おしゃべり病理医のMEditラジオ COLUMN
MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第5回放送は、「ゆるっとMEdit」、通称「ゆるメディ」をお届けします。
今回は、小倉加奈子(おしゃべり病理医)とQUIM(編集者)が、ドリアン・ロロブリジーダさんの初の本格主演舞台『DURIAN DURIAN』を観劇したところから、ドラァグクイーン、LGBTQ+、SOGI、松岡正剛『千夜千冊エディション 性の境界』、スーザン・ソンタグの「キャンプ」まで、あれこれ語ります。
おしゃべりの内容は、
・ドリアン・ロロブリジーダさんの圧倒的な存在感
・ドラァグクイーンとは何か?
・松岡正剛とドリアンさんの対談
・順天堂大学のSOGIへの取り組み
・「原始、人間の性は無数にあった。人よ皆、クィアたれ」
・スーザン・ソンタグの「キャンプ」と「仮の宿」
・舞台の名セリフ「ピンチはチャンスよ」の深〜い意味
などなど。
「ゆるメディ」のはずが、今回も気づけばかなりの「ガチメディ」に? ドリアンさんの美しさに圧倒されながら、「性とは?」「私とは?」まで考え巡らせる回になりました。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs
▼チャプター
・「ゆるメディ」というか「ガチメディ」?
・ドリアン・ロロブリジーダさんの初の主演舞台『DURIAN DURIAN』
・ドラァグクイーン、ドリアンさんのプロフィール
・松岡正剛とロロブリジーダさん 千夜千冊エディション『性の境界』
・順天堂大学の取り組み SOGIとは?
・「原始、人間の性は無数にあった。人よ皆、クィアたれ
・なぜ、「才能が出やすい」のか? マイノリティだから?
・スーザン・ソンタグの「キャンプ」は「仮の宿」?
・ドラァグクイーンは「二重写し」で見ている
・『ドラァグ 「自分を信じる」という生き方』
・デュシャンもデヴィッド・ボウイも『ホメロス』もドラァグ
・あらためて考える「ピンチはチャンスよ」の深〜い意味
▼全文公開
●「ゆるメディ」というか「ガチメディ」?
QUIM:
それでは、「ゆるっとMEdit」始めたいと思います。今日もお願いします。
ええと、一応「ゆるっとMEdit」の趣旨を説明しておくと、「ゆるっとMEdit」というのは、僕(QUIM)と小倉さんが最近気になった本とか映画とか、MEditLabの活動を紹介しようというコーナーなんですけど、今回で何回目? 3回目ですね。「ゆるっとMEdit」は3回目です。
1回目は、金井真紀さんの『春をよろこぶ みんなで踊る 世界でくらすクルドの人たち』(『たくさんのふしぎ』2026年3月号)を選んで、次が小倉さんで、伊藤亜紗さんの……。
小倉:
なんだっけ? えっと、『体の居場所をつくる』(朝日出版社)と、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書)っていう、いくつか伊藤さん全体の著書とお人柄を紹介しました。
QUIM:
どうですか? やってみて、「ゆるっとMEdit」。
小倉:
やっぱり改めて、本とかをすごく深くしゃべることってないじゃないですか。普段の雑談だとなかなか。だから、「私ってこういうふうにこの本のことを考えていたな」みたいなのが、改めて発見できる良さはありました。
QUIM:
そうですね。文章を書くのとは違う面白さとか、難しさもありますけどね。
小倉:
あるある。でも、なんか2人でしゃべっていると、結構思い出せることがあるんだよね。1人だと思い出せないことも、ちょっと脱線するのかもしれないけれども、連想が。
QUIM:
よく働くってところはあるかもしれない。
その難しさで言うと、僕、紹介させてもらったんですけど、「ゆるっとMEdit」、”しんしん”にも言われましたけど、「これ、ゆるっとMEditですよね?」っていうね。全然「ゆるっと」してないじゃんって。結構「ガチッと」やっちゃったなっていうのが、1個反省としてはあるのと、「ガチメディ」の割には、ファクトチェックできてないな、みたいな。曖昧な情報をお伝えしちゃったなという部分もあって。ちょっとね、反省しました。
小倉:
でも初回なんで、トライアンドエラーでお許しいただいて。
QUIM:
そうだね。そうだ、金井真紀さんの情報で言うと、今度、金井さんが6月6日に、これちゃんとファクトチェックしましたけど、土曜日に、「移民・難民フェス」というのをご自身で主催していて、それを港区の教会でやるみたいですね。興味ある方は調べていただいて。面白そうだなと思います。
●ドリアン・ロロブリジーダさんの初の主演舞台『DURIAN DURIAN』
QUIM:
今回は何を取り上げるのかというと、なんでしょう。ドリアンさんですね。ドリアン・ロロブリジーダさんですね。皆さんご存知の。
どうなんですかね。さっきフックちゃんに会ったら、順天堂大学の食堂で「ああ、知ってます」みたいな話をしていたので。
小倉:
どのくらい知られているのかなっていうのはありますよね。なんかコスメのYouTubeの番組で、ドリアンさんのお話を聞いたらすごく面白くて、ハマったって言ってたよね。
QUIM:
言ってましたよね。だから相当もう知られているんじゃないかっていうのもあります。で、僕と小倉さんで、ドリアンさんが「初の本格的な主演舞台」と言われている『DURIAN DURIAN』という舞台の千秋楽を先日、今日が収録日ですけど、2日前に観てまいりましたよね。いかがでしたか?
