、その子が連れてきてくれたのが主人だったんで、ちょっと優しそうな人だなと思って、一目ぼれして。多分向こうは全然、私のことタイプじゃなかったと思うんだけど(笑)、ちょっと片思いして。当時、彼が主席だったわけ。

QUIM:
主席。

小倉:
そう。私、ちょっと思い込みが激しいところがあって、そのときに「好き」ってなったら、好きになってもらいたいから、どうしたらいいんだろうって思ったときに、「勉強頑張ろう」と思ったんだよね。

QUIM:
そこなんだ(笑)。

小倉:
そう、そこ違うだろって感じなんだけど(笑)。彼が主席だから、私も一生懸命勉強頑張れば、共通点ができるだろう、って多分思ったんだろうね。それで、すごい勉強を頑張ってみた。高校生になったし、ちょっといっちょ勉強頑張ってみるかな、っていう時期とも重なったのかもしれないけど。そしたら、学年で10位以内くらいに成績が爆上がりしたわけ。

QUIM:
へえ、すごい。

小倉:
「あれ、結構できるかもしれない。勉強できるかも」って思った。

●「医学部かあ……」「でもとりあえず大学行こうかな」

小倉:
その時期に、だんだん母がね、箱入り娘でいいと思ってるわりに、いろんなことを言うから。思いつきで、「加奈子、お医者さん向いてるんじゃない」とか言い始める。

QUIM:
そのとき、高校生ですよね。

小倉:
そうそう。でも「無理に決まってるじゃん、何言ってんの」みたいに言ってたりして。そのころから、私は英語を近くの、本当におばあちゃんだけど英語がすごい堪能な方のところに習いに行くようになってたの。
その先生に英語を教えてもらいながらいろいろ話してるうちに、「加奈ちゃんは、人を教える職に就いたほうがいいんじゃない」って急に言われて。医療に興味あるなら、例えば東京大学の、医学部じゃないんだけど、看護とか、医療教育に携われる場があるよ、みたいなことを具体的に言われたんだよね。
でも、そのたびに「そっか」ってなって。だんだん欲が出てきたんだろうね。「チャレンジしてみるのはありかもな」って思って、「医学部かあ……」ってちょっと思ってたんだけど、そう思ってるうちに高校2年生の終わりぐらいだった。
やっぱりさすがに、今よりはもう少し医学部が簡単だった時代だとはいえ、それでも医学部って言ったら難しい学部だから、到底無理だなと思って。ずっと文系だったし、大学受験の準備なんかしてないし、高校2年生になってるから。母がずっと箱入り娘のように私を育ててきたマインドもあったから、「まあ、そういうのはいいか」ってなって。とりあえず大学行こうかな、って。
だからそこで、エンジンはかかったけど、踏ん切りがつかなかったっていうか。自信もなく、決心もなく、なんとなく内進で決まってた文学部英文学科に入っちゃったんだよね。

●女子大に入って1か月で「ここで4年間は無理」と思った

小倉:
でもね、そこに行くまでに、私、主席になってたわけ。高校でね。でも多分それは、大学受験とかしないで、内部進学の勉強しかしないけど、とにかくしっかり定期テストで点数取っておけば1位になれちゃった、っていう感じなんだよね。それで大学入ったときも、入学生代表みたいにしゃべっちゃったりして。
でも入って1か月ぐらいして、やっぱ女子大って、いい意味でも悪い意味でもキラキラしてて。近くの中央大学とか早稲田大学とか、いろんな男子大学生が、「女子大だから華やかだよね、サークルどうですか」みたいな感じで来るわけ。私からすると、すごいチャラチャラした感じだったわけ。

QUIM:
まあね。大学ってチャラチャラしてるところあるよね。

小倉:
そう。私はそれにまず「あれ?」ってなった上に、英文学科って当たり前だけど英米文学を学ぶわけ。英語を勉強するっていうよりは、英米文学だから、文学なわけ。そういうことをあんまりわかってなくて、授業が全部文学なのかな、英語の古典とかやらされて、「無理すぎる」ってなって。
「うわー、もう無理」って。それでもう、多分4月の終わりぐらいには、すでに「ここで4年間は無理だ」ってなってた。

