てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ
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COLUMN
2026.08.03
2026.08.03
#018 超人気ポッドキャスト番組「ほんのれんラジオ」に出演 勝手にアフタートーク
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MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第18回放送は、「ゆるっとMEdit」、通称「ゆるメディ」をお届けします。

今回は、QUIMが超人気ポッドキャスト番組「ほんのれんラジオ」に出演したことを受けて、その舞台裏と、番組では語りきれなかったことを「勝手に」アフタートークします。

「ほんのれんラジオ」で取り上げられたテーマは、「私たちのアジア?」でしたが、話題は収録時の人数の多さやイヤホンの有無、しゃべくり上手な寺平くんに戸惑った話から始まり、平野啓一郎の『ある男』、分人主義、父の死、『半分姉弟』、リチャード・ローティ、在日コリアンにとっての「戦後」へと、次々に広がっていきます。

おしゃべりの内容は、

・ポッドキャスト番組「ほんのれんラジオ」にQUIMが出演
・4人で話すこと、しゃべくり寺平くん、イヤホン
・『ある男』を読んだ時「ここに自分がいる」と思った
・「このマンガがすごい!」のオンナ編で第1位『半分姉弟』を読む
・「あなたには分からない」で会話を止めないで byリチャード・ローティ
などなど。

自分とは違う立場にいる人のことを、どこまで理解できるのか。知らずに済んできたことと、どう向き合えばいいのか。そして、「あなたには分からない」で会話を止めずに、どうすれば話し続けることができるのか。

『ある男』や『半分姉弟』を手がかりに、ルーツ、家族、差別、特権、分人主義、そして本を読むことで「ここに自分がいる」と感じる瞬間について語ります。

最後はもちろん、「ほんのれんラジオ」に便乗してリスナーを連れてこようという、卑しくも愛すべきコバンザメ企画として着地します(笑)。「ほんのれんラジオ」のQUIM出演回とあわせて、ぜひお聴きください。

それでは、ごゆるりとお楽しみください。

▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs

▼チャプター
・ポッドキャスト番組「ほんのれんラジオ」にQUIMが出演
・テーマは「私たちのアジア?」
・4人で話すこと、しゃべくり寺平くん、イヤホン
・平野啓一郎の分人主義と父の死
・『ある男』を読んだ時「ここに自分がいる」と思った
・「このマンガがすごい!」のオンナ編で第1位『半分姉弟』を読む
・「あなたには分からない」で会話を止めないで byリチャード・ローティ
・在日コリアンにとっての「戦後」とは?
・「ほんのれん」に便乗するコバンザメ企画でした(笑)

▼全文公開

●ポッドキャスト番組「ほんのれんラジオ」にQUIMが出演

QUIM:
順天堂大学STEAM教育研究会、MEdit Labがお届けするPodcast番組「てゆーか医学」、今回も始まります。私、QUIMと。

小倉:
病理の小倉加奈子です。よろしくお願いします。

QUIM:
よろしくお願いいたします。今日も「ゆるっとMEdit」、通称「ゆるメディ」です。今日のテーマは、「ほんのれんラジオ」についてお話ししたいと思います。

小倉:
私たちのお姉さん番組です。私とQUIM君はイシス編集学校で出会ったんですけれども、「ほんのれんラジオ」は、イシス編集学校を運営する編集工学研究所が本にまつわるさまざまな活動を「ほんのれん」と名づけて展開していて、その一環として、本にまつわるいろいろなお話をするPodcast番組です。

QUIM:
超人気番組ですよ。読書部門ではトップテンに入るような番組で、Podcast界では花形の花形です。僕らの番組のリスナーなんて、5、6人じゃないですか(笑)。「ほんのれんラジオ」は、たぶんその千倍ぐらい。それぐらいすごく人気のある番組です。その「ほんのれんラジオ」に、実は僕が出演してまいりました。

小倉:
素敵です。

QUIM:
ニレさんがリーダーなのか。いや、リーダーというものがいるのかは、ちょっと分からないですけど。ニレさんや、うめちゃん、さやさや、あと、おじーが出ています。全員、僕も知っていますし、ニレさんやさやさやは友達で、仕事も一緒にしたことがあり、うめちゃんはMEdit Labのメンバーでもありますよね。

小倉:
だから、本当に姉妹番組ですよね。こちらが妹分ですけれども。勝手に姉妹番組と称していいのかは分かりません。おこがましいかもしれない。私たちは姉妹だと思っているけれど、あちらは思っていないかもしれません。

QUIM:
まあ、いいんですよ。僕らは姉妹番組だと思っています。

●テーマは「私たちのアジア?」

QUIM:
今回、僕が呼ばれたのは「私たちのアジア?」の回でした。僕が「アジア回」に呼ばれるというのは、何となく分かりますか?

