おしゃべり病理医のMEditラジオ COLUMN
MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第23回放送は、医療に関わるさまざまな人の人生に迫る「人生いりょいりょ」をお届けします。
3回にわたってお話を伺ってきた、順天堂大学医学部附属浦安病院・手外科センター長の市原理司さん。最終回となる今回は、市原さんと、順天堂大学医学部時代の同級生である、おしゃべり病理医・小倉加奈子が「50代の医師」をテーマにド真剣に語り合います。
気がつけば医師になって24年。若いころには朝まで手術をすることもできたけれど、50歳を迎えれば、体力も視力も少しずつ変わっていく。後輩が育ち、自分が現場の最前線に立たなくても仕事が回るようになる一方で、「では、この先、自分はどこで、どうやって生きていくのか」という問いが浮かんできます。
そこで市原さんが見つけた一つの答えは、「治す」だけでなく「寄りそう」ことでした。
ほかの病院で手術を受けても思うように回復せず、何年も悩み続けてきた患者さん。100%の回復が難しいとき、手術の技術だけでは埋められない部分に、50代になった医師だからこそできることがある。患者さんの話を聞き、時間をかけて信頼関係をつくり、「完全には戻らなくても、今よりよくする」ための道を一緒に探していきます。
そして、市原さんが新たに取り組んでいるのが、これまで「年齢のせい」「手の使いすぎ」と見過ごされがちだった女性の手の痛みやしびれです。
更年期や月経前、産後など、女性ホルモンが大きく変動する時期に起こる手の不調――「メノポハンド」。人があまり取り組んでいない領域を「本当に治療法がないの?」と嗅ぎ分け、研究や診療につなげていく。50代になっても、市原さんの新しい挑戦は続いています。
おしゃべりの内容は、
・ミドル・エイジ・ビギンズ――キャリアの曲がり角はどこ?
・「治す」から「寄りそう」へ――50代の自分だからこそできること
・手術だけが外科医の仕事ではない
・ずっと見過ごされてきた「メノポハンド」――手の痛みと女性ホルモン
・中年期を乗り越える4つの方法――「青年に戻る」「親になる」「影を生きる」「停滞・受容の物語」
・人を育て、挑戦を支える順天堂という居場所
などなど。
話の手がかりになるのは、臨床心理士・東畑開人さんの『ミドル・エイジ・ビギンズ』。
中年期には、若いころのように無理がきかなくなり、それまで積み上げてきたキャリアにも変化が訪れます。でも、それは単なる「衰え」ではなく、次の生き方を探し始める時期でもあるのかもしれません。
後輩に仕事を任せる。人を育てる。新しい研究テーマを見つける。これまで見過ごされてきた患者さんに目を向ける。そして、ときには自分自身の老眼や体力の衰えとも向き合う。
さらに話は、AIや手術支援ロボットを使った技術教育、世界の若い手外科医を育てる国際教育へ。0.5ミリほどの神経を縫い合わせる超繊細な手外科の世界で、「不器用でも手外科医になれる」という意外なメッセージも飛び出します。
50代になったとき、仕事とどう向き合う?
第一線から一歩引くことは、「衰える」ことなのか?
これまで培ってきた経験を、次の世代や新しい仕事にどう手渡していく?
医師だけではなく、キャリアの折り返し地点に差しかかったすべての人に通じる、市原理司さんの「人生いりょいりょ」最終回です。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
▼その他配信先
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・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
▼チャプター
・ミドル・エイジ・ビギンズ――キャリアの曲がり角はどこ?
・「治す」から「寄りそう」へ――50代の自分だからこそできること
・手術だけが外科医の仕事ではない
・ずっと見過ごされてきた「メノポハンド」――手の痛みと女性ホルモン
・中年期を乗り越える4つの方法――「青年に戻る」「親になる」「影を生きる」「停滞・受容の物語」
・人を育て挑戦を支える順天堂という居場所
・走って痩せるのではない、走る前にまず痩せるのだ!
・老眼でも手術はできるの?
・AI・ロボット・国際教育が手外科を変える
・不器用だって手外科医になれる――器用さは後天的なもの
▼全文公開
●ミドル・エイジ・ビギンズーーキャリアの曲がり角はどこ?
