おしゃべり病理医のMEditラジオ COLUMN
MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第8回放送は、「人生いりょいりょ」第3回をお届けします。
前回に続き、ゲストは番組MCでもある、おしゃべり病理医・小倉加奈子。
「赤本なし、予備校なし、E判定」というミラクル受験を経て、いよいよ順天堂大学医学部へ入学した小倉さん。今回は、入学後に待っていた千葉県・印旛沼のほとりでの寮生活、医学部ならではの実習、学生結婚、そして病理医という道を選ぶまでをお聞きしました。
おしゃべりの内容は、
・医学部入ってみたらカエルがゲコゲコ鳴く印旛沼のほとりでの寮生活が待っていた件
・伝説のプリティセブン 誕生日に車を買ってもらうセレブ同期たち
・初めての人体解剖 内臓好きの少女、ついに夢かなう
・気づけば夜9時――「医学部実習」があった時代のリアル
・なぜ医学生は結婚が早いのか?
・キャリアが先か出産が先か――女性医師たちの分岐点
・「消去法で病理が残った」 小倉加奈子が病理医になった理由
・決め手は「子育てしても長く働けそうだから」
・練馬病院で「ひとり病理医」 年間7000件をたった”ひとり”で診断
などなど。
華やかな同期に圧倒されながらも、人体解剖や病院実習を通して「医師になる」実感を深めていった小倉さん。
そして、結婚・出産・子育てと医師としてのキャリアをどう両立するかを考える中で、たどり着いたのが「病理医」という仕事でした。
今回も、医学部のリアルと、小倉さんらしく「ついで・ちゃっかり・おせっかい」が満載です。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs
▼今回のゲスト
小倉 加奈子(おぐら・かなこ):順天堂大学医学部人体病理病態学教授、同附属練馬病院病理診断科科長、臨床研修センター副センター長。2002年順天堂大学医学部卒業。2006年同大学院博士課程修了。医学博士、病理専門医、臨床検査専門医。大学病院の日々の診療において、病理診断を担当しながら、研修医・医学生の指導にあたる。同時に、故・松岡正剛氏のイシス編集学校で編集コーチ(析匠)を務め、編集工学のメソッドを医学でも活用すべく、順天堂大学STEAM 教育研究会「MEditLab」を主宰し、医学を身近に感じてもらう様々なプロジェクトを企画。著書に『おしゃべりながんの図鑑』『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑』(以上、CCCメディアハウス)、『細胞を間近で見たらすごかった——奇跡のようなからだの仕組み』(ちくま新書)。趣味はお絵描きと読書。モットーは、ちゃっかり・ついで・おせっかい。
▼チャプター
・医学部入ってみたらカエルがゲコゲコ鳴く印旛沼のほとりでの寮生活が待っていた件
・伝説のプリティセブン 誕生日に車を買ってもらうセレブ同期たち
・初めての人体解剖 内臓好きの少女、ついに夢かなう
・気づけば夜9時――「医学部実習」があった時代のリアル
・なぜ医学生は結婚が早いのか?
・キャリアが先か出産が先か――女性医師たちの分岐点
・「消去法で病理が残った」 小倉加奈子が病理医になった理由
・決め手は子育てしても長く働けそうだから
・練馬病院で「ひとり病理医」 年間7000件をたった”ひとり”で診断
・陣痛3分間隔まで出勤!? 病理医の妊婦は病院で働いていた方が安心?