QUIM:
すごいね。大学入ったら、なんとなく過ごしちゃう人も多いんじゃないかな。そこまで「辞める」ってなるのが結構すごい。

小倉:
そうだよね。今もだから、どういう思いだったのか、あんまり細かいところまでは思い出せないんだけど、とにかく「ここにいるの嫌だ」みたいになってて。そっからね、異様な行動力を発揮し(笑)。

●大学に通いながら、予備校に直談判

小倉:
当時、立川に近いところにキャンパスがあったんで、立川の大手塾の受付に直談判して。「私、大学生なんですけど、ちょっと再受験を考え出していて。だけど昼間は大学の授業があるので、高卒生の授業を受けられないんです。でも、そもそも私は大学受験をしたことがないので、高3生の夕方の授業に入れていただくことはできないですか」って交渉して、高3生のクラスに入ってたっていう。

QUIM:
相当、大学嫌だったんだろうね。

小倉:
本当に。

QUIM:
すごいよね。そこまで「嫌だな」っていう、その拒絶感って、小倉さん、そんなになくない?

小倉:
そうだね。

QUIM:
普段接してても、そこまで何かを拒絶するってあんまりないじゃん。

小倉:
私、なんかすごい激しいよね、そのときは。

QUIM:
そのときはね。やっぱ若かったっていう。

小倉:
多分若かった(笑)。

●君の数学の学力では、一生医学部に受からない

小倉:
それで塾に通い出すんだけど、本当に数学ができなくって。そこで教えてくれてた数学の先生にちらっと相談したら、「君の数学の学力では、一生医学部に受からない」って言われて。「そうだよな」ってなって。
でもこのままちょっと大学に所属し続けることはあんまり良くないだろうってなって、母に申し訳ないんだけど辞めたいんだ、って言ったの。何言われるかなと思ったら、母は「入学金もったいなかった」ぐらいしか言わなくて(笑)。「頑張ってみたら」みたいな感じで、8月とか夏休みの間に辞めちゃったんだよね。

QUIM:
それで、その次の年に受けるんでしょ。

小倉:
その次の年に受かるんだけど、それが結構、だから半年ぐらいしかないわけ。だからね、すごい勉強した。

QUIM:
したんだろうね。

小倉:
だから多分、そのときおかしなパワーがあって。本当に、昼夜、ご飯とお風呂以外の時間は、ずっと勉強してたと思う。

QUIM:
すごいですよね。

●ここまでの振り返り ※トラブルで再収録

QUIM:
はい。ちょっとトラブルがあって、日を改めてまた録音しています。この前録音したときは、小倉さんが高校から女子大に、なんとなく入ってしまって、高校時代の恋バナとかもあったりして。だけどやっぱり、「大学はちょっと違うな」と思って、それからものすごい勉強して、これから順天堂大学の医学部を目指していく、というところでしたよね。

小倉:
そうですね。ちょっと重複しちゃうかもしれないんだけど。やっぱり私、女子大に入っちゃったら、なんとなく周りの影響を受けて、そのまま諦めちゃう可能性があるかもな、みたいな。どこかで、自分自身の医学部入学の意思みたいなものに自信もなかったんだと思うんだよね。
今の高校生とかって、高校時代に「医学部を目指そう」と決めるわけじゃないですか。それは「お医者さんになろう」ってことだから、それを決意するって、結構すごいことだなって思ったりするんです。
私は、それを決めきるのに勇気が要ることだったし、そういうふうに育てられていないっていうのも余計にあったと思う。なんとなく中高大と行く、というふうに育ってきたので。母も「そんな感じで行くんでしょ」みたいな感じで来ていたから、余計に「辞める」っていうのが、初めてというか。

QUIM:
なるほど。

小倉:
それもあったような気がするんだけど、やっぱり実際に入って、「英米文学の授業ってこういうものなんだ」と体感したことで、「これを4年間は無理かも」と思って。あとやっぱり、女子大特有の空気感もちょっと無理だな、と思うきっかけだったかもしれない。
女子大って、インカレサークルが結構あるんですよ。早稲田大学とか中央大学とか、そういう大学と一緒にやるサークルみたいなのがあって、みんな入学したら、まずそのサークルのことを考え出すんだよね。勉強のことよりも。それがあまりにも、「大学に入って何するんだろう」みたいな感じで。みんな、ふわっと華やかな感じで、私としてはちょっとついていけなかったのかもしれない。
「サークルをやるために入学したんじゃないんだけど」みたいな衝撃もあって、「無理」と思い、それでやっぱり医学部を目指そうかなと思って、河合塾の現役クラスに入れてください、と言ったんだよね。でも結局、そのまま現役クラスにいて、中途半端に大学に在籍したまま受験勉強をやって、受かるほど医学部は甘くないよ、というのを痛感して。塾の先生にも、「君の数学のレベルじゃ、一生医学部に受からない」みたいなことも言われ。でも夏休みに、もうこれは退路を断とうということで、大学を辞めたんだよね。

