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COLUMN
2026.08.31
2026.08.31
#022 漫画『テノゲカ』の作りかた 監修者の市原理司さんに創作秘話をインタビュー【人生いりょいりょ】
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MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第22回放送は、医療に関わるさまざまな人の人生に迫る「人生いりょいりょ」をお届けします。

今回もゲストは、順天堂大学医学部附属浦安病院で手外科センター長を務める、手外科医の市原理司さん。おしゃべり病理医・小倉加奈子とは、順天堂大学医学部時代の同級生です。

前回は、父親の事故をきっかけに取り組んだ再生医療研究、マイクロサージャリーとの出会い、フランス・ストラスブール大学への留学など、市原さんの「人生いりょいりょ」なキャリアをたっぷりと伺いました。

第2回となる今回は、市原さんが医療監修を務めた漫画『テノゲカ』を大特集!

『テノゲカ』は、手を専門に治療する「手外科医」を主人公にした医療漫画です。主人公は、フランス生まれの天才手外科医・手塚一心。そして物語の舞台となるのが「王嵐堂大学病院」です。

この「王嵐堂」、実は順天堂がモデル!

市原さんが勤務する順天堂大学医学部附属浦安病院をはじめ、実際の医療現場や市原さん自身の経験が、名前や設定を変えながら作品の随所に入り込んでいます。

では、現実の医療はどのように「漫画」へと変換されていくのでしょうか。

手術シーンはもちろん、医師の立ち位置や器具の使い方、神経を開いたときにどう見えるのか――。漫画家から市原さんのもとには、専門家でなければ答えられない細かな質問が次々と届きます。

一方で、市原さんの実体験やフランス留学で目にした医療現場が、思わぬかたちで作品に取り込まれることも。主人公・手塚一心の人物造形から、医師、看護師、麻酔科医らがつくる手術室のリアリティまで、医療漫画の「フィクション」と「リアル」の境界に迫ります。

おしゃべりの内容は、

・手外科医の市原理司さんが監修した漫画『テノゲカ』の紹介
・「何それ?」「手外科って聞いたことがない」から始まった企画
・50以上の症例をもとに「物語の種」を育てる
・王嵐堂は、実は順天堂です(笑)――一番驚いたのは「顕微鏡手術」の場面
・手術シーンが連発するのに、漫画家さんは大の「血嫌い」だった!?

などなど。

漫画家が物語をつくり、医師が医学的なリアリティを支える――と単純に役割分担できないのが、『テノゲカ』づくりの面白いところ。

現実の医療をそのまま描くだけでは漫画にならない。しかし、フィクションだからといって、医療として嘘になってはいけない。その間を行き来しながら、一つの医療漫画ができあがっていきます。

医療漫画は、どうやってつくられる?
医療監修者って、実際には何をしている?
そして、順天堂のリアルな医療現場は、どんなふうに漫画『テノゲカ』へと「編集」された?

『テノゲカ』を読んだ方はもちろん、漫画づくりや医療監修の舞台裏が気になる方、そして「手外科って何?」という方にも、ぜひ聴いてほしい回です。

それでは、ごゆるりとお楽しみください。

▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6

▼チャプター
・手外科医の市原理司さんが監修した漫画『テノゲカ』の紹介
・「何それ?」「手外科って聞いたことがない」から始まった企画
・50以上の症例をもとに「物語の種」を育てる
・王嵐堂は、実は順天堂です(笑)――一番驚いたのは「顕微鏡手術」の場面
・手術シーンが連発するのに、漫画家さんは大の「血嫌い」だった!?
・フランスの超過酷な選抜システム「PACES」
・鬼のようなボスから「XXXX」と100回以上は言われた
・戦地医療と「1パーセントのリアル」――もしも手術中に大地震がきたら?
「震える手」ではマイクロサージェリー手術はできないの?
・麻酔科医の存在感――手術室の中の緊張感とチームワークを描く
・原作者はお兄さんだった!!!?――「このチームプレーはすごすぎる」の正体