▼全文公開
●医学部入ってみたらカエルがゲコゲコ鳴く印旛沼のほとりでの寮生活が待っていた件
QUIM:
はい。それでは「人生いりょいりょ」第3回目です。第1回目から、このパーソナリティの小倉加奈子さんに来てもらってるんですけれども、今日で小倉さんの収録が3回目になります。
小倉:
はい。
QUIM:
1回目は、小倉さんがもうお医者さんになった後に、このMEditLabで掲げている「編集」っていうところの切り口から、小倉さんが編集工学とか、それを提唱した松岡正剛さんのお話とか、そういうMEditLabの立ち上げとかね、そういうお話をして。
前回はですね、小倉さんが大学に行って、大学を辞めて、医学部にどうやって行ったのか。奇跡が起こったということで、それは第2回を聞いていただければと思うんですけど。
今回はですね、その大学に入ってからの小倉さんのことを聞きたい、お聞きしたいんですけど。1996年に入学ですよね。
小倉:
そうです。

QUIM:
はい。このパンフレットの年表だと、もう次、2001年。学部5年生のとき、6年間付き合っていた彼と、今のご主人と結婚したっていうふうになってるんだけど、どうですかね。この辺の、この間のこととか、どんなことでもいいんですけど。
小倉:
はい。なんかだから、いろんな情報が私、あまりにもなかった中で受験したから、合格してから順天堂のことを調べ出した。
QUIM:
なるほど。珍しいです。
小倉:
ひどいよね、本当に。そしたら「あれ?」みたいな。1年目、寮生活だった。
QUIM:
そういうことも知らないから。
小倉:
そうなの。
4月から、さくらキャンパスっていうか、千葉県の酒々井町っていう。成田からちょっと都心側に10分ぐらい戻るんだけど。
QUIM:
はい。
小倉:
京成酒々井駅っていう駅から、さくらキャンパスっていう順天堂のスポーツ健康科学部の本拠地であるキャンパスに、1年間だけ医学部の学生がスポーツ健康科学部の学生と一緒に生活するっていう寮生活が1年間あって、それが順天堂の伝統なんだよね。
QUIM:
そのときはもうスポーツ健康科学部あったんだ。
小倉:
そのMEditLabの年表にもあったように、スポーツ健康科学部は医学部の次に古い学部で。場所は習志野の方にあったりとか、少しキャンパスの移動はあるんだけど、私の大先輩の先生方もみんな寮生活を経験したりとかしてて。なんか順天堂医学部といえば、スポーツ健康科学部の学生と1年目は寮生活をする、みたいなのが割と特徴なのかな。
QUIM:
そうだよね。1993年に体育学部がスポーツ健康科学部になってて。1951年に体育学部ができて。
小倉:
そうそう。最初は医学部だけだった時代で、医学部の創始者の先生方が、やっぱりスポーツも健康もっていうことで、結構割と早めに体育学部は立ち上がって。だから、本当に私が生まれる前から、おそらく寮生活って多分あったのではないかっていうぐらい伝統があるんですよね。本当に田舎なの。
QUIM:
今も変わらない?
小倉:
変わらないしね。何十年ぶりかでまたさくらキャンパスに行って、学部1年生の授業を何年ぐらい前かな、3、4年ぐらい前からやるようになったけど、何十年ぶりぐらいに行っても、駅からの景色変わらず、みたいな。2キロぐらい先に順天堂大学が見えるみたいな。
QUIM:
すごい。
小倉:
あとは本当に印旛沼っていうのかな。沼地が広がってて。雨とか降ると、道路がびちゃびちゃになっちゃうところも変わらず。カエルの鳴き声とか、うわーって聞こえるような、すごい田舎。
QUIM:
卵とか。
小倉:
ある。卵も絶対ある。私は見たことないけど、それは絶対ある。
QUIM:
ないわけない。
小倉:
ですよ。1年生の授業のときに、やっぱりカエルの解剖とかあって。印旛沼産カエルだったと思うよ。
QUIM:
それ、近くで誰かが取りに行って。
小倉:
実習始まるとゲコゲコ言ってるわけ。そのカエルちゃんを解剖するっていうのが結構、1年生のときはそういう実習があったりして。あとはスポーツ健康科学部との子と同じ寮生活だからね。それがやっぱり1年目は鮮烈だったかな。
●伝説のプリティセブン 誕生日に車を買ってもらうセレブ同期たち
小倉:私の学年はすごい「プリティセブン」っていう、私の学年の前後10年ぐらいの医学部の人たちにはすごい有名なんだけど。
QUIM:
プリティセブン。
小倉:
うちの同期にはプリティセブンっていう、そのあと2人加わるんでプリティナインになるんだけど、9人のすごい華やかな女子がいたわけ。
QUIM:
へえ。伝説の。
小倉:
私ね、入学したときに、やっぱり私立の医学部ってちょっと派手な感じあるじゃない。なんかお金持ちの人がいっぱい集まってるな、みたいな。当時も本当にそうで、そのド田舎なのに、寮生活が始まったのにも関わらず、エルメスのバッグとか、ハイブランドのお財布とかバッグとかコートとか着ている同級生がいたわけよ。
QUIM:
そうか。
小倉:
それにすごいびっくりして。「違うところに来てしまったかもしれない、私」みたいになって。そのメンバーがプリティセブンっていう。
QUIM:
プリティセブンは今どうなったの?