QUIM:
今回も前回に引き続き、「人生いりょいりょ」、市原理司さんの3回目。最終回になると思います。
1回目は市原さんのこれまでの経験、キャリアについて伺い、2回目は『テノゲカ』を主に取り上げつつ、市原さん自身のお話も聞きました。今回の3回目は、『テノゲカ』の続きというか、今、現役の医師として何をして、どう思っているのか、というお話をしたいと思います。
小倉:
市原先生こと「ふとしくん」は同級生なんですね。私たちはもう医師24年目に突入して、気がついたら病院の中では相当偉いというのも変だけど、学年的には後輩の方が多くなりました。50歳、みんなアラフィフです。
同級生も、それぞれの診療科を支える存在になっています。学生の頃を思い出すと、笑っちゃうというか、信じられないところもあります。でも、同級生が活躍していると、すごく刺激になるし、うれしくなったりもします。
とはいえ、40代前半ぐらいには、同級生がみんなキャリアの曲がり角、分岐点を迎えたように感じました。大学を離れて開業する人もいて、少ししんどい時期もあったのかなと思います。ちょうどコロナもあって、何となく会わない期間がありましたが、50歳近くになって、みんなで集まる機会が増えてきたなと、私は感じています。
50歳ぐらいになると、さっきふとしくんと老眼の話もしたし、今もこのイヤホンのRとLが見えなくて(笑)。
市原:
イヤホンに小さく書いてある?
小倉:
書いてある。RとLがね。耳に入れるときに、少し遠ざけて見ちゃったりして。私も最近、遠近両用の眼鏡を買いました。外科医としては、しんどい時期にだんだん来るのかなと思っていて。
これまで超面白い話、超かっこいいふとしくんの話を伺ってきたので、今回は若干、お悩み事を伺えたらなと。それも含めて、きっとかっこいい話になりそうな気がしますが。私たちは、体力や身体の衰えを感じる時期にさしかかり、キャリアも出尽くした、というと言いすぎかもしれないけれど。
なぜこんな話をするかというと、最近、臨床心理士の東畑開人さんが書かれた『ミドル・エイジ・ビギンズ』(KADOKAWA)という、中年の悩みを扱った本を読んだんですね。確かに私たちもそういう時期だなと思ったので、今、自分のキャリアについて、ふとしくんがどんなふうに考えているのか聞いてみたいと思いました。
市原:
僕は今、51歳になりました。その中で一番感じるのは、小倉さんが言ったように、無理がきかなくなったということです。
僕が所属している施設には、高度救命救急センターがあるので、整形外科には常に緊急手術が入ります。昔であれば、若手や中堅と一緒に参加して、朝まで手術をしていることもありました。今どきには合わないような働き方ですけど、それができていた。でも、緊急手術が入ったときに、どうしても「後輩、頼む」という気持ちが出るようになりました。
それを任せられる後輩が育ってくれたので、自分が出ていかなくても、手術がきちんと遂行され、完結するところまで来ました。一歩引けたというか、一歩手前に引けたんです。でも、引いてみると、やはり寂しさがこみ上げてくる。今までずっと後輩たちと一緒に手術をしてきたのに、現場から少し遠ざかってしまっている。
立場も、外傷再建センター長から手外科センター長に変わりました。では、自分はこの先、どこでどうやって生きていったらいいのか。そう考えたときに、立場が変わったことによって、一歩前に進めた部分もありました。
●「治す」から「寄りそう」へーー50代の自分だからこそできること
市原:
後輩のことだけではなく、近隣の多くの病院で手術を受けたけれど、うまくいかなかった患者さんを、何とか日常生活を送れるところまで持っていってあげること。それが今の自分の仕事なのかなと思うようになりました。
言い方はよくないですけど、今までのように派手なけがを治すのではなく、「よくなったはずなのによくならなかった人たち」をどうやって治療するかにフォーカスしています。それが、手外科医として手術という側面で見たときの、一番大きな転換だったのかなと思います。
小倉:
整形外科って、患者さんの満足度と、自分の「きれいにできたな」という手術の達成感との間に、アンマッチが起こりやすい外科だと思うんです。そこがすごくシビアだなと思っていました。
ほかのところでうまくいかなかった部分に手を加えるとなると、例えば癒着があったりして、再手術は難しいですよね。派手ではないけど、より難しいところを目指している感じがするんですが、どうですか?