▼全文公開

●手外科医の市原理司さんが監修した漫画『テノゲカ』の紹介

QUIM:
今回も前回に引き続き、「人生いりょいりょ」市原理司さんの回をお届けしたいと思います。前回は、市原さんのキャリアについて、小倉さんが気になるところを根掘り葉掘り聞きました。

小倉:
そう、根掘り葉掘り。もっと聞きたかったけど、あまりにも時間を超過しそうだったので、この回でまた聞こうと思って、いったん切り上げました。

QUIM:
今回は、市原さんが監修なさっている『テノゲカ』(小学館)という、素晴らしい漫画を取り上げます。

小倉:
すっごい楽しいよね。1巻目は、自慢なんですけど、ふとしくん(市原さんのニックネーム)からいただきました。原作の詩石灯さん、漫画家の新井隆広さん、監修の市原理司先生のサイン入りなんですよ。イェーイ。

QUIM
うらやましい。では、基本情報から。『テノゲカ』は、20235月から20255月まで『週刊少年サンデー』で連載された、手外科医を主人公とする医療漫画です。単行本は全10巻。10巻ってちょうどいいですよね。

小倉:
ちょうどいい。でも、私はもっと読みたくて、「終わっちゃったんだ」と思いました。私も一気読みしたというか、最後の方は、発売されたらすぐに買って、発売日に読み終わるようなことをしていました。

QUIM
最近は巻数の多い漫画も多いじゃないですか。でも、10巻ならバーッと読める。

少しストーリーをお話しすると、手外科医の手塚一心という主人公が、切断された腕の再接着や神経損傷の治療に取り組みながら、患者の人生と医療チームを描いていく作品です。専門性の高い手外科を正面から扱い、症例や手術のリアルな描写が、読者や医療関係者から注目されました。

読んでいて、「こういうことなんだろうな」と思えるほど、リアルに描かれている感じがすごくあって。細かいところまで、じっくり読みたくなりますね。

小倉:
本当にそうだと思います。みんなに読んでいただきたいです。

●「何それ?」「手外科って聞いたことがない」から始まった企画

QUIM
そもそも、この漫画の企画は、どのように立ち上がったんですか?

市原:
最初は、出版社の方から「医療系の漫画を描きたいんだけど、何か面白い題材はある?」と聞かれたんです。そこで、「手外科ってどうですか?」と話しました。

すると、「何それ?」「手外科って聞いたことがない」と言われて、「手外科というのはですね」というところから始まりました。

そこから半年間かけて、手外科がいかに素晴らしいものか、いろいろな技術があることや、その裏側にさまざまなストーリーが隠れていることを説明しました。一番アピールしたのは、意外性のあるけがや病気が、実はたくさんあるのが手外科なんだ、ということです。

そうしたら、「面白そうだね。漫画家さんと原作者さんをつけるから、その方たちと一緒に始めてみてください」と言われました。それが、ちょうど2022年ごろです。

小倉:
連載が始まる1年前ぐらいですね。

市原:
そこから取材や打ち合わせが始まって、実際に連載が始まったのが20235月です。

小倉:
連載は、どんな順序で進んだんですか? 原作者の先生がストーリーを書いて、それを漫画家の方が受け取るという流れですか?

QUIM
漫画を描く方も原作者の方も、医学の専門家ではないじゃないですか。それでも、「たぶんこれが実際なんだろうな」と思えるくらい、しっかり理解して描かれている。どういう形で進めたんでしょう?