小倉:
みんなもう超元気。
QUIM:
普通に仲いいの?
小倉:
いい。みんないい人たちなんだけど、当時は本当にめっちゃ綺麗で華やかな、その7人か9人の集団がいて。当時ね、女子が30人ぐらいだったの。だから3分の1ぐらい、すごい華やか。キラキラした人がいて。なんか芸能人みたいな人がいっぱいいる、みたいな。
QUIM:
これ、時代的にはもうディスコは終わったぐらいで。
小倉:
終わったぐらいか。
QUIM:
でもまだ余波はあるかもね。
小倉:
そうだよね。だから、お誕生日に車買ってもらっちゃう、みたいな。ちょっと一緒に遊ぶの無理かも、お小遣いが足りなくなりそう、みたいな人たちと一緒になったりして。医学部ってこういうとこなんだ、みたいなのを、いろんな洗礼を1年生で浴びるみたいな。
QUIM:
それって今はないのかね、あんまり。
小倉:
でもやっぱり中には、筋金入りのいろんな大病院の息子さん娘さんとかは多分いると思うから。でも当時はすごい、そのプリティセブンが有名になって、違う学年の医学部生が見に来る有名な学年だった。
QUIM:
昔のドラマみたいなやつ。
小倉:
ちょっと昔っぽいよね。
QUIM:
最近は違うかな。
小倉:
うん。でもみんな今、結構同窓会とか、うちの学年結構仲良くって。今でも、割とみんなそれぞれ大学離れて開業したりとか。あとは学年的に教授になったよ、みたいな子がみんなチョロチョロ出てくる時期だから。最近、同級生で集まる同期会が、ちょっと前に比べて頻回に行われるようになって。みんなすごい活躍してて。
やっぱり同期活躍してると嬉しくなるし。だから思うんだけど、大学のときに「この人はちょっと生活が違いそう」とか、「価値観とか話すことが全然違いそう」とか思ってても、結構さ、年取ると、割とそれ話せそう、みたいな。
QUIM:
確かに。年取ると、そういう、お互いにどうでもよくなる感じあるよね。
小倉:
そうそう。
●初めての人体解剖 内臓好きの少女、ついに夢かなう
QUIM:
だけどさ、文学部のときはさ、やっぱり「ここはもう本当に違う」っていう感じがあったわけじゃん。
小倉:
そうだね。私の居場所がないって感じかな。
QUIM:
いや、医学部に入ったときの感じとしては、どういう感じなの?「ここだ」「ここがいいな」みたいな。
小倉:
なんかそういう意味では、寮生活はやっぱり大変なんだよね。スポーツ健康科学部の子って全然生活が違うから、それこそ全然接点がなかった学生たちなんだよね。向こうはスポーツのエリートで、「懸垂で入りました」みたいな。スポーツ推薦とかだとさ、「懸垂で入りました」「走って入りました」みたいな子が。
QUIM:
多いわけか。懸垂っていうのは、競技というか、実技だよね。
小倉:
そう。だから全然違う子が一緒に生活するから、それはそれで大変で。なんか私、「この場所が私が入るべき場所」みたいなのはあんまりなかったけど、2年生から医学部の授業始まるんだよね。私、割とほら、昔から内臓の絵とか描いたりとか、体の仕組みが好きな子だったから、いよいよめっちゃ自分が今まで興味あって好きなことを勉強できるなっていう感じはすごく良かったですね。
だから2年生から本当に本格的に医学の勉強が始まったときとかは、やっぱりすごい楽しかった気がするな。特に解剖とかは、初めてご遺体を目の前にして、あんまり浮ついた気持ちでできないっていうのもあるし、本当に体の仕組みってこんなにうまくできてるんだ、みたいなことを目の当たりにする機会だから、やっぱり面白かったかな。
特に2年生はね、ずっと解剖やるんだよね。午後の時間ずっと解剖です、みたいな。グループでお一人のご遺体をメス入れながら、ちょっとずつちょっとずつ、「これが何とか筋肉」とか、「これ何とか動脈」とかっていうのを、結構長い間、半年ぐらいあるかな。今もそのカリキュラムは変わってないと思うんだけど。
●気づけば夜9時――「医学部実習」があった時代のリアル
あとは、やっぱりさ、みんなもそうだと思うんだけど、病院実習。病棟出て患者さんに接したりするじゃない。私は最初、小児科からだったんだよね。グループごとにいろんな診療科を実習するんだけど、みんな同じ診療科からじゃないんだよね。グループによって回る順番が違うわけ。
QUIM:
何年生ぐらいから?