小倉:
まあ、そうですよね。

QUIM:
ただ、どんな感じで話したらいいのかは、結構難しかったですね。何かの代表みたいになったら、ちょっと困るというか。僕のルーツは朝鮮半島にありますけど、韓国には多少行ったことがあるというぐらいです。言葉も多少はできますけど、そこまでよく分かっているわけでもありません。

「日本の中に、どんなアジアがあるのか」というテーマでもあったので、本当に一個人の意見としてお話ししました。当然、在日コリアンのみんながみんな、僕と同じように思っているわけではないし、同じように語れるわけでもありません。在日コリアンの代表ではなく、あくまで在日コリアンの一人として出たという感じです。

小倉:
「金さん」はね、ほかにもたくさんいらっしゃいますからね。

QUIM:
そうですね。順天堂大学にも金先生はたくさんいらっしゃいます。僕の友達のお兄さんも、順天堂大学で働いていましたね。

小倉:
練馬病院の整形外科の教授で、同僚の先生も金先生とおっしゃいますから。

QUIM:
そうなんですよ。だから、「QUIMが代表」ということでは全然ないんです。

●4人で話すこと、しゃべくり寺平くん、イヤホン

QUIM:
もう一つ難しかったのが、人数です。

4人だったかな。結局、5人いたのかな。4、5人で話したんですけど、やっぱり多人数で話すのは結構難しいなと思いました。いつも僕らは2人でしゃべっているじゃないですか。

小倉:
そうですね。

QUIM:
2人が一番しゃべりやすいですね。3人ぐらいまでなら大丈夫なんですが。

「ほんのれん」でももちろん、自分の担当回のときは、自分がしゃべっていればいいんですけど、他の人がメインの回のときは、どのタイミングで入ったらいいかが難しいんですよね。

今回は、寺平君も出演していました。寺平君は、お母さんがフィリピン人で、お父さんが日本人。フィリピンを代表して出たというわけではないですけど、フィリピンにルーツを持つ一人として参加していました。

小倉:
寺平君にも会ったことがあります。いつも優しくしていただきました。すごくフレンドリーというか。

QUIM:
めちゃくちゃフレンドリーですよ。屈託がない感じ。

小倉:
人たらしというか、持ち上げ上手というかね。以前、寺平君が編集学校に向かうところを、後ろからついていったことがあるんですよ。

QUIM:
ついていったんですか?(笑)

小倉:
たまたま豪徳寺の駅から歩いていたら、前方に寺平君がいたんです。やっぱり本を読みながら歩いていました。

QUIM:
二宮金次郎みたいじゃないですか。

小倉:
二宮金次郎みたいだと思って。

QUIM:
寺平君は松岡正剛事務所で働いていて、松岡正剛さんも大のお気に入りでした。豪徳寺の本楼には何万冊もの本がありますけど、本の位置もかなり把握しているんですよね。今は松岡さんのブックナビゲーションである『千夜千冊』の「絶筆篇」にも関わっています。

僕の回の前には、さやさやの回がありました。さやさやは両親が中国人なので、中国の話などをしていました。そのあとに寺平君の回があったんです。ところが、打ち合わせの段階から、寺平君が「どうしよう、金さん。どうしよう」みたいな感じで、ちょっと自信がなさそうだったんですよ。

だから、寺平君は大丈夫かなと思って。もちろん、そんなに心配していたわけではないですけど、フォローした方がいいかなと思って、僕もいろいろ本を読んでいきました。

で、当日、僕は収録する部屋とは別の部屋にいたんですけど、寺平君が僕のところに来て「QUIMさん、大丈夫かな」と言うんですよ。「寺平君なら大丈夫でしょ。僕もちゃんとフォローするから」とか言ったりして。ところが、しばらくすると、また来るんですよ(笑)。