市原:
手術としては確かにすごく難しいです。今、小倉さんが言ったように、癒着が大きな壁になるんですよね。皮膚を剥がしていくときの癒着や、神経を圧迫する神経周囲の癒着、関節の癒着や拘縮。そういうものを治していくのは、すごく難しい。
手術が終わってから半年、1年、2年と経ってから病院に来る患者さんもいます。その間、漫然とリハビリだけを続けて、よくならないまま来た人たちは、ある程度、回復の限界が決まってしまっている。そこで僕が手を差し伸べても、100パーセントを完全な復活とするなら、この時期に治療を加えて、よくなったとしても6割、7割なんですよね。当然、患者さんは100パーセントを目指したい。
では、残りの部分を埋めるのは何か。少しかっこいい言葉で言えば「寄り添う」。あえて医学用語で言うと「ムンテラ」(検査結果の報告、病名の告知、今後の治療方針や手術の説明)の領域です。
おそらく最初の手術がうまくいかなくて、いろいろなところに相談したり、セカンドオピニオンに行ったりしても、「もう無理です」と言われてくる。患者さん自身もすごくストレスがたまっているので、外来に来たときに爆発するんです。
小倉:
なるほど。
市原:
この爆発を収めるのは、若い先生たちには少し荷が重い。最初は手術ではなく、患者さんの気持ちを落ち着かせて、寄り添って、話を聞く。すぐにメスを入れず、大体2か月か3か月くらいお話しします。
よくなる可能性があるのなら、患者さんは話を聞いてくれます。そこで、ある程度、温度を下げる。お互いの距離を縮めるところまでいって、「おそらく、この手術をすれば今よりはよくなるけれど、完全ではない。それでもやりますか?」と聞く。するとだいたいの患者さんは「やります」と言います。
技術ももちろん大事ですが、若い先生たちではなかなか出しにくい言葉を通して患者さんを治していく。時には、そこがうまくいかないこともありますが、そういう工夫にも、まだ可能性があるのかなと思います。
●手術だけが外科医の仕事ではない
QUIM:
これは『テノゲカ』の続編が描けますね。
小倉:
続編、描けるね。今度のタイトルは『テノゲカ』じゃなくて、『ムンテラ』かもしれないね。
外科の先生は、手術をしているときだけが外科っぽいというか、腕を試されるのは手術のときだけだと、一般には思われがちです。でも、すごくできる外科医は、手前の準備も、患者さんへの説明も、手術後の管理もしっかりしている。それを含めて、外科医としての能力だと思うんですよね。
ふとしくんがやろうとしている手前の部分やアフターフォローは、年齢を重ねないと難しいところもありますよね。
市原:
手術に関しては、いろいろなことをたくさんやるのではなく、やることは一つです。でも、そこに向かうまでの過程をできるだけ完璧にして、患者さんに納得してもらう。
先ほどのフランスの手術のように100点は目指せないけれど、70点ぐらいまで持っていって、「少しよくなったから、これぐらいなら何とか生活できるよね」というところに到達する。それが、外科医として今後、患者さんの満足度をもう少し上げていくためのステップなのかなと思います。
QUIM:
さっきは少し冗談っぽく言ってしまいましたが、お医者さんの仕事には、患者さんと向き合って話を聞くことも含まれている。でも、案外、患者さんの側もそれを知らない。もう少し知ってもらえるといいのかもしれないですね。
この「人生いりょいりょ」の前に、小倉さんと『「国境なき医師団」になろう!』という、戦地の医師や海外の医療について書かれた本を取り上げました。そこにはメンタルケアのチームが充実していて、いとうせいこうさんがジャーナリストとして入っている。そこが日本とかなり違う、という話もしました。
戦地ではないとしても、フランスなど海外では、心のケアはどうなんですか?