小倉:
それね、今は4年生の9月から。すごい前倒しになった。私のときは5年生からかな。小児科まで3週間実習って言われて。なんか小児科の先生にすごくよくしてもらって。
最終的に、小児科の先生に出会ったぐらいのときに結婚の話が何となく早々に出てきて、「旦那さんが医者じゃないんだったら、病院をどういう仕事なのか見てもらった方がいいんじゃない」って言って。なんか見学に主人を招待するみたいなことを、小児科の先生がそうしてくれたりとか。すごい良くしてくれたから、私、一瞬、小児科医になろうかと思うぐらい。
QUIM:
それで出会いがね。
小倉:
そうなの。
QUIM:
影響ありますよね、それ。
小倉:
はい。いろんなことをやらせてくれて、すごい楽しかったんだよね。当時は今みたいな研修医制度っていうのがなくて。今は学部6年を卒業すると、2年間研修をしなくちゃいけないんだけど、私が医学部生だったときは、その研修がなかった。そうすると、なんていうのかな。医学部の病院実習に出た医学部の学生が、今の研修医の仕事みたいなことをさせられてたんだよね。
QUIM:
なるほど。
小倉:
診療のサポート的なことを、今は多分研修医がやって、学生は見学が主体になりがちなんだけど。当時は病院実習が、本当に猫の手も借りたいぐらいで、「学生が来たからよっしゃ」みたいな感じで、なんかすごいやらされてたから。今思うと危ないんだけど、「そんなこと学生にやらせていいの?」みたいな。だけど、すごい忙しかったけど充実してたっていうか。
今って例えば朝9時に来て、規定で5時に終わるみたいな。「医学生は5時には解散させなさい」みたいになってるんだよね。でも当時はそういう働き方改革なんか全くない時代だから。
QUIM:
だね。
小倉:
そうそう。だからドクターもすごい働いてるし、「なんなら学生も使え」みたいな。だから私とかも、外科とか回るとさ、朝7時ぐらいに「カンファレンス始まるから来い」って言われて行かされて。手術とかのお手伝いも、もちろん勉強なんだけど、「見学」と言いつつ割と「お前も手洗って入れ」みたいな感じで入らされて。気がついたら夜9時だった、みたいな。結構過酷な病院実習。
QUIM:
もう仕事してるってことだよね。
小倉:
若干仕事してる感じ。だからやっぱり、それでも「これから医者になるんだな」みたいな実感が増す時期だよね。
●なぜ医学生は結婚が早いのか?
QUIM:
学生結婚っていうのはさ、医学部だと、さっき相手がお医者さんじゃなかったって話もあったけど、お医者さんと結婚することが多いの?