小倉:
私ね、実は舞台って、ずっとバレエを習ってきたから、舞台といえばクラシックバレエの舞台を見ることが多かったんですよね。そうすると、結構劇場が大きい。フルオーケストラとか入っていることもあるから、それこそBunkamuraオーチャードホールとか、NHKホールとか、上野の東京文化会館とか。東京文化会館だって5階席まであるから、何千人というお客さんが見るみたいな。ちょっと格調高い感じの舞台を見ることが圧倒的に多かった。私の中では、舞台の鑑賞体験としては、それが軸になっている。
QUIM:
なるほど。
小倉:
そうすると、見ているお客さんとか、もう全然客層が違うわけ。バレエを見ている人たち自体もね。それに比べて、この間の会場が有楽町マリオンのI’M A SHOW。下は映画館で、会場も元映画館なのかなという感じの、可愛らしいホールだよね。だから、そういう意味では、まず親近感がある。舞台がすごく近いというのと、コメディもあまり私、舞台で見たことがなかったから、そういう意味では、人がお話ししたりする、普通にお話ししたりする舞台っていうのがまず新鮮で。あとはね、とにかくドリアン・ロロブリジーダさんが綺麗だと。
QUIM:
いや、本当に圧倒的な存在感で。他の役者さんもすごく頑張っているし、いい演技で面白かったんだけど、やっぱりちょっとドリアンさんの、本当に存在感とね。あと、お客さんの盛り上がり方。これは現場に行かないとわからないですね。
●ドラァグクイーン、ドリアンさんのプロフィール
小倉:
QUIM君、ちょっとドリアンさんをご存知ない方に、プロフィールをお話しした方がいいかなと思うんだけど。
QUIM:
小倉さんから説明してくれるんですね。
小倉:
はい。えっとね、今、御年41歳なんです。
QUIM:
僕の1個上ですね。
小倉:
本当、そうだよね。日本のドラァグクイーンです。ドラァグクイーンって何ですか? っていうと。
QUIM:
それ大事ね。
小倉:
それ大事。QUIM君、ドラァグクイーンとは?