市原:
心の面は、僕が向こうにいる間に十分見られていなかったところかもしれません。ひょっとすると、専門家がいるというより、我々手外科医が診察した後に関わるフィジカルセラピスト、いわゆるリハビリの先生が、その役割も担っていたのかもしれない。
患者さんがリハビリの先生と過ごす時間は、実はすごく長いんです。そこでいろいろなアドバイスをもらいながら、社会に復帰していく。そういうところに心のケアもあったのかもしれない。もっと見ておけばよかったと思いますね。
小倉:
ご自身が年齢を重ねて、そこに可能性があると感じていることが、市原先生のかっこいいところですね。
今のメンタルケアの話で言えば、がん患者さんのメンタルケアはすごく発達しているし、私たちも病院の勉強会で話を聞く機会があります。でも、それはがん患者さんにかなりフォーカスしている。
何となく整形外科の患者さんは、元気なイメージがあります。お若かったり、患者さんの平均年齢が若かったり。膝が痛い、腕が痛いといっても来院できて、手術に耐えられる健康な方々という印象がある。そういう患者さんに対するメンタルケアは、案外、手薄になっているのかもしれません。
ふとしくんは、日本で今まで取り組まれていなかったり、注目されていなかったりするニーズを嗅ぎ分ける力が強そう。これまでの人生のお話を伺って、そう感じました。もしかすると、そういうことも無意識ながら感じているのかなと思います。
●ずっと見過ごされてきた「メノポハンド」ーー手の痛みと女性ホルモン
市原:
確かに。もう一つ、興味を持って取り組んでいることがあります。女性の手の痛みやしびれが、女性ホルモンとすごく関係しているということです。
QUIM:
資料に「女性ホルモン」と書かれていたので、市原先生は女性ホルモンのことをやっているのかなと思った。そしたら、小倉さんから「やっていないよ」と言われたんだけど(笑)。
小倉:
ごめんなさい(笑)。
市原:
今、たぶん一番フォーカスしているのは、実はそこかもしれません。
女性ホルモンが急激に低下する更年期に、手が痛くなったり、しびれたりする女性がかなりいます。ホルモンの急激な低下と、手に痛みを起こす滑膜炎との間に因果関係がある。今、僕の大学院生に研究してもらっています。
僕自身も、痛みが出ている患者さんをできるだけたくさん診て、いろいろな治療を提案しています。
小倉:
どんな治療があるんですか?
市原:
今までは、例えば50代半ばぐらいの女性が「手が痛い」と言っても、「手の使いすぎじゃないですか」と言われたりしていました。
QUIM:
うちの母親が、まさにそうです。指が少し曲がってきて、どこの病院に行っても治らないから、ロキソニンだけ処方されたりして。
市原:
そう。「年のせいです」「使いすぎです」と言われて帰されてしまう。「こんなに曲がってきて腫れているのに、治療法がない」と。そのまま10年、15年と、ずっと痛い。もう何もできないと言われてしまったから、やりようがないんですよ。結局、指がすごく曲がって、使いにくくなる。昔のおばあちゃんたちには、そういう方がかなりいました。
でも今は、そういう時代ではありません。更年期前後だけではなく、月経前症候群とも関係があることが分かってきました。ホルモンが急激に変動する産後にも、手のしびれが出る人がかなりいます。
そういう人たちには、ホルモンを補充する治療も選択肢の一つですが、サプリメントを飲んでもらうことで、手の腫れや痛みがよくなることもあります。サプリメントだけでよくなる人もいれば、変形や痛みがある程度進んだ人には、テーピングなどの保存的治療を行うこともあります。いろいろな治療法があるんです。
今まで「治療法がない」と言われて放っておかれた人たちは、「こんな治療も、あんな治療もある」と知ると、すごく喜んでくれます。
今、外来では、サルベージ手術といって、ほかの病院での治療がうまくいかなかった患者さんが3割ぐらい。残りの6割、7割は、手の症状に困っている女性、手の痛みやしびれがある方々です。全国から本当に来るようになりました。これも今後、自分の中で極めていきたいと思っています。
50代を迎えて、手術だけではなく、そういう方たちの話を聞きながら、何か治療ができないかを探る研究もいくつか立ち上げようとしています。現場にそういう患者さんが多いので、「これは何だろう」と調べ始めた、という感じです。
実は手の専門学会でも、2018年ぐらいからこの問題が指摘されていました。でも当初は、「そんなサプリメントでよくなるわけがない」といったことも言われていた。
今は学会の中でも「メノポハンド」という言葉があり、更年期前後に起こるものとしてきちんと認知され、それをどう治療していくかという取り組みが、ようやく始まりました。
小倉:
では、産婦人科の先生と一緒に仕事をすることもありますか?
