おしゃべり病理医のMEditラジオ COLUMN
MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第13回放送は、「人生いりょいりょ」をお届けします。
「人生いりょいりょ」は、医療従事者の方をゲストにお招きし、「なぜ医療の道を志したのか?」「どのように専門を選んだのか?」「その人を形づくった経験とは何か?」など、人生の“いりょいりょ”を根掘り葉掘り深掘りインタビューするコーナーです。
今回もゲストは、順天堂大学医学部附属練馬病院の病理医であり、MEditLabの中心メンバーでもある“しんしん”こと發知詩織先生。
これまでは、しんしんがなぜ病理医を選んだのか、そしてどのようにMEditLabの活動へ関わるようになったのかを伺ってきました。今回はさらに時間を巻き戻し、東京で生まれ育った幼少期から、女子学院での中高時代、文系志望から医学部受験へ方向転換するまでをお聞きします。
芸能マネージャーのお父さんと、小学校の先生のお母さん。3歳で『世にも奇妙な物語』デビューし、『古畑任三郎』や『名探偵コナン』に親しんだドラマ&ミステリー英才教育。算数は苦手ながら中学受験で女子学院へ進み、自由な校風の中でやりたいことをトコトンやり切った6年間。そして、法律への興味から、やがて「自分の体のことわり」への関心へ。
しんしんという人を形づくった「謎解き好き」「ルール好き」「仕組みへの興味」は、どこから来たのか。医学部受験生、中学受験生、そして進路に迷う方にも聞いてほしい回です。
おしゃべりの内容は、
・父は芸能マネージャー、母は学校の先生
・テレビドラマで英才教育? 3歳で『世にも奇妙な』デビュー
・算数は苦手だけど、中学受験で超難関校に合格
・世にも自由な女子学院 校則はたった4つだけ
・興味を持ったのは医学ではなくて「法律」だった
・高二の秋、文系から医学部をめざす
・中高ではトコトンやりたいことをやる
・順天堂大学を選んだ理由は?
などなど。
自由な中高時代を思いきり楽しみ、法律に惹かれ、理系を一度は遠ざけながらも、最後は医学部へ。
しんしん先生の“今”につながる好奇心と探究心の原点を、じっくりたどります。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs
▼今回のゲスト
發知 詩織(ほっち・しおり):順天堂大学医学部附属練馬病院・臨床検査科長、順天堂大学医学部人体病理病態学講座助手。2009年女子学院高等学校卒業。2017年順天堂大学医学部卒業。同附属練馬病院で初期臨床研修修了後、順天堂大学医学部人体病理病態学講座に入局。病理専門医として診療に従事するとともに、小倉加奈子教授の主宰する順天堂大学STEAM 教育研究会「MEditLab」に立ち上げから参画。オリジナル医学ゲームを活用した中高生への出張授業をはじめとした医学教育プロジェクトに携わりながら、順天堂大学医学教育研究室の博士課程に在籍し、医学教育の研究・実践に取り組んでいる。
▼チャプター
・父は芸能マネージャー、母は学校の先生
・テレビドラマで英才教育? 3歳で『世にも奇妙な』デビュー
・算数は苦手だけど、中学受験で超難関校に合格
・世にも自由な女子学院 校則はたった4つだけ
・興味を持ったのは医学ではなくて「法律」だった
・高2の秋、文系から医学部をめざす
・中高ではトコトンやりたいことをやる
・順天堂大学を選んだ理由は?
▼全文公開
●父は芸能マネージャー、母は学校の先生
QUIM:
「てゆーか医学」の「人生いりょいりょ」。”しんしん”こと發知詩織さんの第3回目になります。
小倉:
はい、お願いします。
QUIM:
お願いします。第1回、第2回と、しんしんが順天堂大学に入って、病理医として働いて、MEditLabにも関わるようになって、小倉さんとの出会いがあって、という話をしてきました。今回は、このしんしんを形づくった過去とは何か。もっと根深いところに、しんしんという人が形づくられた秘密があるんじゃないかということで、我々で推理してみたいなと。
小倉:
はい。しんしんはね、もう一番最初のところまで行きますと、何年生まれかっていうのは言ってもいいですか?