小倉:
めちゃくちゃチーム力を感じる本なんですよ。

●50以上の症例をもとに「物語の種」を育てる

市原:
一番最初にやったのは、原作者さんがどのようなストーリー展開で連載していくか、そのサポートになるために、今覚えている限りでは、50個から60個くらいのネタを出したことです。

その症例がどういう疾患で、どのように治療をして、実はどんな意外性があるのか。そうしたストーリー性のある疾患を、僕の知り得る限りで50個以上、原作者さんに提供したんです。

QUIM
すごい。それが、先ほど言っていた「手外科は面白い」という部分なんですね。

市原:
その中から、原作者さんが「これは何か使えそうだな」というものをピックアップして、最終的に漫画という形に落とし込んでいく。そこに漫画家さんがいて、細かい絵を描いていきます。

●王嵐堂は、実は順天堂です(笑)ーー一番驚いたのは「顕微鏡手術」の場面

読んでいただいたから分かると思うんですけど、舞台は、私が今所属している順天堂大学医学部附属浦安病院なんです。

QUIM
王嵐堂。

市原:
王嵐堂は、実は順天堂です。

小倉:
王嵐堂って出てきたところで、ちょっと笑いました。

市原:
「ほとんどそのままじゃん」ってね。実際に、漫画家さんと編集者さん、原作者さんにも浦安病院へ来ていただきました。

漫画家さんは、すごく細かく、きれいに描写する画力を持っていらっしゃる方なんです。『名探偵コナン』のスピンオフも描いている方なので、すごく見やすい絵を描かれます。その裏付けになるように、漫画家さんがGoProを肩につけて、病院の中をずっと歩き、たくさんの動画を撮りました。

例えば、ここにマイクがあります。僕らなら、こちら側から見ただけでも、なんとなく全体をイメージできるじゃないですか。でも、漫画家さんはディテールを細かく描くために、何方向からも、しかも僕らが絶対に見ないであろう方向からも見るんです。立体的に描くための情報をたくさん収集してから、絵を描くらしいんですね。

一番驚いたのは、顕微鏡手術の場面です。そこに出てくる顕微鏡は、僕が手術室で使っている顕微鏡なんですけど、非常にディテールが細かく描かれている。「こんなに細かく描けるんだ」というくらい、すごい画力だと思いました。

QUIM
この話を聞くと、もう一回読み返したくなりました。これ、贅沢すぎない?

小倉:
贅沢すぎるよ。

●手術シーンが連発するのに、漫画家さんは大の「血嫌い」だった!?

QUIM
監修というと、最初のアイデア出しから、どこまで関わるんですか? 漫画が上がってきて、「これはちょっと違う」と修正することも含めて、どんなやり取りがあるんでしょう?

市原:
まず、原作者さんが書いた文章を直します。その中で、「この表現はおそらく使わないだろう」とか、「この表現はちょっとふさわしくない」といったものや、我々でいうところのNGワードを直していきます。原作者さんが理解した内容と、僕が与えた情報に齟齬がある場合は、そこを大きく修正します。

その後、原作をもとに漫画家さんが、いわゆるネームというか、ラフ案を作ります。まだ完成した絵ではなくて、「ここに何となく人がいます」「ここに顕微鏡があります」というラフな絵の中に、セリフを吹き出しのように入れていく。その配置を考える中で、今度は漫画家さんから疑問点が出てくるんです。

そこで、僕が実際に行っている手術の写真や動画を見せて、「こういうイメージでやっています」と伝えながら進めていきました。実は、漫画家さんが大の血嫌いなんですよ。

小倉:
うわー。具合が悪くなっちゃう。そうなんですか。

市原:
僕が送った手術の写真や動画を見るときは、必ずソファーに寝て、休みながら眺めていたそうです。

QUIM
すごく血が苦手な漫画家さんなのに。これはすごいよね。

小倉:
整形外科の手術の絵は、私もちょっと痛そうと思ってしまいました。私も病理解剖をしているのに。

QUIM
これ、漫画でよかったなと思ったんです。ドラマになったらすごく人気も出るような内容だと思うけど、さすがに手術をそのままは出せない。漫画でモノクロだから、細かく見られる。結構グロテスクだけど、漫画に本当に適した内容だと思いました。