市原:
すごくコラボしています。いろいろな産婦人科の先生から講演に呼んでいただいて、地域の産婦人科医会などで講演する機会もかなりあります。産婦人科の先生にも、そこにフォーカスしている方が増えてきました。
小倉:
さっき私が「ふとしくんは鼻がきく」と言ったけど、自分ではどういうふうにアンテナを張っているの?
市原:
人があまりやっていなさそうなところを、クンクン嗅ぎ分けることが多いのかもしれません。興味を持っちゃうんです。「なぜ、みんなそこを避けているんだろう」みたいな。
小倉:
私も似ているかも。そういうところがあるから、すごく分かる。
市原:
放置されていたり、治療法がないと言われていたりするところに、「本当?」という感じで入っていくのが好きなのかもしれません。
●中年期を乗り越える4つの方法ーー「青年に戻る」「親になる」「影を生きる」「停滞・受容の物語」
小倉:
東畑開人さんの『ミドル・エイジ・ビギンズ』では、停滞期、いわゆる中年期を乗り越える四つのパターンが示されています。「青年に戻る物語」「親になる物語」「影を生きる物語」「停滞・受容の物語」です。
「青年に戻る」は新しいジャンルを見つけて、青年に立ち返る。自分がこれまであまりやってこなかった分野に飛び込んでみるということです。
ふとしくんも私も、自分の専門ではないところを勉強したくなる癖があります。さっき「同じことをずっと続けるのが苦手」と言っていたけど、私もすごくそういうところがある。青年に戻って中年期を乗り越える。気がついたら70歳、80歳になっても、新しいことをやっているのかもしれません。
「親になる」は後輩を指導して、メンター的になることで乗り越える。逆に、衰えながらもやり続ける、「停滞する」という方法もある。それを受け入れていくんですね。もう一つは「影を生きる」。その四つが人によってブレンドされ、中年期を乗り越えていくというお話でした。
本の中では、いろいろな専門家にインタビューし、それぞれの中年期の乗り越え方が対談で語られています。今聞いていて、やっぱりふとしくんは、新しいことを見つけて、この中年期を乗り越えようとしているんだと思いました。
QUIM:
同じことをずっと続けられないというのは、世の中ではあまりよくないことと見られがちですよね。我慢してでもずっと同じことをやった方がいい、という職人的な見方が強い。でも、ほかのことにも関心を持ちながら進んでいくのは、意外と大切なんですよね。お二人を見ていても、そう思います。
市原:
同じ施設にずっといるということもありますけど、同じことを長く続けていると、少しなあなあになるというか。飽きて、何となくマンネリ化したと思ったタイミングが、次のものに移る時期なのかなと思います。振り返ってみると、大体4年から6年ぐらいで、自分の取り組みを変えている気がします。
●人を育て挑戦を支える順天堂という居場所
小倉:
でも、ふとしくんはずっと浦安病院を起点にしています。おそらく浦安病院の環境が、ふとしくんのチャレンジを阻まず、後押ししているんですよね。
市原:
おっしゃるとおりです。
小倉:
私も練馬病院の居心地がよくて、長くいます。だから、一か所にずっといて同じことをしているように見えるんだけど、実際には結構、好きなことをやっています。上司、私たちの場合は教授や院長、幹部の方々が、「面白そうだからやってみて」と言ってくれる環境が、順天堂にはありますよね。
市原:
今の環境には、すごく恵まれています。例えば、海外に2週間から3週間行かなければならないときも、「何でだよ」と言われないし、それを支えてくれる後輩たちもいます。人が比較的たくさんいるので、僕がどこかへ行くときに、バックアップしてくれる。その代わり、帰ってくるときは必ずお土産を買うようにしています。
小倉:
ふとしくんが若い頃に憧れたドクターに、今、ふとしくん自身がなっている。そして、ふとしくんに憧れて入局し、浦安の整形外科で働きたいという人も増えているんじゃないですか。
市原:
整形外科全体のことは分かりませんが、手外科では、今、僕の下に大学院生とスタッフを合わせて7人ぐらい来てくれています。
彼らは、外傷再建の現場でたくさんの外傷を診る経験ができ、手の手術にも携われるこの場所で、大学院の4年間を過ごしたいと言ってくれる。そういう人が、だいぶ増えてきました。
整形外科というと、膝や背骨など、大きな部位の手術をダイナミックに行うイメージがあると思います。でも手の手術は繊細で、しかも座ってできる手術です。そのため、女性の先生もかなり入ってきてくれるようになりました。
人数が多い施設なので、女性の先生もワークライフバランスを考えながら大学院で学べます。出産や育児など、女性医師にはいろいろな転機がありますが、そのときに支えてくれる体制もある。今の大学院生は女性と男性が半々ぐらいなので、雰囲気としてもバランスがいいと思います。
●走って痩せるのではない、走る前にまず痩せるのだ!