しんしん:
はい、大丈夫です。
小倉:
1991年生まれなんですね。私の14歳も下。
QUIM:
僕の5つ下ですね。そんなに違わなかった。
しんしん:
意外と。
QUIM:
平成3年生まれで、東京生まれなんですか?
しんしん:
はい、東京生まれです。
QUIM:
へえ、そうなんだ。ご兄弟は?
しんしん:
2つ下に弟がいます。
QUIM:
そうなんだ。では、しんしんのお父さんとお母さんについても聞いていきたいんですけど、まずお父さんは、どういうお仕事をされているんですか?
しんしん:
父はいわゆる芸能界みたいなところで働いていて。かなり曖昧で、よくわからないんですけど、そういうふうに言うと「タレントさんの子どもなの?」みたいなことを言われるんです。そうではなくて、マネージャーさんみたいなお仕事をしていたり、ドラマ制作に携わったりとか、そういう仕事をしていました。基本的にはサラリーマンという形で、会社の中で芸能やテレビに関わる仕事をしている、という感じです。
QUIM:
それもなかなか特殊ですよね。そしてお母さんは?
しんしん:
小学校の先生です。
小倉:
すごくない? この組み合わせ。芸能界と教育関係って、すごいですよね。お父さんとお母さんが面白いペアだからこそ、ここにしんしんが現れるって感じがしますよね。
QUIM:
でも、学校の先生というと、ちょっと厳しいのかな。そんなこともないですか?
しんしん:
まあ、確かに怒ると怖いです。
小倉:
怖いよね。小学校の先生って、怒るとめっちゃ怖くない?
QUIM:
なんか怖い感じがするな。
小倉:
お母さんの方が怖かったの? お父さんは優しい?
しんしん:
そうですね。でも、やっぱり今よりもさらに昔の時代なので、父はなかなか夜が遅くて、夜は会えないみたいな感じでした。
小倉:
飲みニケーション的な。
しんしん:
そうですね。あと単純に仕事自体も夜の撮影とかがあったと思いますし、テレビ局さんって時間がいわゆる定時ではないじゃないですか。なので、夜に父に会うというイメージはあまりなくて。ただ、逆に朝も遅いんですよね。母は小学校の先生なので朝が早い。だから朝は結構父担当で、保育園の送りとかをしてくれていました。
QUIM:
なんか今風ですね。
しんしん:
そうなんです。意外と今風で、朝は父担当、夜のお迎えから寝るまでは母、みたいな感じで分担していたのかなと思います。
●テレビドラマの英才教育? 3歳で『世にも奇妙な』デビュー
QUIM:
お父さんは芸能界というと、仕事が特殊じゃないですか。
しんしん:
そうですね。でも子どもからすると、夜がすごく遅いという特殊性ぐらいで、普通にサラリーマンなので、ネクタイをつけてスーツで出勤していくんです。だから、あまりそこに違和感はなくて。ただ、一般のサラリーマンの方がどれくらい着られるかわからないんですけど、父はカラーのワイシャツが多いな、みたいなのはありました。淡いピンクとかブルーとか。授業参観に来ると、「あれ、意外とみんな白いシャツなんだな」みたいな。ちょっと華やかな感じはありましたね。でも基本的にはしっかりネクタイを締めていました。時代的にもクールビズとかがない時代なので、普通にサラリーマンという感じではありました。
QUIM:
お父さんと、タレントさんの話とか、テレビの話とかは家でするの?
しんしん:
多分、それは場合によっては一般の方より多いのかもしれないです。ドラマとかバラエティーも含めて、やっぱり仕事でチェックしないといけないので。なので「今期のおすすめのドラマは?」みたいな話は、今でもします。
QUIM:
何見てる? みたいな。確かにしんしんと話していたら、この前もいろいろドラマを見ているなという感じがしました。ちなみに今は?