小倉:
結婚相手、やっぱりそうじゃないかな。医療圏がやっぱり多い。同級生で結婚する人もすごい多いし、先輩後輩とか。例えば部活。医学部って部活動が結構活発だから、部活の先輩後輩とか。あと当然、仕事してから一緒になったドクターとか。やっぱりそういう要素は結構あると思う。
QUIM:
ほとんどそこで過ごしてるっていうのはあるからね。この学生結婚も多い。「しんしん」とかもそうだよね。
小倉:
でも、しんしんは6年生の終わりかな。
QUIM:
もう卒業するっていうぐらい。
小倉:
そうだね。彼女もしんしんも結婚しようと思ってるステディな彼氏がいて。医師免許をもらってから名前を変えたりするのって結構面倒くさいんだよ。医師免許証の名字が変わるじゃん、結婚すると。そういうタイミングだったから、多分学生のうちに結婚、入籍して、それで名前が変わった状態で医師免許を取得した方が、いろいろ手続きが楽じゃない。
QUIM:
なるほど。
小倉:
でも私よりもっと早く結婚する子も、今の医学生でもいるかな。
QUIM:
学生結婚って、他の学部だとあんまり考えられないじゃん。
小倉:
そうだよね。
QUIM:
ちょっとびっくりしちゃうよね。
小倉:
確かに。
QUIM:
文系とかだと、「結婚した」っていっても、まだ仕事ないじゃん。
小倉:
そうだね。でも今の医学部の5年生でも、1人か2人、お子さんもいたりする。
QUIM:
へえ。
小倉:
例えば、ご主人がもう卒業してドクターだったりとか。ちょっと歳が離れた旦那さんだったりとか。女性が学生結婚するケースが多いかな。逆はあんまりないかもね。
●キャリアが先か出産が先か――女性医師たちの分岐点
QUIM:
小倉さんの場合、ご主人は当時大学行ってたの?
小倉:
そうなの。それこそ主人が一般企業の人なんで、「俺、婿養子になってもいいや」みたいな感じだったから。就職する直前に結婚して、彼が名字変わってそのまま入社した感じ。
QUIM:
やっぱ名前が変わる手続きが面倒くさいみたいな、今、夫婦別姓問題と言われてるような、本当にそういう問題があったわけだ。
小倉:
そう。医学部って6年間長いから。それにしても私は結構早い方だとは思うんだけど。でも今のご時世でも、結構結婚早いと思う。ドクターは経済的に安定してるからかしら。
QUIM:
そうね。資格もあるしね。
小倉:
今ね、結婚のピーク、多分研修が終わったぐらいなんじゃない。1回目のピークが来るの。だから26ぐらいで結婚する人がすごく多いと思う。
QUIM:
めちゃくちゃ早い。
小倉:
早いよね。30前に結婚するピークと、ちょっと30代後半でまたピークが来る。女性もさ、結婚して子供を産んでからキャリアを積み上げていくパターンか、ある程度キャリアを積み上げてから結婚して出産するパターンか、2パターンある気がする。
QUIM:
なるほどね。でも当時としては、女性で医者になるっていうのが、今よりもっと男性社会っていうか、体力勝負みたいなところあるじゃん。
●「消去法で病理が残った」 小倉加奈子が病理医になった理由
QUIM:
そういう中で病理になるってことを選んだわけだけど、何か理由はあったんですか。
小倉:
ありましたね。ていうか、ひどい言い方だと、消去法で病理が残ったっていう。なんかやっぱり、せっかく再受験もして、多少苦労して医学部に入ったから。せっかくだから、結婚して辞めたり、子供できて辞めたりっていうのが、実は多かったんだよね。当時の先輩のモデルケースが。
QUIM:
それやっぱり時代的に。
小倉:
そう。今はだいぶ変わってきてると思うけど、当時は出産とかすると戻りづらい。
QUIM:
お医者さんでも。
小倉:
そうだった。特に外科系はやっぱり。
QUIM:
そうだよね。そう考えると、そこで結婚するってことが、女性にとってキャリアを考えるとちょっと悩ましい。
小倉:
めちゃくちゃ悩ましい。だからそれを考えて、私は結構、どの診療科のドクターになるかを考えなきゃなと思っていて。例えば産婦人科もすごい興味あったんだけど、産婦人科って唯一「おめでとうございます」って言える診療科だったよね。
QUIM:
なるほど。
小倉:
病棟の中で、おめでたいことが起こるっていうのが、産婦人科ですごいいいなと思って。だけど産婦人科って外科系だから、手術ができないといけない。そうなると、妊娠したり出産したりすると手術に入れないってなると、それだけでビハインド。今も女性の産婦人科の先生は、いろいろ苦労されてキャリア積み上げてる方いっぱいいると思うんだけど。私のときもすごいそうだったから、「一生懸命頑張ってるのに、ライフイベントで後れを取る」「断念することが増える」っていう診療科はつらいなと思って。