小倉:
めちゃくちゃ勉強になります。下世話な話になりますが、めちゃくちゃ具合が悪いときに手術が入ったら、どうするのかな。
市原:
めちゃくちゃ具合が悪いときではないんですけど、本当に恥ずかしい話、前の日に、遠くから久しぶりに先生がいらして、例えば恵比寿でワインをたらふく飲むことがあるじゃないですか。翌日が手術という状況にはしないよう、極力整えているんですが、これだけ講演が多いと、翌日に1時間の講演があるのに、前の日に飲みすぎることがあるんですよ。
朝から九州へ行かなければならないのに、「先生、久しぶりに来たから飲みましょう」と、前の日に飲んでしまう。翌日、本当につらくて、「この2時間後に、僕は1時間しゃべれるのだろうか」と。まだ気持ち悪さが残っている。
でも、始まってしまえば、よーいドンで、司会の先生から紹介されたら、くるっと変わるんです。それまでの待合室では、本当に半分寝ています。後で写真を見ると、「まだ少し顔が赤いんじゃない?」という講演も、多々あります。
小倉:
でも、手術ではないから、まだいいですよね。熱があるとか、本当に体調不良のときには、ほかの先生に代わってもらうこともありますか?
市原:
代わることもありますが、むしろ体調不良にならないように、気を張っているのかもしれません。この3、4年、大きな病気をしたことがなく、風邪をひくこともほとんどありません。まだ子どもが小さいので、家族は風邪をひきますが、自分がひくことはあまりなくて。
それは気を張っているところもあるし、翌日にこの手術とこの手術があると考えると、今まで以上にきちんとうがいをしたり、手を洗ったりします。「ここに穴をあけたら、えらいことになる」という気持ちがあるので、あまり体調不良にならないのかもしれません。
QUIM:
気を張っていると、やっぱりストレスもありますよね。それは、お酒で解消する感じですか?
市原:
お酒と食べ物ですね。
小倉:
この年齢で、なかなかこんなに食べる人はいないんじゃないか、というくらい食べるんだよね。でも、それはバイタリティーでもありますよね。
QUIM:
『テノゲカ』には、すごくトレーニングしている姿も出てきますよね。運動もなさっているんですか?
市原:
いまはストップしましたね。
小倉:
そっちを続けた方がいい気がする(笑)。
市原:
食べ物に引っ張られて、止まりました(笑)。でも、この漫画を監修していたときは、本当に毎日、かなり走っていました。今日聴いてくださっている皆さんに、ぜひお話ししたいことがあります。走る前に痩せなきゃ駄目ですよ。
小倉:
重要なメッセージが出ました(笑)。
市原:
ものすごく走ったんです。すごくいい体になったと思ったんですが、ある日、腰が痛い、足がしびれるなと思って、MRIを撮ったら腰部脊柱管狭窄症になっていました。体重が重いまま走ったことで、椎間板が膨隆して脊柱管が狭くなっていたんです。同時に股関節も痛くなったので、レントゲンを撮ったら、股関節も変形していました。
小倉:
結構危ない。膝にも影響がありそう。大事な話じゃないですか。
QUIM:
今日、一番大事な話じゃないですか(笑)。
小倉:
整形外科医が体重の重いまま走っている。この現状はよくないですよ。
QUIM:
歩いたらいいんじゃないですか。
市原:
そう。先に歩くことと体幹を鍛えることをして、それから走らないと。いくら意思が強くても、いきなり走り始めれば、体は壊れます。特に50歳を過ぎてからは。
小倉:
まさに『ミドル・エイジ・ビギンズ』ですね。QUIMくんは軽いから、走っても大丈夫だと思う。
QUIM:
でも、僕も体幹は鍛えた方がいいと思いますね。
●老眼でも手術はできるの?
小倉:
老眼には、いつ気づいたの? 眼鏡を変えたりするんですか? 整形外科医は眼鏡をかけない?