しんしん:
最近、ちゃんと見られていなくて。記憶にあるのは、3歳で『世にも奇妙な物語』(フジテレビ)ですね。
小倉:
早くない? 3歳で『世にも奇妙な物語』デビューしてるんだよ。
しんしん:
でも、これは多分、私が『世にも奇妙な物語』を見て、3歳の時にすごく泣いたらしいんですよね。怖いので。それで父がすごく怒られたという記憶とともに刷り込まれています。「まだ早いでしょう」みたいな。4歳で『愛していると言ってくれ』(TBS)。それも早いですよね。これは母の影響ですね。完全に母もドラマが好きなんです。今は母も定年で、昔ほどフルでは働いていないので、今は母の方がよく見ていたりします。私より見ていたりするので。
QUIM:
じゃあ、ドラマを見ることは多かったんですね。
しんしん:
そうですね。今みたいにインターネット配信もないので、VHSに録画をして、それを朝、保育園に行く前の時間に見るというのが家族の日課でした。
QUIM:
なるほど、日課というかね。それは結構珍しいかもしれない。お父さんと家族で見るんですか?
しんしん:
そうですね。母はもう仕事に行っているので、弟と父と3人で見る、みたいな感じでした。
QUIM:
そうなんだ。好きだったドラマとかあるんですか?
しんしん:
私は小学生の頃ですけど、圧倒的に『古畑任三郎』(フジテレビ)ですね。
QUIM:
あれは面白かったよね。
しんしん:
面白いですね。
QUIM:
めちゃくちゃ面白かったよね。こうして見ると、あと学童クラブで『名探偵コナン』(小学館)にハマるって書いてありますけど、『金田一少年の事件簿』(講談社)とかも?
しんしん:
はい。基本、探偵ものが好きで。あと当時は2時間サスペンスもたくさんやっていた時代なので。小学生だと多分、内容はよくわからないんですけど、それこそ父の影響で結構見ていて。西村京太郎サスペンスとか、『赤い霊柩車』シリーズとかを見ていたと思います。
QUIM:
医療系のドラマもいろいろありましたよね。
しんしん:
そうですね。ただ、うちは逆に医療関係者がいないので、本当に遠い世界というか、フィクションとして見ていました。『ナースのお仕事』(フジテレビ)とか、すごくおふざけな医療ドラマとして見ていましたし、『救命病棟24時』(フジテレビ)とかは涙しながら見ていたし、みたいな感じです。あまり分野は問わず、恋愛ものは母と一緒に見て、サスペンス系は父と見て、みたいな感じでした。
QUIM:
そうなんだ。ドラマの英才教育みたいな。『白い巨塔』(フジテレビ)とかもあった。
しんしん:
はい。でも、他のドラマと同じようなものとして見ていたわけで、医療そのものに興味があったわけではないんです。
●算数は苦手だけど、中学受験で超難関校に合格
QUIM:
その後、中学受験があるんですよね。中学受験は最初から? 東京で生まれていると、そんなに珍しくないのかもしれないですけど。
しんしん:
多分、母の知り合いの方とかが中学受験をしていて、「よかった」みたいなお話があったところからですね。近くに比較的通いやすい学校も多かったので、中学受験してみようか、みたいなところで塾に行き始めて、中学受験をして、女子学院中学校に進学しました。
小倉:
御三家ですよ。
QUIM:
超エリートでしょう。塾はいつから通っていたんですか? 小3ぐらい?
しんしん:
小4です。ただ、小3まで学童に行っていたので、小4から塾に行っていましたね。
QUIM:
勉強は最初から国語が得意だった?
しんしん:
多分、国語は最初から得意だったと思います。
小倉:
ドラマの英才教育の影響はある(笑)。本はどうだった?
しんしん:
本も好きでしたけど、真面目なものばかりではなくて、やっぱりミステリー系をよく読んでいました。
QUIM:
『かいけつゾロリ』(ポプラ社)とか。
しんしん:
『かいけつゾロリ』、好きでした。あと、講談社青い鳥文庫というシリーズがあって、その中にもミステリー系があって、結構そればかり読んでいました。
QUIM:
まあ、でもそれがもしかしたらよかったのかな。物語を追ったり、謎を解いたりする力が、国語にもつながっていたのかもしれないですね。
しんしん:
なんとも言えませんね。
QUIM:
受験は結構大変だった? それとも、まあまあいけるわ、みたいな感じだった?