QUIM:
ちょっと後で詳しく本も取り上げて説明しますけど、「ドラァグ」って、お薬の「ドラッグ(drug)」とはまったく別なんです。「引きずる」という意味があるんだけど、簡単に言うと、見た目の豪華さとかラグジュアリーさによって表現するというか、パフォーマンスするような人で。ジェンダー的には、ゲイとかレズビアンの方は多いかなという感じですね。
小倉:
ドリアンさんもゲイなんですよね。それで、早稲田大学の法学部を中退されているということです。コロナが始まる直前に、ドラァグクイーンで生計を立てていくというか、ショービジネスというか、そういったところで自分を食べていくんだということを決意して、たぶんお仕事を辞められているのかな。それ一本で頑張ろうという感じで。
私もこういう方って、そんなに経歴とか詳しく調べたこともなかったんだけど、ご結婚されていて。お相手がですね、どういう方だと思ったんだけれども、トランスジェンダー男性なんです。
ということは、戸籍上の性別は女性の方なんですよね。
QUIM:
ああ、そういうことですね。
小倉:
そう。トランスジェンダー男性なので、性自認が男性という方と結婚されているんです。見た目は、男の人2人という感じのカップルなんだけれども、今、日本って同性婚が認められていないけれども、一応、戸籍上はドリアンさんが男性で、お相手の方が女性なので、結婚が可能だったということ。
ただ、それに関して、「よかったね」と手放しで思っているわけではなくて、今の現状ではそうせざるを得ないというか。ゲイカップル、ゲイ同士だと結婚できないですから。そうなんだけれども、たまたまお相手の戸籍上の性別が女性だったということで結婚ができた。それに対して、やっぱり社会的に何か発信できないかなということで、あえて結婚されたことを公表したというふうにお話しされているんですよね。
ちなみに、キラさんという方で、ネイリストをされているんですって。見た目はお髭も生やしていて、男性だなという感じがするんですけれども。
だから、すごく、私たちって、やっぱりそういう華やかな方のことを表面上しか見ないけれども、いろいろな活動の中で、すごい信念を持ってやられているというのは、端々、いろんな情報を読むとわかるなという気がしていますよね。
あとは、私とQUIM君がずっとお世話になってきた松岡正剛さんと、ドリアンさんとの出会いもあるんですよね。
●松岡正剛とロロブリジーダさん 千夜千冊エディション『性の境界』
QUIM:
僕がこの舞台で注目したというか、小倉さんと見に行きたいなと思ったのは、もともとやっぱり、松岡さんがこのロロブリジーダさんをものすごく推していて。
何で見たかわかんないけど、「日本は君に託した」みたいなことを言ったんだよね。すごいなと思って。
松岡さんのことを全然知らない方もいるかもしれないですけど、目利きの中の目利きですよね。人に対して、確かに厳しいところもものすごくあるし、その松岡さんが「ロロブリジーダはすごい」ということをずっと言っていて。
松岡さんがロロブリジーダさんに出会ったきっかけというのが、千夜千冊エディションシリーズ。角川ソフィア文庫から、ずっとウェブ上で連載している『千夜千冊』をまとめて、結局30何冊出ていたんですよね。
それが2023年9月かな、『千夜千冊エディション 性の境界』(角川ソフィア文庫)を出したんですね。
小倉:
ありましたね。レインボーカラーでしょう。

QUIM:
そうそう。『性の境界』を出した時に、『千夜千冊エディション』には毎回、扉の写真がついているんですよね。そこにガーンと出てきて。松岡さんがその時にロロブリジーダさんと会って、対談も「カドブン」(カドカワ文芸ウェブマガジン)されていますよね。
これ、後でウェブで記事にするときは載せますけど、この本の刊行記念で対談なさっていて。小倉さんも読みましたよね。どうでした? 内容は読んでみて。
小倉:
全体に、さっきもロロブリジーダさんがいろいろなことを考えて活動されていると思ったけれども、やっぱり書籍もすごく読み込まれていて。ドラァグクイーンとか、そういう……。
QUIM:
そこなんで発音いいんですか(笑)。「ドラァグクイーン」って。まあ、いいですよ。それは個人の好みなんで聞き流します(笑)。
小倉:
とか、ゲイについての歴史的なこととかをしっかり理解された上で、自分のあり方みたいなものをちゃんと持っている。哲学があるんだなというのは、松岡さんとの対談で思いました。あと、私がすごく驚いたのが、ちょっと医学的な観点なんだけど、7、8%、LGBTQ+の人がいるんですよね。書いてあったじゃないですか。
●順天堂大学の取り組み SOGIとは?