QUIM:
勉強しながら大学に通ってたんだけど、夏休みに辞めた。

小倉:
辞めた。大学の事務室に行って退学届を出したんだけど、めっちゃあっさりしててさ。
誰か先生に挨拶するわけでもなく、事務室に行って、紙1枚で本当にあっさり大学を辞められちゃったわけ。そのあっさり感も、結構鮮烈な印象として残ってるんだけど。そこから、やっぱり本腰が入るというか。本当に食事以外は勉強したけど、でも本当に無謀だったような気がして。
医学部専門塾に入っているわけでも、予備校に入っているわけでもなくて。通信教育のZ会とか、そういうのもやったりとか。
あとは、いろんな大手予備校の講習だけ。夏期講習とか冬期講習だけ受けられるってあるよね、外部生が。それにちょっと申し込むぐらいで、基本、秋の時期はいわゆる宅浪という感じで、家で勉強し続けたんだよね。

QUIM:
そうなんだ。

小倉:
うん。多分ね、もうあまりにも前すぎて、どうやって勉強したかは覚えてないけど、とりあえず食事とお風呂以外は勉強したな、という感じ。

QUIM:
すごいね。

●どうして順天堂大学に決めたか

小倉:
でも、結局、最終的に順天堂しか受からなかったんだけど。

QUIM:
いくつか受けて。

小倉:
そうそう。当時、全体的に、今よりもさらに入学金とか授業料が高くて。うちも父親が会社員だし、私一人っ子とはいえ、私立の医学部に入れるって相当負担をかけることはわかってたから、授業料が安めのところを選ぼうとすると、すごく難しくなるわけ。

QUIM:
みんな、そこに行きたいなってなる。

小倉:
そうそう。一応、国立を目指してやってきたんだけど、でも多分、どこかで「間に合わないだろうな」と思ってたの。半年で受かるほど甘くないだろう、みたいに思っていて。でも、とにかく半年でやれるところまでやる、という感じで勉強はしてきたんだけど、模試とかは当然いい判定なわけない。

QUIM:
ここに書いてありますもんね。「志望校E判定のまま、そのまま本番へ」。

小倉:
そう。だからといって、それにどう対策していいのかもわかんないしね。最後に本当に衝撃的だったのは、最後のほうに、順天堂大学の医学部も受けよう、ということに決めたんだよね。いくつか受ける中で。順天堂は当時、私が受ける中では学費が高めだった。

QUIM:
そうなんだ。

●赤本なし、E判定のまま順天堂医学部へ!?

小倉:
そう。だけど、伝統ある大学だし、父も母も「順天堂だったら、受かったら行ってもいい大学なんじゃない?」みたいな感じで。「受けたら?」って言われたんだけど。受けようと思った時期が遅すぎて、過去問が手に入らなかった。

QUIM:
過去問なしで受けたの!?

小倉:
そう。赤本を買おうと思ったら、当時はAmazonとかもないから、本屋さんに行くしかない。でも赤本も売り切れてて。


2027年版大学赤本シリーズ順天堂大学(医学部) 教学社

QUIM:
大きい書店とかにもなかった。

小倉:
もうないの。

QUIM:
取り寄せとかも。

小倉:
そうそう。それで、そのときだけは、何にも放任だった母が、さすがに「これはやばい状況なんだろうな」と思ったらしくて、いろんなところに電話してくれて。それこそ地方の書店に、「在庫が残っていないですか」みたいな感じで聞いてくれたんだけど。でも、そんなに多分、刷ってないんだよね。

QUIM:
そうか。

小倉:
今だと、赤本ってAmazonとか見ると、だいぶ前のものが古本として売りに出てるんだよね。でも当時はそんなのないからさ。結局、赤本がなかったわけ。だから、全くどういう問題形式なのかわからずに本番を迎えた。

QUIM:
すごいね。

小倉:
すごいですよ。だけど本当に、数学は特にひどい成績のまま本番を迎えて。もうどうしようと思って。「例題の問題を全部覚えよう」と思って。解法も意味わかんないけど、覚えようと思って。

QUIM:
なるほど。

●チャート式丸暗記大作戦 ※決してマネしないでください(笑) 

小倉:
直前に、順天堂の医学部の受験の直前に、チャート式って言われている数学の参考書をやったんです。

QUIM:
青いやつ?