あとは、全身を見たかった。内臓の絵とか描くぐらい好きだから、体の仕組みが好きだったから。臓器に特化するよりも、全身を見られる診療科はないかなと思って。
あと小児科とか。小児科も手術に関わって、手先も結構動かすの好きな人に向いてるし。だからそういう外科周りで何かできないかなと思ったときに、病理っていうちょっと面白い選択肢もあるなと思って。
●決め手は子育てしても長く働けそうだから
小倉:
5、6年生で実習すると外科に行くでしょう。そうすると外科でオペに入ってると、途中で迅速病理診断が入ってきて。そうすると病理の先生がかっこ良く入ってきて、診断結果を伝えるわけ。それがすごいかっこ良くて。
「あれもいいな」みたいな。病理が選択肢で入ってきて。病理だったら、お腹大きくても顕微鏡見られるし、当直もないし。これはずっと一生続けられるんじゃないかなと思って。でも唯一、患者さんを診ない診療科だから、みんなからは「小倉はなんでそんな病理なんて行くの?」みたいな。
QUIM:
やる人も少ないですしね。
小倉:
そう。
「産婦人科の方が絶対キャラ的にも向いてるよ」みたいな。みんなにそういうふうに言われたんだけど、なんかみんなが行かない診療科に行った方が絶対に希少価値は高い。この間もそんな話だった気がするんだけど。
QUIM:
それは小倉さんの一つの価値観っていうか、判断基準だよね。
小倉:
なんかみんなが嫌がったり、やろうとしないところに向かった方が面白いじゃないって思ってて。病理を選んだっていうところがありますね。
QUIM:
なるほどね。
ここには「決め手は子育てしても長く働けそうだから」って書いてある。
小倉:
そうだね、まさに。
●練馬病院で「ひとり病理医」 年間7000件をたった”ひとり”で診断
QUIM:
そして、パンフのプロフィールには「医師1年目で長男出産。妊娠期間中、仕事帰りは教授に車で送ってもらう」と。
小倉:
ひどいよね(笑)。
QUIM:
すごい。
小倉:
ね。
当時、浦安病院に勤務してて。浦安から私の家まで1時間半ぐらいあったんで、妊婦で結構通勤してて。結構大変だな、まだ体力あるなと思うんだけど。教授が車で来てて、教授の家が池袋の雑司ヶ谷辺りだったの。「小倉、御茶ノ水まで車乗ってくか」って言って、よく車に乗せてもらって。浦安から御茶ノ水駅まで車で送ってもらって、「先生ありがとうございました」って言って、御茶ノ水から自力で帰るみたいな。
QUIM:
子育てってどうでした? 大変じゃなかった? 今の方がもうちょっと、いろいろサービスとか保育園とか充実してるじゃん。
小倉:
でもね、両親が二世帯で同居してたっていうのもすごく大きかったし。なんかね、練馬区は結構、医療従事者っていうだけで保育園も入りやすかったんだよね。
QUIM:
なるほど。
小倉:
だから保育園も割としっかり入れて。本当にワンオペで1人ぼっちで頑張ってる方も全然いると思うから、そういう意味では恵まれてたと思うんだけど。
でもね、やっぱ病理は人が少なくて。ずっと少ないわけ。私が病理専門医っていうのを取ってから、練馬病院で1人ぼっちになっちゃったっていうことがあって。病理が私1人っていう状態が半年ぐらい続いたんだけど、そのときは下の子が0歳。上が3歳っていう状況で。1人病理で、それはすごいつらかった。
QUIM:
これ、それは2006年に大学院を卒業して、長女を妊娠しながら医学博士号を取得って書いてあるね。
小倉:
そのちょっと後に、一応大学院修了して、何とか医学博士もいただけたから。
QUIM:
ここ、2007年には「病理専門医取得直後に、練馬病院で“ひとり病理医” となり、病理医不足とチーム医療の重要性を痛感」。
小倉:
これが結構大変だったけど、今の私の病理としての力の基礎固めというか。とにかく1人でジャッジしなきゃいけなかったから。当時もやっぱり7000件ぐらいあって、年間で。1人しかいなくて。すごい迷っても悩んでも、1人で決めなきゃいけない、ジャッジしなきゃいけないっていうのを、本当にまだ全然経験が浅い病理医の段階で、しょっちゅう手震えながら診断するみたいな。
でもそのときに、いろんな科の先生が「もうすぐ保育園のお迎え時間だから」みたいな感じで、みんなが気にしてくれてた。1人だし、大変だしって言って。だからすごい、それは支えられたっていう気がする。臨床の先生方にも。
QUIM:
この年に細胞診専門医取得って書いてある。
小倉:
そうですね。
QUIM:
ここに「だんだんと脳の老化を感じる」。
小倉:
それ、こないだ話したやつ。専門医、30近くなってくると本当に脳が老化して(笑)。
●陣痛3分間隔まで出勤!? 病理医の妊婦は病院で働いていた方が安心?