それでね、実は順天堂大学も、このLGBTQ+についてすごく活動しているんですよ。医学教育研究室に所属の武田裕子先生という先生が、これについてすごくしっかり取り組まれているんですね。
要は、病院に患者さんとしていらっしゃるそういった方々が、すごくいろいろ困ると。たとえば病室とかトイレ一つ取っても、あと病院の備品、パジャマが女性だとピンクで男性がブルーになっているとか、いろいろなことでモヤモヤしたり、困ったり、悲しい思いをしたりしていると。
そういったことに対しても、ちゃんと配慮していきましょう、弱者にもちゃんと目を向けましょうということを、武田先生はすごく考えていらっしゃる先生で。
その先生の講演会があったんです。LGBTのことは今、「SOGI」というふうに言うんですよね。
QUIM:
この前、なんかちょっと聞きましたね。
小倉:
Sexual Orientation and Gender Identity。性的指向と性自認です。いろんな人がいるんだよね。それはいろいろな多様性を含んだ言葉なんですけれども。
そのSOGIに対して、対策をしっかりしていきましょうというのを、順天堂大学ではやっているんです。相談窓口を作ったり、それに対して理解がある教職員を増やしていこうみたいなことを取り組んでやっているんですよね。
その講義の中で、「自分の周りには、そういった人はいないと思っていませんか」と言われたんです。そうしたら、佐藤さん、田中さんとか、いろんなメジャーな日本の名字を出されて、「こういった名前の方々に会ったことがない人はいませんよね」と。
そのぐらいの頻度で、日本の多い名字を7つぐらい合わせると、だいたいそれで日本の7、8%になるらしいんです。そのぐらいの人数のLGBTQ+の方がいるという話をしていました。
QUIM:
結構いる、確かにね。
●「原始、人間の性は無数にあった。人よ皆、クィアたれ」
小倉:
その話を聞いた時も、「そんなにいるんだっけ」と驚いたし、ドリアンさんと松岡さんとの対談の時も同じような話が出てきて。なんていうのかな、それって、人々というか、生物的に、なんでだろうと思って。それはわかっていないんだよね。
だって、よく考えれば、やっぱり子孫を残すということが、生物的には絶対重要な話じゃないですか。子孫を残せない種というのは絶滅していくわけで。その中に、生物学的な体の性と性自認が違うというのは、すごく生きづらいはずなんだけれども、そういった人がたぶん紀元前からいた。
QUIM:
そうですよね。だって神話だとか、宗教においても、必ず両性具有とかありますよね。あと、ギリシャ神話とかでも、女装したりとか、そういう人物が。人物というか、キャラクターが出てきますね。
小倉:
だから、それが脈々と受け継がれているわけじゃない。今になっても、そういった方が人口の7、8%いるということは、その不思議さ、それはどういう意味があるんだろう、人類にとって、というのが一つ、素朴な疑問としてあります。
あとは、松岡さんが編集工学の中でよく言ってきた「たくさんの私」。私自身は単一の表現にとどまらず、いろんな側面があるじゃないかという話があるじゃないですか。だから、それの本当に究極バージョンっていうか、それがSOGIであり、LGBTQ+であり、という感じがすごくしたんです。「たくさんの私」と考えた時に、結構いろんな可能性がある。
だから松岡さんも、「君に託した」じゃないけど、日本のこれからは君に託した、というような可能性を感じたのかなと思ったんですよ。
QUIM:
そうですよね。松岡さんがロロブリジーダさんをすごく気に入ったというのは、やっぱり知性的な部分があると思うんですね。
『性の境界』という本の面白さも、小倉さんが言ったみたいに、単にジェンダーとか政治とか社会的なことじゃなくて、生物の話から始めている。レンジの広さというか、そこは松岡さんにしかやっぱりできない。
小倉:
あんな本、たぶんないですよね。編集工学が「生命に学ぶ、歴史をひらく、文化に遊ぶ」という、ちょっと間違えているかもしれないけど、そういう3つのスローガンがあるじゃないですか。まさにそれでLGBTQ+を読み解いている。お手本じゃないかと思っているんです。
どうしても、社会的問題だと思いすぎているというか。今回は舞台を見に行ったところから始まっているので、それを芸術的なものとして見るときに、どういうふうに見ることができるか。その見方の可能性を追求するというふうに見た方がいい気がしていて。
もちろん、病院に来て困ったりする人が確かに多くて、それを弱者というふうに捉えることもできるんだけれども、「弱い人」と思っている限りは、全然発想が広がっていかない。
QUIM:
自分とは別の人だと思っているんだけど、でも全然地続きなんですよね。おそらくというか、必ず人の中にいっぱいある。小倉さんの中にも男性性はあるし、女性性が僕の中にもあるし。そういうものがないという前提で思いすぎちゃっている。
「あなたは男です」「あなたは女です」っていう、そのこと自体をちょっと問わなきゃいけないし。この『性の境界』のキャッチコピーか何かで、「原始、人間の性は無数にあった。人よ皆、クィアたれ」っていう。
小倉:
ああ、クィアたれ。LGBTQのQですね。
QUIM:
そう。もともとそうじゃんっていうのが、松岡さんの考え方だと思うんですよね。
小倉:
それはでも、本当に感じますよね。自分の中での男性性とか女性性というのは、普段気にしていないだけで。たとえば子育てしていても、子どもに対しての接し方がちょっとお父さんっぽいのかもしれない時と、母親的なところとか。まあ、そういうふうに思うこと自体も、もしかしたら偏見なのかもしれないんだけれども。
だから、LGBTQ+も、LGBTって結構ラベリングしちゃっているよね。それじゃ全然足りないという意見もあって。だからこそ、今たぶんSOGIという言葉に変えましょうということなんだと思う。そういうラベリングに当てはまらないぐらい多様な人がいるんだ、ということを言いたくて、SOGIに変えているんだと思うんだけど。
●なぜ、「才能が出やすい」のか? マイノリティだから?