小倉:
そう。青チャートとか赤チャートとか、緑チャートとか、いろいろあったと思うんだけど。私は何チャートだったか忘れたけど、そんなに難しいチャートじゃなくて、結構基本的で良問が集まっているやつ。その例題を見て、全然わかんないから、解き方がね。でも例題はすごくしっかり載っているから、それを覚えるという形で必死でやったんだよね。それで順天堂医学部の入試当日を迎えました。
英語、数学、化学、生物の4教科で受験したんだけど、問題を開けるたびに、「大問、何個なんだ?」みたいな。赤本をやってないから、まずどういう問題形式なのかを本番で確認する。

QUIM:
そっか。インターネットが全然まだ普及していない時代だからね。

小倉:
余計、何もないの。情報が。

QUIM:
今だったら、本がないとしても、何か情報を得られるじゃん。

小倉:
確かに、確かに。

QUIM:
そういうのも全くない状態。

●これ、ワンチャン受かっちゃうかも?

小倉:
そうなの。恐ろしいでしょ。だけど、そこで奇跡が起きたわけ。全体的にね。私、やっぱり基本的なことをある程度しっかりできてたんだと思うんだよね。当時の順天堂は、割とすごく素直な問題が多かった。その代わり、すごい高得点を取らなきゃいけない、という入試だったっぽくて。
だけど数学は、私、本当に基本もいまいち危ういぐらい苦手だったから。でもチャート式を丸覚えしていったわけ。そしたら、ぱらっと見たら、数学の大問が4つぐらいあって、そのうちの2問が、数日前にやった問題だったわけ。

QUIM:
すごいね。

小倉:
ほぼほぼ、たぶん数字だけが違うぐらい。そっくりな問題が2問出てて。

QUIM:
そんなことあるんだ。

小倉:
そうなんだよ。私、呼ばれてると思ったんだよね。

QUIM:
それは呼ばれてるよね。

小倉:
だって試験中に、ちょっと声が出ちゃったもん。驚きのあまり。

QUIM:
それは出るよね。赤本じゃなくてチャート式を暗記してたら、そのチャート式から出たら声出るよね。

小倉:
「これ、見たやつだ」みたいな。ちょっと声が出ちゃうぐらい。だから、私が今までのテストで見たこともないぐらい、真っ黒に答案を埋められたの、数学がね。数学が終わったときに、「これ、ワンチャン受かっちゃうかも」と思うぐらい。問題が簡単だったから。全体的に手応えが良くなった。だから本当にそんな感じで。でも、数学のミラクルがなければ、多分やっぱり、高得点で競わなきゃいけないという入試形式だったことも考えると、受からなかったんじゃないかなと思って。

QUIM:
今の順天堂は、傾向は変わってるんですか。そういう基礎的なところよりも、結構。

小倉:
そう。今はマーク式になってるのかな。すごくボリュームが多くて、例えば英語とかもものすごく長文が長くて。7割ぐらいの点数はマークで取るのかな。マークってでも、1個でも間違えたらバツじゃないですか。筆記のほうが多少、部分点をもらえたりするけど、そこは結構容赦ない感じで。残りの3割分ぐらいが英作文。今の順天堂の試験はね。

QUIM:
今は赤本がありますからね。

小倉:
そうだよ。本当に。

QUIM:
そんなもう、暗中模索っていうか。

小倉:
そうなの。超ミラクルで、呼ばれたっていう感じ。

だから本当に、それ以外の大学は、今の奇跡が起きなかったからこそ全部落ちたやつ。

QUIM:
大きな奇跡が一つ起きた。

小倉:
そう。一つ起きないから、普通にE判定だね、という感じで、手応えないまま終わって。順天堂だけ、ずば抜けて手応えがあって。面接試験も知らないわけじゃない。赤本とかないし、予備校に行ってないから、どういう面接試験かわからない。