市原:
実は僕、老眼を認めない人間なんです。老眼が始まっていることには気づいています。例えば、布団に入って携帯を見たら、ほとんど何も見えない。でも、「自分は老眼ではない」と言い聞かせて、老眼鏡も買いません。
ただ一つ、手の手術をすると、当然、糸を抜く「抜糸」という作業がありますが、それはもう自分ではできません。特に手の手術では非常に細かい糸を使うので、その糸を取り除くのはほぼ不可能です。だから、そのときは後輩にお願いしています。
手術がなぜできるかというと、普通の眼鏡の上にルーペを付けるんですね。ルーペで拡大するので、かなり見えるんです。
QUIM:
顕微鏡には老眼は関係ないんですか?
市原:
そうなんです。顕微鏡は大丈夫です。ただ、診察しているときには感じませんが、資料や教科書を見ようとしたときに感じます。暗いところでは、文字が見えません。
小倉:
でも、老眼を認めないと。
市原:
認めると、一気に悪くなるような気がして。認めません。「僕はなっていない」と、自分に言い聞かせています。
●AI・ロボット・国際教育が手外科を変える
小倉:
ふとしくん、これから手外科は、どんなふうに発展していくと思いますか? AIが入ってきたりして、医療もかなり変わるじゃないですか。
市原:
手外科でも、最初にお話ししたロボット手術に、できればAIを入れていきたいです。
手術の技術を向上させるためにAIをうまく使えば、例えば、ものすごく才能のある術者と、始めたばかりでまだ上手ではない術者の、どこが違うのかをAIが分析してくれる。その違いにフォーカスすれば、もっと技術が上がるかもしれない。学習に使えるのではないかと思っています。
AIやロボットもそうですが、手外科医を目指す人たちは、アジアだけではなく、アメリカにもヨーロッパにもアフリカにも、世界中にいます。この人たちの技術を均一化し、どこで治療を受けても、ある程度同じレベルの医療を受けられるようにするためには、ロボットもAIも必要です。
でも、その前に何より大事なのは国際貢献です。今、自分がそういう立場にいるので、世界中の若い先生たちを一か所に集めて学びの場を提供する取り組みを始めています。
小倉:
ハンズオンセミナー(参加者が実際に自分で操作・体験しながら学ぶ参加型・実技型のセミナー)のようなものですか?
市原:
そうです。講義とハンズオン、スモールグループディスカッションを、世界中の手外科医と一緒に行っています。普段、なかなか講義やレクチャーを受けられない途上国の人たちが集まることで、レベルが上がっていく。
今、ヨーロッパとアジアで始まっています。これがもう少し広がれば、本当の意味で手外科の技術を標準化できます。AI、ロボット、手外科の標準化。その三つに、一番興味を持って取り組んでいます。
QUIM:
技術やスキルには、日本の中でも、また国際的に見ても、かなり偏りがあるんですか?
市原:
日本は比較的、上の方にいます。国内では平均的に見ても、世界的には十分通用するレベルにあります。一方、教育の機会が少ない地域との差は歴然としています。
昨日も、エジプトからフェローが来ていました。彼らはすごく優秀で頭もよく、いろいろなことが分かっていますが、技術を学ぶ場所がない。海外のさまざまなスカラーシップに応募しても、なかなか受け入れてもらえないという背景があります。渡航にも滞在にもお金がかかる。
では、どうしたらいいのか。僕らが現地へ行って、そこで何かをすることで、向こうの技術レベルを上げられるのではないかと思っています。
小倉:
これを聞いて、手外科医になりたいという人が、リスナーから生まれるはずです。漫画も読んでね。『テノゲカ』を読んだら、なりたくなると思う。
QUIM:
この話を聞いて、市原先生に連絡してくる若い人がいるかもしれません。
小倉:
アーカイブとして後から聞けるし、記事でも残ることが、このポッドキャストのいいところだと思います。今、聞く人が少なくても、アーカイブに残っていけば、「手外科の市原先生がお話ししている」と知って、聞く人がいると思うんです。
●不器用だって手外科医になれるーー器用さは後天的なもの
小倉:
そういう若い人が出てきたときに、「自分はすごく不器用だから、自信がないな」と思うかもしれない。前回、プラモデルの話をされていたけど、不器用でも大丈夫ですか?