QUIM:
松岡さんの対談で、やっぱりここが面白いなというところがあって。いろんな話があるんだけど、ドリアンさんって、自分がゲイであることで悩んだことがないと言っていましたよね。
世代的に、だんだんLGBTQ+とかが認められるようになってきて、理解されるようになってきたということもあるだろうし、個性の問題もあるかもしれないけど、そこがいいって松岡さんは言っていて。「確かにゲイのほうが面白いよね。才能が出やすいよね」という話をするんです。
それで、ドリアンさんが「それ(才能が出やすい)って、もしかしたら自分が境界にいるというか、マイノリティだからですかね」と言ったら、松岡さんは、それもあるんだけれど、「僕は複製、コピーが作れるというのが才能だと思っているんですね」と。オリジナリティよりも複製のほうが価値が高いとさえ思っている、という。
小倉:
私もすごく気になった。
QUIM:
こういう話ができるのが松岡さんですよね。ドラァグクイーンも、女性性をものすごく強調しているわけですね。でも、それを自分でメイクアップして作れちゃう。そこに才能が出ているという。
何でも、プラトンでもアリストテレスでも、もともとは複製。何かを複製して、だけどそこからトランスしていく。
小倉:
DNAも複製だからね。
QUIM:
その話の流れで、「たくさんの私」を大事にしているんですよ、という話が出てきて。さっき言っていた、自分の中に女性性があるとか男性性があるとか、そういうことも含めて話していました。
●スーザン・ソンタグの「キャンプ」は「仮の宿」?
QUIM:
あと、ここで重要なのは、この後の話にも出るんだけど、スーザン・ソンタグの「キャンプ」の話です。これがドラァグクイーンにとって、とても重要なコンセプトなんです。
小倉:
松岡さんの言うところの「仮の宿」ですね。
QUIM:
これは、相当、松岡さん独特の言い方だから、普通はこういう説明は全然しませんが。ただ、松岡さんは、キャンプというのは、要するにキャンプしますよね。ヒロシさんはぼっちキャンプだけど、みんなでやるキャンプもある。いずれにしても、仮の宿なんですよね。
小倉:
そうね。まあ、そのスーザン・ソンタグのキャンプの意味は仮住まい。
QUIM:
そうそう。この「仮の宿」というのが、「自分の中にある別様の可能性を仮の宿にしながら、そこに行っちゃう。それがキャンプですよ」、という。これ、わかりにくいよね。
小倉:
確かに。
QUIM:
わかるようで、わからないですよ。松岡さんはそれがすごいって言っていて、ここが読みどころなんだけど、たぶん読んでいる人はほとんどわからない。松岡さん、そういう言い方しかしないからね。
小倉:
私はそういう話をよく松岡さんとしてきたんです。いろんなメタファーを含んだ話をするんだけど、私はもういつも。自分勝手に解釈してきた。私の場合は、それを常に医学とか病理学的な観点で引き取って、「松岡さんが言ったことは、こういうことだよな」と解釈すると、「そうだよ」って言ってくれるから。
QUIM:
ちゃんと考えて言えば、「そうだそうだ」と言ってくれる。正しいのか間違っているのかは関係ない。
小倉:
でも、それを読んだ時に、たとえば、ほら、遺伝子からしたら体って乗り物だという言い方をするでしょう。そういうことだなと思ったけどね。なんとなく。
QUIM:
ここはちょっと僕も多少理解はできていて。この「仮の宿」「別様の可能性」「ワン・アナザー」が大事なんだよと。オリジナルが大事なんじゃなくて、そのワン・アナザーを一緒に出すのがキャンプだよって言っているんです。ただ「この『一緒に』という感じがみんなわからない」。「ヴァーチャル・リアリティのようなものにしてしまいすぎる。マスキングをかけて、ペルソナ、個性みたいなものにしてしまう」と。そして「でも、スーザン・ソンタグが言っているようなキャンプの要点は、『一緒に出す』ところなんです」と。
そこでドリアンさんが、「我々がよく言っている『綺麗は汚い、汚いは綺麗』ということですね」と言う。これはシェイクスピアの『マクベス』の言葉なんですね。要するに、すごくツルツルの綺麗なものとして出すんじゃなくて、聖も俗もどっちも、そのプロセスがあるわけだから、それごと出すんだよっていうふうに言っているんだよね。