しんしん:
やっぱり算数が大変でした。国語の方が好きで、するするやっていて。でも理系科目の方が苦労は多分していて、生物の植物を覚えるのとかも嫌でしたね。高山植物とか、いろいろ母が単語カードを一緒に作ってくれて。
小倉:
先生だから、その辺もフォローしやすいのかな。算数は図形とか難しいよね。
QUIM:
難しいよ。今、言われてもわからない。
小倉:
わからないよ。私も4年生ぐらいからわからない。よくわからない図形を斜めに切ったりするじゃん。
●世にも自由な女子学院 校則はたった4つだけ
QUIM:
そうそう、補助線とか。でも見事に合格して、すごいよね。女子学院って、どんな中学校なんですか? 中高一貫ですよね。
しんしん:
中高一貫で、高校から入学はないので、6年間そのまま上がっていくんですよね。制服もなくて、好きな格好で行きます。一応、校則が4つというのが有名なんですけど、4つすら若干忘れていて。でも、学校では上履きを履くとか、一回登校したら下校してはいけないとか、勝手に外出しないとか。あと多分、芸能活動とかはあまりしないと思いますけど、そこは学校に相談が必要とか、それぐらいです。すごく自由を重んじる学校ではあって、結構多彩な子がいました。制服がないというところも大きくて、縛りがないので、すごく方向性が分かれるんですよね。
QUIM:
じゃあ、茶髪とかもいるの?
しんしん:
茶髪もいますし、先輩で緑の髪の方とか、ピンクの髪の方とかもいました。でも意外と「やっていいよ」と言われると、意外とやらないので、そんなにたくさんはいないんですけど。ちょっと茶色とかはいたり、人によってはメイクしたりとか。ただ女子校というのもあって、普通にジーンズにTシャツみたいな子もいれば、お姫様みたいなおしゃれをして来る子もいて、みたいな感じの学校でしたね。
QUIM:
難関だけど、受験生の方にもおすすめですか?
しんしん:
学校はおすすめですね。自由なのが好きな子にはいいと思います。親御さんの目線からすると、大学受験について厳しく進路指導するというよりは、「自分の好きなことをやりなさい」みたいな学校なので、そこは合う合わないがあるかもしれません。夏休みも、私、大学より長くて。なぜか9月の頭は学校がなくて、9月6日とか7日から始まるので、9月の頭にディズニーランドに行くのが恒例だったり。春休みも長くて、土曜も学校がないので、すごく自分の好きなことがある方にはいい学校なのかなと思います。
QUIM:
御三家って、僕は中学受験のことをあまりよく知らないけど、かなり難しいわけでしょう。
小倉:
桜蔭中学校、女子学院中学校、雙葉中学校。桜蔭は制服があるね。みんな自由というわけではなくて、女子学院はわりと自由で有名だと思う。校風が3つとも違って。
しんしん:
付属小学校があったりするのも違いがあって。うちもキリスト教の学校で、プロテスタントなので礼拝はあるんですけど、そんなにマリア像がある学校ではないんです。カトリックの学校とは、また雰囲気が少し違うのかなと思います。
●興味を持ったのは医学ではなくて「法律」だった
QUIM:
なるほどね。そこに入って、最初は法律に興味を持ったんですよね。
しんしん:
そうですね。そもそも中学受験をする段階で、さっき算数が苦手だった話をしたと思うんですけれども、やっぱり苦労したので、いわゆる文系・理系でいうと、理系ではないなと思いました。もうその頃から。
QUIM:
小倉さんもそんな感じだったのかな。
小倉:
まさに。数学は壊滅的にできなかった。すごいシンパシーを感じる。そこ似てるんだね。
QUIM:
でも法律に興味を持ったんですね。法律が好きというのは、推理系じゃないけど、何かそういうところなのかな。あと、なんか医者か弁護士かみたいなことってあるじゃないですか。勉強できる子だと、親から言われたり、周りからなんとなくそういうふうに言われたり。
小倉:
特に女の子だったら、資格を取った方がいいみたいな世間の空気もあるよね。ドラマを見ていると、弁護士とか医者って花形じゃない。
しんしん:
小さい頃から、なんとなく法律的なことに興味があったんです。当たり前のようになっていることが、実はそうやって決められているんだと知ったのが面白くて。例えば、今働いている医師という仕事で何ができるのか。看護師は何ができるのか。薬剤師は何ができるのか。全部、法律に書いてあるじゃないですか。それがちゃんとルールとして整備されているからこそ、今の世の中が成り立っている。なぜ横断歩道がないところで渡ってはいけないのかとか、全部ルールがあるじゃないですか。そこがわかっていくのが面白かったというところです。
小倉:
病理に興味を持ったのと、ちょっと似てない? 仕組みに興味があるっていう。物事が動く根幹を知りたい。根幹が好きなんだね。謎を解きたい。
QUIM:
そうそう。ゲームもルールだからね。
小倉:
そうですね。確かにちょっとつながっているんだ。ゲーム作りが得意なのも、そういうところから来ているのかもしれない。
QUIM:
それじゃあ、弁護士になろうと思ったの? 法律を作るなら、政治家とかもあるわけじゃないですか。
しんしん:
多分、作るというよりも、ルールがどうなっているのかということなんだと思います。キャラクター的にも、そういうルールを駆使して何かを考えるのが好きなんだと思うんですよね。なので法律系に興味が出て、そこをなんとなく考えていたというところですね。多分、小学校5、6年生で公民みたいな科目があって、そこで初めて法律とか、三権分立とかを学ぶわけですよ。それで、なんとうまくできているんだと思いました。
小倉:
私、全然興味なかった(笑)。
QUIM:
そうか。だんだん、どういう弁護士になりたいとか、そういうのも出てくるじゃないですか。
しんしん:
そこまでは思っていなかったです。具体化は中学の時はできていなくて。でも、働いていきたいという思いはあったのかなと思います。母もフルタイムで定年まで働いているので。母の姿を見て、将来も仕事を続けるというイメージは自然にあったのかもしれません。
●高二の秋、文系から医学部をめざす
QUIM:
大学受験するところまでは、法学部に行くというイメージだったんですか?
しんしん:
そうですね。イメージとしては、そのイメージで行っていました。ただ、うちの高校はあまり進路指導にうるさくない学校というのもあって、文系・理系に高3まで分かれないんですよね。高3はさすがに分かれるんですけど、それまでは全部やるみたいな感じだったので、なんとなく文系かなと思いつつ、あえて選択する機会はあまりないまま高2になる、という感じです。気持ちとしては、文系学部、法学部に行こうかなと思って、一応そこそこ勉強していたんですけど、成績はまあ、うん、という感じですね。
QUIM:
そこから理系に変わるきっかけは?
しんしん:
高校の時に、筑波大学の理系のオープンキャンパスに行ったことです。夏休みになると、高校生ってオープンキャンパスに行こう、みたいなのがあるじゃないですか。自分は法学部系のオープンキャンパスにも行っていたんですけど、仲のよかった友達が理系科目で学部を悩んでいて、筑波大学に見学しに行くと言っていたんです。筑波大学って東京から行くにはちょっと遠いじゃないですか。だから、ちょっとお出かけみたいな感じで「一緒に行かない?」と言われて。それで初めて理系の大学キャンパスに行って、「大学ってこういうことをやっているんだ」と驚きがありました。実験室みたいなところに行ったんですけど、理系大学でどういうことをやるかというイメージが、自分自身あまりなかったんです。大学もなんとなく、小中高と同じように講義室で講義を受けるイメージが強かった。でも大学は本当は研究機関という側面もあるので、研究室や講座で研究者さんにお会いするみたいなオープンキャンパスで、「理系大学って数学を解いているんじゃないんだ」と思ったんです。幼い感想ですけど。もともと自分の中で、算数が苦手だった。数学も得意ではなかった。だから理系の選択肢を、自分で勝手に排除していたイメージがあって。でも、大学受験さえ乗り越えれば、その後は別に算数・数学だけの世界ではないんだなと、そこでやっと気づいたんです。
QUIM:
これは重要だよね。文系・理系で分かれてしまうがゆえに、そこで選択肢を排除してしまうわけじゃないですか。でも実際に大学に行ってみたら、理系の大学がどういうところなのか、わかっていなかったものが見えて、そこから変わったりする。そう考えると、大学に行ってみるのが大事なんですかね。
小倉:
どうやって進路を決めるのがいいのかって、本当に永遠の課題だよね。今の時代、理系と文系を分けること自体が難しいし、雑すぎると思うんですよ。もったいないですよね。本当に。ここで2人ともお医者さんにはなっていったけど、全然ならなかった可能性もあるわけじゃないですか。それはそれでいいんだけど、他にも多分そういう人はいっぱいいるわけで。知らないからその道を閉ざしてしまったというか。
しんしん:
だから、どうやって知るかということですよね。多分、『13歳のハローワーク』(幻冬舎)が出た頃には、私はもう自分は文系だと思っていたので、あまりそれで自分自身が変わったというところはなかったんです。でも、職種であったり、世界を知らないがゆえに狭まるということはあるのかなと、今でも思います。
QUIM:
それで、理系もありかなと思って。
しんしん:
そうですね。さっきの「ことわり」の話にもつながるんですけど、最初に公民に興味を持ったのって、自分が暮らしている世の中の、わかっていなかったことわりが見えて面白かったからなんです。高校生ぐらいになる前に、だんだん自分の体にも興味が出てきました。でも知識がないので、なんでお腹が痛くなるんだろうとか、お腹の中って何だろうとか、そういうことがわからない。小倉先生とかは、小さい頃から学研の『人体のふしぎ』みたいな本で、「小腸を伸ばすとテニスコート1面分になる」みたいな知識が頭に入っていたと思うんですけど、私にとっては食べ物の流れとかも全然わかっていない。高校時代で、とりあえずお腹が痛いと、よくわからないけど「盲腸ってやつかな?」みたいな感じでした。自分の体調不良とか、あとだんだん身近な方、親戚ではないですけど、知り合いの方が病気になったときに、全然意味がわからない。いわゆる「がん」とは何ぞや、みたいな。それはどこにできて、どういうものなのか。胃ぐらいはなんとかわかるかな、ギリギリ、みたいな感じだったので、それもあるなと思いました。ただ将来的なことを考えても、別に生物系の研究学部に行く選択肢もあったと思うんですけど、やっぱりさっき言ったように働きたいということもあり、私は家庭を持ちたい思いもあったので、何かしら資格というところも背景にはありつつ、医学というところを考えたのかなと思います。
QUIM:
医学部の勉強を始めたのは、高2の秋ということだよね。
しんしん:
そうですね。
QUIM:
結構遅咲きだよね。
小倉:
私もだいぶ遅かったけど。
しんしん:
そうですね。担任の先生が化学の先生だったんですけど、個人面談で母は相当怒られたというか。「何を考えているの?」みたいな。「無理に決まっているじゃん」みたいな感じだったと思います。うちの高校は、高1で化学Ⅰをやって、高2では化学をやらないで、高3でその続きをやるみたいな形なんです。私は高1の化学をそこそこでやっていたんですけど、高2では別に復習をしないまま高3に上がったので、「水兵リーベ」みたいな基礎も、周りのずっと理系を考えていた子たちは当然覚えているわけですよ。その中でやるのは、まずいぞ、みたいになって。担任の先生が化学の先生だったので、個人面談で母に「浪人すれば行けると思っているんですか?」みたいなことを言われて。
QUIM:
小倉さんも結構言われたもんね。
小倉:
結構言われましたね。一生無理だよ、一生、みたいに言われた。
しんしん:
言われるんですね。結構言われるんだ。まあ、言ってあげるのが先生の優しさなのかもしれないですけど、現役生にそれを言われるのはショックですよね。しかも本人じゃなくて、うちは三者面談がなくて、二者面談、個人面談だったので、親に言うんですよね。親はズーンとなって。ごめんねって思ったんですけど。
QUIM:
それでも、もうなると決めた。
しんしん:
そうですね。で、無事に浪人っていう(笑)。予言のように。
●中高ではトコトンやりたいことをやる
QUIM:
現役の時は全然ダメだったという手応えなしな感じ? それとも、いけたかもな、みたいな感じはあった?
しんしん:
いや、全然手応えなしです。ちょっと本当に両親が聞いたら申し訳ないんですけど、多分、現役の時は本当に箸にも棒にもかからなかったと思います。
QUIM:
勉強自体は結構頑張った?
しんしん:
頑張ったけど、高3も文化祭とかあるんです。
QUIM:
文化祭はみんなやるの? それとも人によって差が大きい?