小倉:
漫画家さんが、まさか血が駄目だったというのは、すごいエピソードだよね。

それから、吹き出しとは別に説明が入ることがありますよね。全部にルビが振ってあるから、きちんと読める。注釈には「尺骨神経」と書いていて、そういう本格的なところも好きです。

一般の人を馬鹿にしない感じがします。本当のこと、難しいことを分かりやすく見せるのは、大事な気がして。「一般の方には分からないだろう」と単に「神経」と書くのと、「尺骨神経」と書くのでは全然違う。この本の誠実さをすごく感じるし、それだけ臨場感も増します。

QUIM
「分からないだろう」と省かない。そこまで細かく監修をなさっている。このチームはすごいなと、読んだ人はみんな思うんじゃないでしょうか。

小倉:
3
人で集まることもあったんですか?

市原:
集まることは本当に少なかったです。例えば、順天堂浦安を舞台にした病院編から戦場編へ移るとき、戦場編からフランス編へ移るときといった大きな転機には、1回集まって、次にどういう情報が必要か打ち合わせをしました。

でも、この2年間で実際に集まったのは、たぶん3回ぐらいです。基本的にはメールやLINEで、質問を受けたり、情報を伝えたりしていました。

QUIM
そのやり取りができることがいいですよね。漫画家と医師では全然違う仕事だし、話がうまくかみ合うかどうかで変わってくるだろうし。物語として普通に面白くて、手術やけが、医療のことはめちゃくちゃ細かく描いてある。それがいいんですよね。本格的だけど、分かりづらいわけでもない。

後半になると、主人公・一心の学生時代も出てきます。最初から学生時代を描くのではなく、ここまで読んできて、「こういうストーリーがあったのか」と分かる。物語に、またドライブがかかるような出し方もいいですよね。

●フランスの超過酷な選抜システム「PACES」

市原:
フランス取材では、フランスの医学教育や手術、実際の現地の様子を取材しました。僕はフランスに2年間留学していたので、医療現場のことはある程度は理解できていたんですが、医学教育の「PACES」(1年生共通医療課程:Première Année Commune aux Études de Santé ※2020年に廃止され、新しい選抜システムに移行)についてはあまり理解できていなかったんです。

作中にも、医学生が1年生から2年生になるところで大きく人数が減る場面があります。そこを題材にしたフランス語の映画『プルミエ・アネ(Première Année)』があるんですよ。

でも、フランス語なので、現地のペースで話されると、僕にも内容が全く理解できない。僕は一生懸命読み取り、原作者と漫画家に伝えたんですが、それでもよく分からないという話になって、「じゃあ行ってみよう」と。

現地で、実際にPACESを経験した留学時代の同僚に、仕事のランチタイムを抜けて来ていただきました。そこで2時間半くらい、漫画家さんと原作者さんが理解できなかったところを細かく質問して、一つ一つ納得していただく作業をしたんです。

小倉:
PACESは、めちゃくちゃきつそうな試験だよね。

市原:
そうですね。10分の1に減りますからね。日本は恵まれているということを、僕も今回学びました。

小倉:
日本では、PACESのことはあまり知られていないんですか?

QUIM:
あまり知られていないと思います。それだけでも、物語になるような内容ですよね。日本とは制度自体がだいぶ違います。

小倉:
今は覚えなければいけない医学知識もすごく増えているから、日本の医学生が楽そうだとは思わないんです。でも、友達と競争しなければいけないのは厳しいよね。

QUIM:
順位で決まってしまうから。作中でも、本当に競り合ったり、友達と一緒になれなかったりする様子が描かれています。

小倉:
日本の医師国家試験は、上位何パーセントだけが受かるというものではないから、みんなで受かろうという感じで、比較的なごやかに勉強します。でも、PACESでは、誰かが受かったら自分が落ちるかもしれない。有益な情報が来たときに、人には教えないといったことも起きますよね。

市原:
直前の国試対策をみんなでやるというようなことは、たぶんないですよね。

●鬼のようなボスから「XXXX」と100回以上は言われた

QUIM
フランスの手術の話では、手術が終わったときのレビューのような場面がありますよね。「お前は何分でやった?」「25分です」「いや、15分だろう」と怒られる。あの辺も、よくあるんですか?