QUIM:
あと、ちょっと1年戻るとさ。「産前休暇を取らず、病理検査室に向かう途中に産科病棟にて無事長女出産」って書いてあるね。これは。
小倉:
これね、笑えるよね。普通は産前休暇取るじゃん。
QUIM:
取らなかったんだ。
小倉:
産前休暇って、取っても取らなくてもいいんですよ。産後は絶対取らなきゃいけないんだけど。私、1人目のときも割と安産で、2人目の下の子も割と元気だったの。なんか私、体ちっちゃいんだけど、旦那が巨大児で生まれてて。4000g。
QUIM:
そんな感じしませんけどね。
小倉:
ね。でもそれがリスクって言われて。旦那さんが大きく生まれてると、私こんな小柄なのに大きい子が生まれる可能性があるって言われて。それは産婦人科医的にはリスクって言われて。
「小倉ちゃん、元気だったらとにかくよく運動して。家でじっとしてないで活発に動いてください」って言われた。だから、「そっか」と思って。どうせ病院に出勤するんだから、家で産気づくよりもいいかと思って。何週から休んでいいのか忘れちゃったけど、もう38週ぐらいのときもずっと出勤してたの。
ある日、38週の初日の月曜日の朝だったんだけど、「なんか定期的に張るな」と思って。それで病理検査室に行かずに、「これ絶対定期的に張るわ。ワンチャン陣痛じゃないか」と思って、病理検査室に行かずに産科病棟に行ったら、「先生、もう3分間隔で陣痛来てます」って言われて。
QUIM:
それってあんまり感じないものなんだね。
小倉:
いや、感じるは感じるんだけどね。「入院です」って言われて、本当にそのまま入院になって。病棟から病理検査室に電話して、「ちょっと今、陣痛来ちゃったんで、今日から産休です」って言って急に休むっていう。
QUIM:
確かに、病院で働いてる人は病院にいた方が安心かもしれない。
小倉:
私はそう思ってて。「そんな人いないよ」って言われたけど(笑)。でも座って標本見てるだけだから、と思って。
QUIM:
確かにね。お仕事的にも。そのあとすぐ、搾乳しながら仕事復帰とか。
小倉:
それもね、練馬病院に復帰だったんだよね。それまで本郷に勤務してて、本郷で出産して。産後4カ月休んで、秋ぐらいになって、「今度は練馬病院に行きなさい」って言われて赴任したときに、まだ娘が4カ月だったのかな。授乳まだしてる時期で、日中仕事してると張ってきちゃうんだよね。なので、産科病棟を借りて、搾乳して、母乳を持ち出して仕事し続けるみたいにしてました。
QUIM:
なかなか他にはないやり方。
小倉:
結構ね。
QUIM:
そのときからやり方がおかしいと思う(笑)。
小倉:
おかしいでしょ(笑)。行き当たりばったりですね、いろいろね。
QUIM:
でも何とかうまくいってる。
小倉:
結構ちゃっかりしてるんだと思う。病院のリソースをうまく使って。
QUIM:
はい。ではちょっと今回はこの辺りで。いつかプリティセブンの写真を見てみたいなと思いますけど(笑)。
小倉:
はい、わかりました。
QUIM:
はい、じゃあまた次回。
小倉:
ありがとうございます。
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投稿者プロフィール

-
メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。
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