市原:
器用さは後天的なものです。僕自身がそうなので。僕も決して器用ではありませんでした。それでも今、こういう手術を何とかできているということは、持って生まれた器用さではなく、後からの努力によって、ある程度カバーできることを証明していると思います。
だから、「不器用な人は手外科医になれない」ということは、もう成り立たないと思います。
小倉:
後輩を見ていても、そう思うということですね。最初からすごく器用な子は、初めにグーッと伸びる。でも、「あれ?」と思っていた子が努力を重ねて追いつく。そういうことも目の当たりにしていますか?
市原:
多々あります。不得意だと思っていた人の方が努力して、すごく伸びることは、かなりありますよね。
小倉:
ちなみに、どのくらい小さい血管や神経を縫い合わせるんですか?
市原:
指先であれば、神経自体は大体0.5ミリぐらいです。
小倉:
それに糸をかけるんでしょう?
市原:
神経の円周に、大体4本から6本ぐらいの糸をかけます。
小倉:
0.5ミリの神経を、四方向から縫う。
市原:
そうです。やっぱり拡大しないとできません。
小倉:
いくら拡大したって、手は小さくならないじゃない。
市原:
手は小さくならないけど、器具の先端は小さいわけです。その先を、できるだけ繊細に動かす。手元だけを見ていたら、ほとんど動いていないように見えるぐらいです。
小倉:
糸の細さは、どのくらいなんですか?
市原:
髪の毛の大体半分から3分の1ぐらいの細さです。本当に産毛ぐらいか、もう少し細い。フッと吹いたら飛んでしまう。手術中に落としたら、もう二度と見つからないぐらいです。
QUIM:
ロボットになると、よりやりやすくなるんですか?
市原:
手の震えがなくなるので、すごくやりやすくなります。
小倉:
手が震えたら、0.5ミリぐらい余裕で動く。画面から外れるほど震えてしまいますよね。
市原:
実際、僕の後輩も、手が震えて神経を傷めそうになったので、「ごめんね」と言って、僕が代わったことがあります。
小倉:
すごい世界だ。ふとしの太い指で、0.5ミリの神経を四方向から縫うって、どういうこと?
市原:
でも、後天的にきちんと技術は身につきますから。
QUIM:
漫画の中でも、「動画をください」「見せてください」というやり取りがよく出てくるじゃないですか。動画が基本的な学びになるんですか?
市原:
あれは、みんなやりますね。今はテキストでも、動画付きのものが増えているじゃないですか。そういうもので学びます。
今どきの若い人たちの方が、手術への順応性は高いと思います。動画を見て学べることが増えている。そこにAIが加われば、さらに相乗効果が生まれます。
小倉:
いい使い方ですよね。では、不器用な方もぜひ。
市原:
ぜひ、トライしていただいて。
小倉:
何かありますか、QUIMくん?
QUIM:
いやいや、もう、おなかいっぱいです(笑)。
市原:
そう言っていただけるとうれしいです。
小倉:
私たちMEdit Labでは、「医学をみんなでゲームする」というイベントをよく行っています。そのオープニングイベントに、産婦人科医で私たちの同級生の山本祐華さんに来ていただき、「妊娠・出産のミラクル」というお話をしていただきました。中高生が、すごい集中力で聞いていましたよね。
こういういい話を聞くと、私とQUIMくんだけではなく、皆さんにも市原先生に実際に会ってほしいと思います。ポッドキャストで配信できますけど、本当にお話も面白いし、お人柄も素敵なので。
市原:
呼んでいただければ、どこへでも行きます。
小倉:
うれしいです。本当に今日は、お忙しい中ありがとうございました。こんなにゆっくりお仕事の話を聞けて、幸せでした。3回とも、いい展開でしたね。最後はすごくまったりして、みんなしゃべるのがゆっくりになってきました。いい感じです。
市原:
僕もQUIMさんとオグさんに、これだけ上手に引き出してもらえたから、いろいろしゃべれたところがあると思います。本当にうれしかったです。ありがとうございます。
QUIM:
本当に勉強になりました。ありがとうございました。
小倉:
ということで、「人生いりょいりょ」、全3回、市原理司さんの回をお送りしました。
市原:
ありがとうございました。
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投稿者プロフィール

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メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。
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