小倉:
何回も来たの(笑)。

QUIM:
2、3回来ましたね。「大丈夫かな」って。だんだん僕も、大丈夫なのかなと思い始めたんですけど。でも、寺平君の回が始まったら、めちゃくちゃしゃべるんですよ。

「大丈夫ですか」という話ではなくて、「別に俺、必要ないだろう」というぐらいしゃべっていました。何だったんだろうと思いましたけど、寺平君らしいエピソードだと思います。お話しするのも上手だし、本もたくさん読んでいます。やっぱり松岡さんに鍛えられているんでしょうね。

小倉:
相当、鍛えられていると思います。

QUIM:
あと収録の時、もう一ついつもと違ったのがイヤホンがなかったんですよね。

僕らは今、イヤホンをしながら収録していて、小倉さんの声や自分の声が、マイクを通じて聞こえてきます。それによって、今どういう状況なのか、自分がマイクにどう入っているのかが分かります。「ほんのれんラジオ」の収録では、それがなかったので、ちょっと戸惑いました。心もとない感じがしました。

小倉:
私にとって、イヤホンは儀式みたいなものなんですよ。イヤホンを耳に入れた瞬間に、収録するモードに入るんだと思います。

QUIM:
それはあると思います。ツールの違いに戸惑った。人数が多いことに戸惑った。寺平君に戸惑った。その三つでしたね。

小倉:
松岡さんも、「ブックウェア」とおっしゃっていましたよね。この本を読むときには、このお茶碗でこのお茶を飲むとか、お菓子はこれにするとか、洋服まで着替えるとか。物質そのものというよりも、そのときに使うツールや、しつらえ、装いのようなものが、パフォーマンスにすごく影響すると思います。

とはいえ、ゲストとして出るんだから、大船に乗った気持ちでいていいんじゃないのかな。

QUIM:
そうですね。でも、自分の回は、自分の回でちゃんといろいろ説明しなくてはいけないから、準備しなければならない。寺平君の回はどうなるか分からないから、そちらの準備もしなければならない(笑)。そこはありましたね。

●平野啓一郎の分人主義と父の死

小倉:
それで、QUIM君が紹介した本が、平野啓一郎さんの『ある男』なんですよね。

QUIM:
そうです。

小倉:
どうして『ある男』を選んだんですか? 私も平野啓一郎さんの本は読んだことがあります。『マチネの終わりに』(文春文庫)など、何冊か読んでいますし、分人主義について書かれた本も読みました。

分人主義は「人間は一つの個人ではなく、複数の分人から成り立っている」という考え方ですよね。編集学校的に言えば、「たくさんの私」とも通じます。すごく共感するところがありました。

平野さんのすごいところは、そうした思想をちゃんと文学に落とし込んでくることですよね。『ある男』も、分人的なものがテーマのど真ん中にある小説だと思います。

QUIM:
僕が平野さんにあらためて興味を持ったきっかけは、NHK Eテレの『スイッチインタビュー』です。2024年3月に、pecoさんと平野啓一郎さんが対談していました。

小倉:
面白い組み合わせですね。

QUIM:
ryuchellさんが亡くなったあとだったので、pecoさんのお子さんや父親の話になったんです。

平野さんも、小さいころにお父さんを亡くしています。それで、お父さんが亡くなった年齢に自分が近づいたとき、「自分もその年齢で死ぬのではないか」というオブセッションがあった、という話をしていました。

僕にも、そういうところが少しあるんですよね。僕の父親も42、3歳で亡くなりました。別に、自分もそこで絶対に死ぬと思っているわけではないんですけど、父親の人生がそこで終わっているから、自分にとっても、いったんそこが区切りのように感じられる。その話を聞いたときに、「同じだな」と思って、平野さんに興味を持ちました。

小倉:
お父様が亡くなった年齢を意識して、それを超えたときに、「超えたな」と感じるという話は、いろいろな方がされますよね。特に、お父様が若くして亡くなった方ほど、そういう話をされるように思います。

QUIM:
その番組を見て、平野さんのことをもっと知りたいと思いました。

●『ある男』を読んだ時「ここに自分がいる」と思った

QUIM:
『ある男』を読んだのは、映画にもなっていて、すごく話題になっていたこともあります。僕は後追いですけどね。それから、「城戸」という人物が在日コリアンだということも知っていたので、読んでみようと思いました。