●ドラァグクイーンは「二重写し」で見ている
小倉:
なんかでも、ドラァグクイーンのあり方というか、見方自体が「一緒に出している」という感じはしますよね。要するに、絶対にあの人が男性だと思って、我々は見ていて、男性なのにあそこまで美しいというところに面白さを感じている。普通に女性が同じような格好をして出てきても、あそこまでの感動はない気がする。
QUIM:
ロロブリジーダさんが男性の顔を出しているというのは、まさにその通りというか、両方出ていて。変身したロロブリジーダさんを見るとわかるじゃん。
小倉:
変身のプロセスがわかる。だから二重写しみたいに見ている。
QUIM:
ドラァグって、これは俺の勝手な解釈だけど、「引きずる」というのは、その人から引きずられて出てきていて、さらにその人から何かを引きずり出しているような、そういう意味もあるのかなということに気づいたんです。
小倉:
だから、あの舞台はまさに、ドリアンさんの「一緒に出ている感」が舞台全体に広がっていて。周りにいる他のキャストの皆さんも魅力的なんだけど、男性とか女性とかどうでもよくなる感じがするというか。
QUIM:
そうですね。ここまで『DURIAN DURIAN』の物語の話を全然していないけど、カリスマファッションデザイナーとして、ドリアンさんという人物が出てくるんです。名前はそのままですね。
で、ファッションショーみたいなものがあって、そのために服を用意するんだけど、いろいろ問題があって用意できない。でも「ピンチはチャンスよ」って何回も言って、なんとかクリアしていくドタバタ劇なんです。普通にお笑いコントのようなね。お笑いコントあり、最後は歌もあったし。素晴らしかった。歌がまたすっごいうまいしね。
小倉:
すっごいうまかった。素晴らしかったですね。
●『ドラァグ 「自分を信じる」という生き方』
QUIM:
本を紹介する前に、時間が結構過ぎちゃったんだけど。ドラァグクイーンの本、いきますか。ドラァグクイーンの本というのは、僕、ちょっと少ないなと思いましたね。本があまり出ていない。
写真集とか、これも若干写真集的なところがあるんだけど、かなりドラァグクイーンとは何かというのを整理しようとしている。ただ読んでいると、あまりにもいろんなものがドラァグだからか、結局ドラァグとは何なのか、最後はよくわからなくなるという本ではあるんですけど(笑)。
でも、最初の1冊としてはとてもいい本だなと思います。本当はロロブリジーダさんとか、ヴィヴィアン佐藤さんとかが、新書なり本を出してくれると一番いいかなと思うんですけどね。サイモン・ドゥーナン『ドラァグ 「自分を信じる」という生き方』(グラフィック社)です。

小倉:
でもすごく綺麗な本だし、写真と格言みたいなものが大きなフォントで出ているんですけど。今、目に入ったのは、スーザン・ソンタグの言葉で、「男性の最も美しいものは女性的であり、女性の最も美しいものは男性的である」。確かに、さっき言った自分の中にある男性性とか女性性の話と、ちょっとつながりますよね。
QUIM:
ドラァグカルチャーにとって、スーザン・ソンタグって非常に重要な人物で、「キャンプ」という概念があります。これは、美学・文化批評上の「キャンプ」ですね。野外でテントを張るキャンプ(camp)と同じ綴りではあるんだけど、ドラァグカルチャーではこれを「キャムプ」と呼ぶそうです。
有名なソンタグの『反解釈』(ちくま学芸文庫)という本の中に出てきます。これはこのドラァグの本に書いてありましたけど、「芸術現象として世界を見る審美主義を表していて、内容より形式、道徳より美学が優先される。具体的には、大げさな装飾を施したファッションや、誇張された立ち振る舞い、わざとらしさを生かした芸術表現などを指し、英語圏の美術や文芸を批評したり、LGBTQ+の人たちの美意識や価値観を表現する際に使われる」と。

●デュシャンもデヴィッド・ボウイも『ホメロス』もドラァグ
QUIM:
本当にその後のドラァグクイーンにとって、ドリアンさんも先輩方から「ドラァグクイーンはキャンプなのよ」と言われていたそうですけど、まさにそうなんだよね。
そして、この本は、第1章がグラマードラァグ、第2章がアートドラァグ、第3章がブッチドラァグ、第4章がブラックドラァグ、第5章が歴史におけるドラァグ、第6章がコメディドラァグ、第7章がポップスタードラァグ、第8章が映画におけるドラァグというふうに、いろんな角度からドラァグカルチャーを説明していく。読んでいると、「なるほど、ドラァグってこういう歴史があるんだ」とか、「これもドラァグなのか」と思う。
たとえばアートドラァグだと、デュシャン。便器を逆さまにして《泉》と言って、「これは芸術だ」と言った人だけど、あの人もドラァグカルチャーに足を突っ込んでいるんだよね。女装もしているし。アンディ・ウォーホルもそう。
あと、ポップスタードラァグだと、一番取り上げられているのはデヴィッド・ボウイ。ロックとかポップスターの、レディー・ガガとかビヨンセとかもそうだけど、みんなすごい過剰な衣装を着るじゃないですか。ああいうのもドラァグなんだ、という話をしているんだよね。
小倉:
抑圧されてきたりとか、社会で「ないもの」とされていたものが、そこにたまっていたエネルギーが衝動として噴出した過剰さみたいなものが。そのまま芸術になっているというのがドラァグな感じ
QUIM:
本当にまさにそれです。さっき神話の中にも出てくるんだけど、この「歴史におけるドラァグ」だと、ホメロスの中にもアキレスという戦士が、戦う時に女装したりとか。あと両性具有とか、ディオニソスとかも。カラヴァッジョが描いたバッカスとか、まさに本当に女の人のような男みたいな形で描いていて。
だから、もう昔から、両性具有とかトランス的なものはあったんだよという中で、特にシェイクスピアの演劇とか、歌舞伎とか、オペラって、だいたい同じ時期に出てきているんですよね。シェイクスピアの演劇って、もともとは女優がいなくて、みんな男性が女の人の役も演じていた。シェイクスピアは、男性が女性を演じるということを前提にして、性別が曖昧な状態というものを生かした劇にしていたんじゃないかと言われていて。
だから、それをもし女性の役を女性が演じちゃうと、その感じがわからなくなったりする。歌舞伎の女形とかは、いまだにそうだし。オペラのカストラートとか、それもやっぱりトランス状態が起きているでしょう。あの辺のルネサンスとかバロックぐらいの時に、世界中でたぶん相当、抑圧されたものが一気に噴出している。今も抑圧されている状態ではあるけどね。
何なんだろうね、その衝動って。全世界的に巻き起こるのは何なんだろうな。あの時代は、世界史的にもやっぱり面白いなというのは、この歴史的に見るとすごくありますね。
●あらためて考える「ピンチはチャンスよ」の深〜い意味
小倉:
でも、これを見ると、日本でやっぱり歌舞伎って女形が本当に美しくて、私も一時期、歌舞伎にはまったことがあったけれども、日本特有のものだと思っていたんです。でも、これを見ると、男性が女装する的なものっていうのは、結構。
QUIM:
ありとあらゆる文化であるっていうのも不思議だよね。意外と普遍的なんだよね。あと、ちょっと僕が決めつけちゃっていたのは、ドラァグってやっぱりゲイのカルチャーなのかなと思っていたんですけど、基本はゲイカルチャーではあるんだけど、女性があえて女性性を強調したものとして表すこともドラァグだし、別に性別は関係ないんだよね。
コメディドラァグというのは、それを笑いにしていくんだけど、ゲイとかではなく、ヘテロセクシャルの男性、異性愛者も多いとか。実際のジェンダーがどうこうというのは、そこまで重要じゃなくて、ドラァグによって何をするかという、そこが。
小倉:
そうだよね。
QUIM:
そうなのよ。ブッチドラァグというのは、女性が男性に変装したという歴史を持っているんだよ。
小倉:
逆なんだ。なんか、世界で7、8%、常にそういうトランスジェンダー的な人とか、SOGIでちょっとマイノリティと言われる人たちがいる。そんなにマイノリティでもないというか、7、8%もいるってことだよね。