市原:
あれは本当にリアルです。僕が向こうにいて一番驚いたのが、朝のカンファレンスでした。

この教授は、僕らの前では本当にジェントルなんですよ。インターナショナルな場では、ものすごく優しくて、知識も技術もある素晴らしい先生です。ところが、朝のカンファレンスにいる彼は、本当に白髪の鬼のようなボスで。「Kill you(殺すぞ)」みたいな言葉を、僕も100回以上言われました。

僕は基本的に、教授の手術をサポートする第一助手として、1500例以上の教授の手術に入っていました。少しでも物の置き方や、傷を開ける筋鉤の引き方が違うと、そのたびに同じ言葉が繰り返されて。漫画の中で1回言われているどころではなく、実際には数百回です。

QUIM
漫画でも出てきますよね。「なんでお前、それやってんだ」って怒られる。

市原:
それにまつわる面白いエピソードが、前回、僕が日本に持ち帰ったとお話しした、15ミリの切開で手首の骨折を手術する方法です。レジデントやスタッフも、それを忠実にやります。

だけど、骨折した骨がバラバラになっているものもあって、なかなか15ミリではできないことも多々ある。15ミリで始めたけれど、手術が終わると25ミリや30ミリになっていることもあります。

その場合、彼らはなんとか15ミリにしようと思って、「連続縫合」といって糸を順番にかけていく。普通は結んで糸を切りますが、連続して縫うと、最後にギュッと引っ張ったとき、傷がシュッと寄るんです。もともと30ミリくらいあったものがシュッと寄って、「15ミリになったね」と翌日に写真を出す。みんな手を尽くして、その場を逃れようとします。

小倉:
患者さんにとっては、いい迷惑で。

市原:
そうそう。ちょっと引きつれたりして。

QUIM
でも、時間や基準に厳格なんですね。

市原:
自分たちの強いルールを持っていて、そこにのっとっています。

小倉:
外科の先生っぽいかもしれない。外科の先生は、ダイナミックなように見えて、ものすごく繊細だったり、神経質だったりすることがありますよね。だから、なるほどと思いました。

●戦地医療と「1パーセントのリアル」ーーもしも手術中に大地震がきたら?

QUIM
漫画では戦地医療の話もありますよね。市原さんも、実際に行かれたんですか?

市原:
僕は行っていません。向こうのレジデント(研修医)の先生たちが行くんです。日本ではなかなか受け入れ難く、おそらくこのシステムは成り立たないと思いますが、彼らは旧フランス領だった北アフリカなど、第三国と呼ばれる地域へ行きます。その中には、紛争地域と呼ばれる場所もあります。

夏休みの間などに、上のスタッフの先生と一緒に現地へ行き、手術を経験しながら技術を磨くトレーニングがあるんです。戦地ですから、当然、医療資源も人も足りない。彼らが即戦力になって、そこでいろいろな手術を経験する。

僕がすごく感じたのは、夏を境にレジデント(研修医)のレベルが上がることです。そこでたくさん経験するので、帰ってきた彼らはいろいろなことを知っている。夏前は僕が教えていたのに、帰ってきた彼らから教わることもありました。

小倉:
荒療治というんですかね。すごいな。

QUIM
漫画の中でも、戦地医療の経験が手塚一心があれだけできることの背景になっていますよね。爆撃が来ていても手術を続けるシーンもすごかったです。でも、地震は日本でもよくあるじゃないですか。あれだけ細かい作業をしていて、実際にはどうなるんだろうと思ったんです。