実際に読んでみたら、『ある男』に描かれている在日コリアンの姿に、自分と近いものをすごく感じたんです。

平野さん自身は在日コリアンではありません。当事者ではない人が、在日コリアンを主人公として正面から描くのは、かなり難しいと思うんですよ。当事者からすれば、「なぜ、まったく関係のない人が書くんだ」と感じることもあるかもしれません。平野さんも、相当苦労されたと思います。

僕が知る限り、こういう小説は、あまり多くありません。いわゆる在日コリアン文学はあります。例えば『GO』(角川文庫)や、映画では『パッチギ!』、『血と骨』などがあります。芥川賞作家の李良枝(イ・ヤンジ)のように、在日コリアンの当事者が、自分の問題として書いてきた文学もあります。

でも、当事者ではない作家が、在日コリアンの人物をここまで正面から描いた作品は珍しいと思いました。どういうアプローチで書いたのかにも興味を持ちました。そして、読んでいて「これはすごく分かるな」という感じがあったんですよね。

「城戸さん」は、特に大きなコリアンコミュニティーのない土地で生まれています。僕も栃木で生まれて、日本の学校に通いました。僕の世代でも、朝鮮学校に通っていた在日コリアンの人はもちろんいます。差別されるのではないかと親が心配したり、民族教育を受けさせたいと考えたりして、朝鮮学校を選ぶこともあります。

僕の場合は、日本の学校に通い、日本社会の中で生きてきました。在日コリアンであることは確かにあるけれど、かなり色濃く日本社会の影響を受けています。それでも、自分は日本人ではないという感覚があったり、日本人としては見なされなかったりする。

もちろん、城戸と僕が完全に一致しているわけではありません。城戸は帰化していますし、名前も途中で変えています。それでも、僕ぐらいの、在日コリアン三世と呼ばれる世代の感覚が、すごくうまく描かれていると思いました。

韓国や朝鮮半島に由来する文化を多少は持っているけれど、ほぼ日本人として生きている。それなのに、日本人とは見なされない。その微妙なところが、かなり丁寧に書かれています。

ただ、これも僕がそう感じたというだけです。ほかの在日コリアンの人が読めば、「自分とは違う」と思うかもしれません。例えば『GO』は、民族学校に通っている若者が描かれています。映画では窪塚洋介さんが演じて、すごく格好よく描かれていました。

でも、僕はそこまで感情移入できるわけではありませんでした。『血と骨』も、描かれている世代がまったく違います。在日コリアンが描かれていれば、何にでも共感するわけではないんです。その中で、『ある男』には「これは自分に近い」と思うものがありました。

平野さんも、自分の本の中で、トーマス・マンを読んだときに、「ここに自分がいる」と思った、というようなことを書いています。本を読んでいて、「ここに自分がいる」とか、「これを読みたかった」と感じることってありますよね。前回、紹介した『ハムネット』もそうですけど、こういう本に出会えることは、すごいことだと思います。

●「このマンガがすごい!」のオンナ編で第1位『半分姉弟』を読む

小倉:
私は、QUIM君が「ほんのれんラジオ」のアジア回に呼ばれたと聞いて、韓国にルーツを持つ立場から、何かを話すんだろうなと思いました。それで『ある男』を読み始めたんですけど、私は前情報をまったく読まずに本を読み始めました。

途中から、城戸が韓国にルーツを持つことが分かってきて、「ああ、そうだったんだ。だからQUIM君はこの本を読んでと言ったのね」と思いました。私は、QUIM君に対して「韓国人っぽい」と思ったことが、ただの一度もないんですよ。

QUIM:
そうでしょうね。

小倉:
私にとっては、金という名字も、山本さんや田中さんと同じようなものです。だから私は、民族的なことにあまりにも鈍感だったんだと思いました。

私からすると、城戸がなぜここまで自分の出自を気にするのか、最初はよく分からないんです。ほとんど日本に住んでいるのに、と思ってしまう。でも、平野さんの描写によって、城戸の気持ちがだんだん分かってくる。