QUIM:
そうか。予備校に行かなかったのは何か理由があるんですか。まずいって感じがするんだけど。

小倉:
秋からでもね。なんかなかったんだよね。秋から入るのは遅いかなと思ったのと、とりあえず半年は自分でやってみよう、という感じで。

QUIM:
もう1回やる、というのもあって。

小倉:
あったかな。そうだと思うんだよね。

QUIM:
なるほどね。

●面接も対策ゼロでぶっつけ本番

小倉:
だから面接も。当時は親子面接だったんです。

QUIM:
えっ。

小倉:
それも、「親子なの?」みたいな。いちいち驚くわけよ。情報がないから。

QUIM:
それは基本、親子面接だったんですか。どこの大学でも。

小倉:
そういうところが多かったかな。でも、親子面接って何するの? 例えば寄付金の話とかされるんじゃないの? みたいな、嫌な噂というか、良い印象はなかったから、徐々に親子面接はなくなったんだけど。でも、少なくとも私のときは、別にそういう話はなかったし。親子面接って、面白いっちゃ面白いというか。

QUIM:
親がいるとちょっと安心はするのかな。

小倉:
この親御さんでこの子あり、みたいな。なんとなく家族の雰囲気が見れたりして、選ぶ側としては良かったのかもしれないけど。でも知らなかったから、「面接、親子面接だよ」ってなって。そしたら、うちの母が「私、なんかやばいこと話しそうだから行かない」って言って。

●母は「私、無理」 父はガチガチにド緊張

QUIM:
お母さんもお父さんも一応行くものなんですか。

小倉:
普通は、やっぱりみんな絶対に合格したいから、両親が揃っていれば、お父さんお母さんで行くっていうのが主流だったっぽいんだけど、母は「私、無理」みたいな感じで。母が箱入り娘みたいな人だから、父と私で行った。

QUIM:
お母さん、行かないんだ(笑)。

小倉:
結局、父と行って、もう父のほうがガチガチに緊張してた。

QUIM:
そっか。でもそうだよね。俺も行きたくないもん。だって、俺のせいで落ちちゃったら、かわいそうすぎるじゃん。

小倉:
本当に。

QUIM:
それはわかるな。

小倉:
だから、その様子を見て、「うわ、こんな父親の緊張してる姿、見たことない」って。面接で冷静にそういう父親の姿を見て、そういうことを考えてた。

QUIM:
お父さんって、親っていうとちょっと意外な感じじゃない。

小倉:
だから、すごい印象的だった。「娘さんは、お父様から見てどういうお子さんですか」みたいな、結構かわいらしい質問をされるわけ。「どんなエピソードが今までありますか」みたいな、微笑ましい質問が来てたような気がするんだけど。

●お父さん、かわいそう…でも、順天堂は圧迫面接はやりません

QUIM:
でも、お父さんは傾向と対策ができるわけじゃないんですよね。

小倉:
全然できてない。

QUIM:
かわいそうじゃない。多分、向こうは決まってるんだよね。

小倉:
そう。かわいそう。

QUIM:
それはつらい、お父さん。

小倉:
でも、当時から今もそうなんだけど、順天堂の面接って、割と圧迫面接じゃないんだよね。なんか自由にしゃべらせて、この人のいいところを引き出そう、みたいな面接だったから、割とすごくアットホームな感じで。気分良く終わり、受かったかもって思って帰る、みたいな。

QUIM:
すごい。本当に呼ばれてる感じですね。

小倉:
呼ばれてる感じだったと思う。本当に。

QUIM:
その短い期間で、予備校も赤本もなく受かる人って、あんまりいない。

小倉:
そうだよね。だからね、本当にチャート式さまさまなんだ。

QUIM:
なるほど。

小倉:
チャート式がなければ、医者になってなかった。

QUIM:
チャート式。

小倉:
チャート式、ちゃんとした教材なんだろうなって。

QUIM:
今でも売ってるよね。

小倉:
売ってるよね。きっといいんだろうね。

QUIM:
いい教材なんだろうね。

小倉:
教材なんだろうなって。

QUIM:
ちょっと今回はこのぐらいで、次回は小倉さんが医学部に入ってからのお話を聞きたいと思います。

小倉:
はい。お願いします。

QUIM:
では、またごきげんよう。

小倉:
ごきげんよう。

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