市原:
地震があったら、基本的には手を止めます。手術を続けるリスクの方が大きいので、「手を止めてください」という話になります。ただ、戦地では、あれが普通だったんです。

漫画の裏側にある話を一つすると、漫画に書いていい内容の中で、100パーセント嘘のことは書いてはいけない。でも、「1パーセントのリアル」があれば、それは書いていいことに含まれるんです。

浦安病院に地震が来たら、僕らはマイクロ手術を続けず、手を止めます。作中で手術を続けていたのは、実際に戦地で爆撃の中、手術をしている事実があるので、それが「1パーセントのリアル」になるんじゃないかと。

手の専門の先生たちから、「あれはちょっとないんじゃない?」と言われることもあるんです。でも、「先生、それは1パーセントのリアルがあれば、漫画には描いていいんですよ」と言って、納得してもらいました。

小倉:
エンターテインメントの要素も、必要ですからね。

●「震える手」ではマイクロサージェリー手術はできないの?

小倉:
私、ちょっと聞きたいんですけど、緊張すると手が震えたりするじゃないですか。それは克服されるものなんですか?

市原:
どうしても手は震えます。細かい作業をするときは、なおさらです。

小倉:
ふとしくんも震えるものなの?

市原:
僕も、本当に小さな血管を縫うときは震えます。克服することはなかなか難しくて、震える人はどうしても震えてしまうんです。これまでの医療では、そういう人たちは顕微鏡手術を諦めるという背景がありました。

昔の先生に聞くと、「俺はマイクロ手術をすると手が震えちゃうから、マイクロをやめたんだよ」とおっしゃる先生がいました。それを聞いて、「だったらロボットでやれば、ロボットは手が震えない」と考えたんです。

ロボットを開発すれば、これまでマイクロ手術ができなかった人たちも、手術ができるようになるかもしれない。実はロボット手術には、そういう発想がありました。

小倉:
そこにオリジンがあるんですね。ふとしくんは、機械の開発もお手伝いしていますよね?

市原:
結構しています。その背景にも、フランスへ留学させていただいた経験があります。

フランスでは、僕らの朝からの手術が終わる午後2時以降に、企業の方々が教授室の前に並ぶんです。「こういうものを開発しました」と、いろいろな企業が持ってくる。すごくニッチな企業がたくさんあって、大企業ばかりではありません。フランスは、ものづくりの文化が非常に盛んなんです。

その影響を受けて、日本に帰ったらものづくりを手伝いたいと思い、医療系の企業といろいろなものを作るようになりました。

小倉:
そこがバックグラウンドなんですね。日本人は、すごく手が器用そうですよね。

市原:
日本の先生は、特に器用です。実際に、顕微鏡手術が本当に上手な先生や、ロボットを操るのが非常に上手な先生は、ほとんどアジアの先生たちです。

アメリカやヨーロッパで、機械を使った手術やマイクロ手術をメインで行っているのも、韓国や台湾の先生だったりします。向こうで活躍している先生が多いんですよ。

QUIM
漫画に遠隔手術のシーンがあったじゃないですか。日本から、フランスにいる一心が手術するという。あれは本当なんですか?

市原:
実際に、ニューヨークとストラスブールで行われたことがあります。日本でも、北海道と北九州の間で実際に行われたことがあります。

小倉:
ふとしくんは、やったことがあるの?

市原:
僕はないです。

小倉:
タイムラグはどうなの?