もしQUIM君も、こういう気持ちを持ちながら日々生活しているのだとしたら、しんどいこともあるだろうと思いました。私はそういうことに配慮してこなかったというか、そもそも思いが至っていなかった。それが印象に残りました。

QUIM:
これは難しくて、僕自身もほとんどそういう話をしないんですよ。

小倉:
そうですよね。それなりに長く付き合っていますけど、あまり話したことはありません。

QUIM:
小倉さんにだけ話さないわけではなくて、ほとんどの人に話しません。かなり具体的に聞かれたら話しますけど、そうでない限り、自分からは話さない。在日コリアンの友達同士だったら、普通に話すこともありますけど、それ以外の人にはあまり話しません。そのあたりは、藤見よいこさんの漫画『半分姉弟』(トーチコミックス)に出てくる人たちとも似ています。

『半分姉弟』には、さまざまなルーツを持つ人たちの話が描かれています。「このマンガがすごい!」のオンナ編で第1位になって、かなり広く読まれた作品です。

当事者が考えていることや、なかなか言葉にできない感覚が、すごくうまく描かれています。「話しても、どうせ分かってもらえないだろう」という気持ちもあるし、だから話さないということもある。この感覚をどう説明したらいいのかは難しいんですけど、『半分姉弟』は、そこを本当にうまく描いています。

小倉:
私は逆に、出自に対する悩みがほとんどないんです。だから、故意ではないにしても、これまで自分が無邪気に言ってきたことで、誰かを傷つけていたのではないかと考えました。そういう、当事者ではない側の人も描かれているんですか?

QUIM:
描かれています。それが、この漫画のすごいところです。中国にルーツを持つ人が美容室に行く話があります。最初は、その人を主人公にした回が描かれます。その次には、美容師の側を主人公にした回があるんです。美容師が、「私、こんなことを言ってしまったんだ」と気づいて、ものすごく悩む。

当事者の話だけではなく、知らずに相手を傷つけてしまった側のことも描いているんです。だから『半分姉弟』は、当事者だけでなく、多くの人に読まれたのかもしれません。知らずに済んでいること自体が、一つの「特権」なんですよね。

●「あなたには分からない」で会話を止めないで byリチャード・ローティ

小倉:
今の話は、次回の「てゆーか医学」でも、ちゃんと話した方がいいかもしれません。ついこの間、哲学者の朱喜哲さんが書いた『バラバラな世界で共に生きる――リチャード・ローティの哲学』(NHK出版)という新書を読みました。ネガティブ・ケイパビリティの話ともつながると思います。

私は医師として20年以上、多職種の人たちと一緒に仕事をしてきました。仕事の中では、それぞれが自分の仕事にプライドを持っていますし、いろいろなことが起こります。以前、「”医者”の小倉先生には、僕の気持ちは分かりませんよ」と言われたことがあるんです。そう言われると、もう、ぐうの音も出ないというか、それ以上、何も言えなくなります。

それはキラーワードで、それを言った瞬間に会話が止まるんですよね。リチャード・ローティは、会話を続けなければいけないと考えた哲学者です。「あなたには分からない」と言った途端に会話が止まり、分断が始まってしまう。そのことに警鐘を鳴らしています。

でも同時に、相手にそう言わせるような、私のこれまでの言動があったのかもしれないと思うんです。そう考えると、余計に何も言えなくなります。確かに、私はあなたの気持ちを完全には分からない。無自覚であることや、知らないことの罪もある。それに、どう対応したらいいのかが分からないんですよね。

QUIM:
僕の場合は民族や国籍の問題ですけど、ほかにもありますよね。例えば女性が、どういう制度の中で、どんな役割を負わされているのか。最近はフェミニズムの議論などを通して、少しずつ分かるようになってきました。でも一昔前には、いろいろなことが当たり前に行われていて、当事者ではない人には、まったく見えていなかった。以前にドラァグクィーンについて取り上げましたが、LGBTQ+の人や、障害のある人についてもそうです。当事者ではないから、分からないことは確かにあります。でも、自分が気づかなくても済んでいること自体が、ある意味では特権なんですよね。

 

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その特権と、どう向き合えばいいのか。その意味でも、平野さんが『ある男』でやったことはすごいと思います。当事者ではない人のことを書くのは、とても勇気が要ります。例えば、自分とは違う性別の人や、障害のある人、別の国のマイノリティーを書くとなったら、やっぱり気が引けるじゃないですか。特に、現実に差別が存在する問題について書くのは大変です。