文化的にも、ドラァグクイーンみたいな人たちがやっぱりそのぐらいいる。そこには、もう本能的なものがあるのかもしれない。
QUIM:
あるんだよね。松岡さんの話で言うと、そういうものを抑圧していったのは、普遍的な社会であって。未だに通じるけど、すべてのものを所有して交換できるようにして、女性さえ交換できるようなものにしていった。そこから、男性か女性かというところからはみ出るものは、どんどん抑圧していく。両性具有的なものも排除していく、ということが起きたんだという話はしていましたよね。
でも、こういう歴史を含みで、もう一度改めてドリアンさんのこの舞台を考えてみると、常に笑いを起こそうとしていくとともに、なんか涙ぐましいものがあるじゃん。
小倉:
そう。私、ちょっと感動しているってなったもん。
QUIM:
舞台の『DURIAN DURIAN』で「ピンチはチャンスよ」ってセリフをドリアンさんがよく言うんだけど、たぶん、ドラァグクイーンとか、こういう境界にいる人、トランスの人とかっていうのは、常にピンチなわけだと思うんだよね。社会的には、生きていくためにも。だから「ピンチはチャンスよ」というのは、やっぱりそういうところから出てきた言葉なのかなと思うと。
小倉:
なるほどなって、そうだよね。
QUIM:
そんなドリアンさんが今度出る情報があるので、ちょっと調べました。
Tokyo Pride 2026というのがあって、代々木公園である、アジア最大級のLGBTQ+イベントです。6月6日と7日にやるんですけど、6月6日のメインMCは青山テルマさんで、そこにドリアンさんが登壇するという。たぶん無料で見られるので、これも調べてみていただければと思います。ということで、なかなかディープなお話になりました。
小倉:
本当でしたね。
QUIM:
ちょっと長くなりましたが、こんなところで。
小倉:
またごきげんよう。
▼バックナンバー
●#001 MEditラジオ、始まります! 「人生いりょいりょ」とは? 55歳で医学部入学!?
●#002【ゆるメディ】月刊「たくさんのふしぎ」がすごい! 春をよろこぶ、みんなで踊ろう!
●#003【ゆるメディ】ずっと気になる人・伊藤亜紗さん 『体の居場所をつくる』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
●#004【人生いりょいりょ】おしゃべり病理医・小倉加奈子① AI時代に生き残る医師とは?
▼タグ
#ドリアンロロブリジーダ
#ドラァグクイーン
#ピンチはチャンスよ
#松岡正剛
#LBGTQ
#SOGI
#性の境界
#ソンタグ
#スーザンソンタグ
#TPR
#千夜千冊エディション
#ドリアンドリアン
#ロロブリジーダ
#ドラァグ
投稿者プロフィール

-
メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。
最新の投稿
- 2026.05.04てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#005 ピンチはチャンスよ! ドリアン・ロロブリジーダさんとドラァグクイーンの秘密【ゆるメディ】
- 2026.04.27てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#004【人生いりょいりょ】おしゃべり病理医・小倉加奈子① AI時代に生き残る医師とは?
- 2026.04.20てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#003【ゆるメディ】ずっと気になる人・伊藤亜紗さん 『体の居場所をつくる』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
- 2026.04.13てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#002【ゆるメディ】月刊「たくさんのふしぎ」がすごい! 春をよろこぶ、みんなで踊ろう!