市原:
0.03
秒くらいかな。

小倉:
マイクロサージャリーの場合は、そのタイムラグを感じるんですよね。いつもどおりにいかないような感覚になるのかな。

QUIM
ちょっとした違和感につながる。一心も、「今、この感覚が分かった。慣れないと」と言うんです。そういうところの描写もリアルな感じがするんですよ。

市原:
その情報も、僕が一緒に開発している日本発の企業からいただきました。現在、実際に臨床で使われているロボットを開発している企業へ、漫画家さん、原作者さんと一緒に取材に行ったことがあるんです。

「どれくらいのタイムラグなんですか」「例えば、何千キロならどれくらいですか」と聞くと、「だいたいこれくらいです」「これはどこどこの通信会社と一緒にやっています」といった話まで、全部聞くことができました。

QUIM
遠隔手術は、作品の中でも非現実感が大きいところじゃないですか。でも、リアルな感じもある。それこそ「1パーセントのリアル」がどのくらいあるのかなと思っていました。今日の話を聞いて、もう一回、10巻全部を読み直したいですね。

●麻酔科医の存在感ーー手術室の中の緊張感とチームワークを描く

QUIM
もう一つ気になったのが、人間関係です。漫画では、麻酔科医や看護師のキャラクターも出てきて、外科医が必ずしも偉いわけではない。あの辺も結構リアルなんですか?

市原:
めちゃくちゃリアルですね。特に手術室では、緊急手術を麻酔科の先生や手術室の看護師さんに持っていくときに、整形外科との小競り合いがあります。そういうことも、漫画に書いてあるじゃないですか。

手術室が成り立っているのは、7割から8割、周りの方々が頑張ってくれているからです。麻酔科の先生たちが麻酔をかけてくれて、僕らはそこに、そっと症例を持っていくだけなんです。

QUIM
そこは、やっぱり意外でした。

小倉:
外科医はみんな、麻酔科の先生を恐れている気がします。麻酔科の先生はずっと見ているからね。術野も見ているし、もちろん患者さんの今の状態も見ている。手術室の主のように、ずっといるんです。

私は病理医なので、迅速診断の報告に行くことがあります。例えば、「すみません、断端陽性です。断端にがんがあります」と報告すると、麻酔科の先生がものすごくアイコンタクトしてくる。「もう、うんざりだよね、俺たち」みたいな。外科医の先生を挟んで、向こう側の麻酔科の先生と、こちらの病理医で目配せするような感じです。

QUIM
漫画でも、麻酔科医が止めに入って、「お前、出ていけ」というような場面があります。そこまでやるんですか?

市原:
そこまではさすがにね。ただ、それは手外科の世界ではなくて。手外科では、もちろん大きな血管が切れていれば別ですが、命に関わることはそこまで多くありません。

例えば、首や腰の手術では大量に出血することがあります。何リットルも輸血しなければいけないことがあって、そういう大きな危険と隣り合わせになった瞬間は、麻酔科が強いと思います。

手術の一部がうまくいった、いかなかったという話ではなく、患者さんがお亡くなりになってしまったら同じです。そのときは、麻酔科医が止めに入ります。

QUIM
患者さんのことを考えたら、そうですよね。漫画だけど、本当にそうなんですね。すごい話を聞きました。

●原作者はお兄さんだった!!!?――「このチームプレーはすごすぎる」の正体

QUIM
では、原作者の話をしましょう。市原さんのお兄さんが、小学館の編集者で、『週刊少年サンデー』の編集長を務めた方だということは聞いていました。

漫画を読んでいて、このチームプレーはすごすぎる、お兄さんが関わっているからなのかなと思っていたんです。資料を用意するために調べたら、「詩石灯さんがお兄さんなんじゃないか」と。でも、これは秘密なのかなと思って。

市原:
あまり公にはしていませんでした。

QUIM
執筆・連載中は、そこを伏せていたということですよね。

市原:
ただ去年、横浜の国際会議場で手の専門の学会をしたとき、初めて原作者さんと漫画家さんに手外科学会へ登壇していただきました。その後、私の同僚を含め、多くの先生たちに「そっくりだね」と言われたので、外から見ると非常に似ているんだと思います。

私は身長182センチで、体重が100キロ近くあるんですけど、兄はそれを上回る大きさと重さを誇っています。よりワイドな感じの僕がいるような感じです。

QUIM
それでみなさん気がついた(笑)。面白い。兄弟で作るというのは、どうですか。もともと仲はいいんですか?