それでも、平野さんはチャレンジした。そして実際に、すごくよく描けている。いろいろな場所で、そういう試みがもっと起きた方がいいのではないかと思いました。

小倉:
すごく勇気が要ることですよね。

QUIM:
ローティの「会話を続ける」という話と、平野さんの分人主義も、どこかでつながっていると思います。一人の人間を、一つの立場だけで固定しない。松岡さんの言葉でいえば、「たくさんの……ふしぎ」じゃない(笑)、「たくさんの私」ですね。

小倉:
「たくさんの私」です。

●在日コリアンにとっての「戦後」とは?

QUIM:
今回、自分の出自について語ることになって、僕自身も、自分のことを全然知らないと思ったんです。いきなり日本のことを語ってくださいと言われても困るのと同じで、自分のことだからといって、何でも知っているわけではありません。

僕のおばあちゃんが朝鮮半島から日本に来て、そこから僕が今まで生きてきた。その流れについても、よく知らなかったんです。それで、戸籍や制度の歴史をいろいろ調べました。驚いたのは、制度が整えられたのが、本当に最近だったということです。

国民健康保険の国籍要件が撤廃されたのが1986年。特別永住者などへの指紋押捺義務がなくなったのも1990年代で、制度全体として廃止されたのは2000年です。外国人住民が住民票の対象になったのは、2012年になってからです。それまでは外国人登録制度があって、日本人と同じ住民基本台帳の対象ではありませんでした。

自分が生まれたあとまで、指紋を押さなければいけない制度が残っていた。国民健康保険の国籍要件がなくなったのも、自分が生まれたころです。そのことを知って、すごく驚きました。戦後、外地戸籍の朝鮮人は韓国にも戻れないし、日本に居続けるしかない。そういう宙づりの状態が戦後ずっと続いてきた。

戦争によって生まれた問題を、制度的に整えるまでに、ものすごく長い時間がかかっているんですよね。在日コリアンにとって、戦後が終わったのは、ものすごく最近だったのではないかと思いました。

そして、そうした制度が変わった背景には、やっぱり声を上げ続けてきた人たちがいた。今回いろいろ調べて、そのこともあらためて感じました。これは、たぶん「ほんのれんラジオ」では話していないと思います。

小倉:
かなり大事な話ですね。

●「ほんのれん」に便乗するコバンザメ企画でした(笑)

小倉:
「ほんのれんラジオ」が、どうやってテーマを切り出しているのかは、垣間見られましたか?

QUIM:
感覚としては、本番は結構ふわっとした状態で始まるんですよ。でも、打ち合わせはマメにやります。

小倉:
そうなんですね。

QUIM:
収録の前に、何回か打ち合わせをします。僕らは、ほとんどしないじゃないですか。

小倉:
そうですね。

QUIM:
それは、僕らのいけない部分でもあるのかもしれませんけど、スタイルが違うという感じはあります。先にある程度話しておいた方がいい場合もあるし、その場でパッと出した方がいい場合もある。どの程度まで決めておくのかは難しいですよね。特に、こうやって生で話す場合は難しい。

小倉:
2人だと、一度話してしまった話を、もう一回するのは苦痛ですよね。

QUIM:
苦痛ですね。同じテンションでは話せません。

小倉:
収録方法や人数によっても違うのかもしれませんね。

QUIM:
あとは、関係性によっても違うと思います。とりあえず僕らは、当面こういう感じでいいのかなと思います。ということで、今回の回は、「ほんのれん便乗企画」でした。「ほんのれんラジオ」のリスナーを、少しこちらに連れてこられないかなという。非常に卑しい企画です(笑)。

小倉:
コバンザメ企画ですか?

QUIM:
コバンザメ企画です。そういうことも、たまにはやっていけたらと思います。

小倉:
Podcast全体の繁栄のためということにしてください。

QUIM:
そうですね。Podcast全体の繁栄のためです。ぜひ、「ほんのれんラジオ」のQUIM出演回も聴いてみてください。ありがとうございました。

小倉:
ありがとうございました。

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投稿者プロフィール

QUIM
QUIM
メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。