しんしん:
人によって差は大きいです。別にそこも強制されないので。
QUIM:
でも、そっちに行ったんだ。
しんしん:
文化祭の方にも行っていました。
QUIM:
すごくいいと思う。文化祭に行くっていうのは、今のMEditLabをやるみたいなことですね。
小倉:
まさにそうだよ。体育祭とかも準備が結構あって、そういうお祭りというか、ものづくりとか、そういうのが好きなんだね。とりあえず目の前のことに集中する力がある。それはすごく大事だと思う。
QUIM:
最初は文化祭を取って、次だ、次だと。で、浪人した。
しんしん:
そうですね。だから、充実した中高6年間を送ったということで。
QUIM:
充実していたんですね。本当にいい。思いっきり行事をやったみたいな。
しんしん:
本当に好きなことを、好きなようにやっていたんだと思います。今思うと、中高って大人と比べると、どうしても行動範囲も限られるじゃないですか。例えば使えるお金も限られる。その中で、本当に好きなことを好きなようにやっていたんだと思います。大学に入ってからは、ちょっと落ち着いたなと思いました。勉強も、大学の方がちゃんと単位を取っていかないと卒業できないので大変ですし、うちの大学はそんなに大きい行事、文化祭とかがあるわけではないので、比較的落ち着いていました。中高の方が、本当に小倉先生がおっしゃったことじゃないですけど、目の前のことを全部やる、行事も全部やる、みたいな感じでした。ちょっと若干もう記憶が怪しいというか、まめに記録するタイプではなかったので、本人としては当時すごく楽しんでいましたし、やったんだと思うんですけど、若干、何をやったんだっけというところもあります。
QUIM:
めちゃくちゃ楽しいと覚えてないのかもしれないね。
小倉:
そうかもしれない。嫌だったことは覚えているのにね。
QUIM:
でも、それだけよかったよね。中高で鬱々としてしまう場合もあるじゃないですか。勉強しなきゃ、みたいなストレスで。でも、目いっぱいやって、そこから頑張って勉強して、順天堂大学を選んだんですよね。
小倉:
そうですよね。1年で受かったんだからいいですよね。
しんしん:
よかったです。拾っていただいたと思っています。
●順天堂大学を選んだ理由は?
QUIM:
順天堂は、何かきっかけがあったんですか? この学校にしようというのは。
しんしん:
現役の時も受けているんですよね。本当に相当成績は悪かっただろうと思うんですけど。でも、学費が比較的安いとかもあるにはあるんですけど、なんとなくシンパシーがあったのか、現役の時も受けて、幕張メッセに行った記憶はあります。でも全然、多分きっとダメだったんだと思います。浪人しても、やっぱり1年、それ以上はなかなか年齢も重ねていくというところもあるという話を家族ともしていたので、浪人の時は私立も含めてたくさん受験させていただきました。順天堂は、その中でも面倒見のよさというのは、なんとなく受験生の時からわかっていました。説明会とかでも、それがすごく伝わってくる感じがしたので、それは志望理由には挙げていたと思います。あとは受験方式がたくさんあって、その当時の私にとって、今もそんなに枠は大きくないと思うんですけど、2次試験を学校の試験で数学を使わないで受験できる方式があったんです。これだと思って。数学がセンターの数学だけでいいみたいなのがあって、これならいけるかもしれない。それでいきました。
QUIM:
でも、やっぱり人数が少ないでしょう。
しんしん:
人数は少ないんですけど、もう一般は捨てて。
QUIM:
小倉さんもしんしんも、2人とも針の穴を縫うようにして(笑)。
小倉:
私の時は受験方式が1個しかなかったです。
QUIM:
数学をやらなきゃいけなかったんですね。もう奇跡が来ないと。小倉さんの方が奇跡だけど。でも順天堂では、いろんな人を取りたいという意図があるんだろうね。数学が不得意でも、実際に学部に入ったら数学はそこまで使わないんだもんね。
なるほどね。いやー、面白い。まあ、こんなところでいいですかね。今日はどうもありがとうございました。
小倉:
ありがとうございました。
しんしん:
ありがとうございました。
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投稿者プロフィール

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メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。
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