市原:
結構いいんですよ。2つ違いなんですけど、ほとんど1歳差ぐらいの感じです。僕が5月生まれで、兄が2月生まれなので。

でも実は、兄からよく「お前は絶対、外科医には向かない」と言われていました。幼少期、兄は細かいプラモデルを作るのが非常に得意だったんですが、僕はプラモデルを一切作れなくて。「絶対に外科医には向かない」「外科の中でも、細かい顕微鏡手術ができるわけがない」と言われ続けていました。

それが、なぜか顕微鏡手術をする人間になっている。だから、生まれ持ったものではないのかなと、自分の中ではそう解釈して、納得しています。

小倉:
面白いなあ。人生だなあ。人生いりょいりょ。

QUIM
市原先生の人生が、作品にかなり入っているじゃないですか。

市原:
半分くらい伝記漫画みたいなものですね。自分が経験したことが漫画になっているのは、すごくうれしいです。

周りには、自分たちがこういうふうに歩んできたと知っている方たちが何人かいらっしゃいます。そういう方々にも読んでいただけるのは、すごいことだと思います。

小倉:
本当にすごいですね。兄弟で作る漫画なんて、幸せですね。お兄さんにとっても、弟の仕事について深く知るきっかけになって、素敵です。

QUIM
フランス語版はまだ出ていないんですか?

市原:
まだ出ていません。ただ、私の師匠のフィリップ・リベルノ教授がちょうど2週間前に日本にいらっしゃって、フランスの編集者を何人か紹介していただきました。フランスのストーリーなので、フランス語版が出てくれるといいなと思っています。

QUIM
関わった方々も、これを読んだら感動しますね。

市原:
そうですね。フランスの景色も、できるだけたくさん入れたいという思いがありました。

QUIM
ちなみにちょっとマニアックな話になりますが、登場人物の「ひなた」のお姉さんがいるじゃないですか。前半と後半で、顔がずいぶん変わったなと思ったんです。過去回を見ると、すごく美形のお姉さんで。「お姉さん、大きくなったな。何があったんだろう」と思ったんですけど。

市原:
これは皆さんに聞かれるんですけど、実はここも、おそらく何かしら伏線があったんです。ただ、そこにたどり着く前に終えてしまいました。続編が出たら、その理由が明らかになって、伏線が回収されるかもしれません。

QUIM
仕事のやり取りになると、兄弟でも「先生」という感じになるんですか? それとも、普通の兄弟のようなコミュニケーションのままですか?

市原:
完全に、兄が上から来ます。僕を先生と呼ぶことは全くないです(笑)。

漫画家さんは、もちろんすごく立ててくださいます。僕も漫画家さんのことを「先生」と呼びますし、漫画家さんも僕を「先生」と呼んでくださいます。

でも、兄からは呼び捨てで、「理司、これは違うだろう」と言われる。こっちも負けていないので、「そんなことは普通言わないから、おかしいから」「そんな書き方はしないから」と返します。普通の兄弟の会話、やり取りですね。

小倉:
LINE
でも、そういう兄弟らしいやり取りが繰り広げられるんですね。

QUIM
制作の現場がそういう感じで風通しがいいから、漫画自体にもそれが反映されているんでしょうね。映画化されたり、ドラマやアニメになったりしたら、どうなるんだろう。

小倉:
そうなると、もっと監修が大変なのかもしれないけど、面白そうですね。

QUIM
漫画は終わりましたが、一心の人生はまだ続いています。一心のモデル(?)である市原先生も、もちろん今もドクターとしてやっていらっしゃるので、そのあたりの話は次の回でお伺いします。

時間になりました。まだまだ聞きたいことがありますが、ここで締めさせていただきます。ありがとうございました。

小倉:
ありがとうございました。

市原:
ありがとうございました。

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