てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ
てゆーか医学
おしゃべり病理医のMEditラジオ
COLUMN
2026.06.22
2026.06.22
#012 病理医からゲームデザインへ? 選ばれ続け、慕われる”しんしん”の魅力とは【人生いりょいりょ】
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MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第12回放送は、「人生いりょいりょ」をお届けします。

「人生いりょいりょ」は、医療従事者の方をゲストにお招きし、「なぜ医療の道を志したのか?」「どのように専門を選んだのか?」「普段どんな仕事をしているのか?」など、人生の“いりょいりょ”を根掘り葉掘り深掘りインタビューするコーナーです。
今回もゲストは、順天堂大学医学部附属練馬病院の病理医であり、MEditLabの中心メンバーでもある“しんしん”こと發知詩織先生。
前回は、研修医時代に数ある診療科の中から、なぜ病理医という道を選んだのかを伺いました。今回はその続編。病理医として歩み始めた後、なぜMEditLabの活動に深く関わるようになったのか、そしてなぜ周囲から次々と重要な役割を託されるようになったのか、その秘密に迫ります。
産休・育休からの復帰直後に始まったコロナ禍。病理診断の仕事と子育てを両立しながら、なぜかウイルスカードゲームのテストプレイを担当することになり、やがてMEditLabの立ち上げにも参画。さらには病院の管理職まで任されるようになります。
「發知先生を連れて行きなさい」
そんな一言から始まった抜擢の裏には、しんしん先生の誠実さ、好奇心、そして周囲が思わず応援したくなる不思議な魅力がありました。

おしゃべりの内容は、
・“しんしん”との出会いは運命です!
・3か月で産休・育休、そのままコロナ禍に突入
・復職後、いきなりウイルスバトルゲーム?
・「發知先生を連れて行きなさい」
・おしゃべり病理医の愛の告白のゆくえ
・病理医からゲームデザイナーへ? “しんしん”が選ばれ続ける秘密とは
・順天堂大学の屋根瓦方式 人を育てる組織文化
などなど。

医学部や研修病院を選ぶ人はもちろん、「どういう人が組織の中で信頼され、チャンスを掴んでいくのか」を知りたい方にも(?)おすすめの回です。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。

▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs

▼今回のゲスト
發知 詩織(ほっち・しおり):順天堂大学医学部附属練馬病院・臨床検査科長、順天堂大学医学部人体病理病態学講座助手。2009年女子学院高等学校卒業。2017年順天堂大学医学部卒業。同附属練馬病院で初期臨床研修修了後、順天堂大学医学部人体病理病態学講座に入局。病理専門医として診療に従事するとともに、小倉加奈子教授の主宰する順天堂大学STEAM 教育研究会「MEditLab」に立ち上げから参画。オリジナル医学ゲームを活用した中高生への出張授業をはじめとした医学教育プロジェクトに携わりながら、順天堂大学医学教育研究室の博士課程に在籍し、医学教育の研究・実践に取り組んでいる。

▼チャプター
・”しんしん”との出会いは運命です!
・3か月で産休・育休、そのままコロナ禍に突入
・復職後、いきなりウイルスバトルゲーム?
・「發知先生を連れて行きなさい」
・おしゃべり病理医の愛の告白のゆくえ
・病理医からゲームデザイナーへ? “しんしん”が選ばれ続ける秘密とは
・順天堂大学の屋根瓦方式 人を育てる組織文化

▼全文公開
●”しんしん”との出会いは運命です!
QUIM:
「てゆーか医学」、今日は「人生いりょいりょ」。しんしんこと發知詩織さんの第2回です。

小倉:
よろしくお願いします。

しんしん:
お願いします。よろしくお願いします。

QUIM:
前回は、しんしんがどうやって病理と出会っていったのか、主に研修医時代のお話を伺いました。どうして病理を選んだのかということを聞いたんですけど、今回はその後ですね。病理医として働き始めてからのお話や、小倉さんとの関係について伺いたいと思います。僕が小倉さんとしんしんに出会った頃には、もうなんというか、ファミリーみたいな感じになっていましたよね。

小倉:
そうだね。だって、そこからそうなっていったわけじゃないですか。

QUIM:
そうですよね。出産とかコロナとか、いろんなことがあったと思うんですけど、まず最初、小倉さんの印象ってどうだったんでしたっけ?

しんしん:
最初の印象ですか。

QUIM:
小倉さんから見たしんしんは、なんかニコニコしているなあっていう、すごく感じのいい先生という印象でしたよね。

小倉:
なんか、すっごく一生懸命聞いてくれる(笑)。でも、割と遠くにいるんだよ。それで印象を持たれるってすごいよね。なんかね、黄色いオーラが見えた。

QUIM:
僕は絶対逆ですよね(笑)。

小倉:
そんなことないよ(笑)。でも本当に、しんしんってあったかいオーラが見えるんですよ。だから運命だった。私が勝手に運命の人って思っていたのかもしれないけど。

しんしん:
でも似たようなオーラをまとっているんじゃないですかね。

QUIM:
なるほど(笑)。

しんしん:
たぶん前回お話しした、学生の時にお会いした時点で、小倉先生はそんなに大きく変わるわけではないので、やっぱりニコニコと、すごく楽しそうにお仕事をされているのが印象的でした。

QUIM:
大ベテランの上級医というイメージですかね。

しんしん:
そうですね。

●3か月で産休・育休、そのままコロナ禍に突入
QUIM:
そこから入局して、関わりも増えていくじゃないですか。最初から今みたいな距離感ではなかったと思うんですけど、仕事をし始めてからはどうでしたか?

小倉:
私は自分の印象を恥ずかしくて聞けないから、こうやって聞いてもらえるとちょっと嬉しいです(笑)。

しんしん:
でも基本はずっと変わらず、明るくて優しくて、それからすごくおしゃべりな先生でした(笑)。ラジオだけじゃなくて、職場でも基本おしゃべりな病理の先生なので、一緒に標本を拝見しながら、楽しくお話ししていただいて、その中でいろいろ教えていただく、という感じでした。私が入った時は、私と小倉先生の間に3人先生方がいらっしゃったので、

QUIM:
はいはい。MEditLab立ち上げの時はもっとたくさんスタッフがいましたよね。

しんしん:
そうです。で、すごいバトルをしていたんですよ。私の直上の先輩たち2人はすごく熱い先生たちだったので、その熱い先生たちの戦いを、私はひよっことして見ている、みたいなところから始まりました。ただ私は大変遠慮がなくてですね、入局して3か月で産休・育休をいただいて、一回いなくなるという。

QUIM:
3か月で。そうだったのか。

しんしん:
そうなんです。なので、先生方にとっては、研修医の延長でそのまま来たけど、また数か月でいなくなったぞ、みたいなところがあったと思います。私自身の実感としても、本格的に病理専門医を目指して仕事をし始めたのは、育休から復帰した後でした。研修が終わって4年目の秋ぐらいから、本格的に病理専門医を目指して働き始めた、という印象があります。ただ、それがちょうどコロナとぶつかるんですよね。
検体数も少なくなったりしていた時期だったと思うんですけど、その頃、私は病院にはいなくて。コロナ禍の外出自粛の時期は、本当に数か月の子どもと一緒に家にこもっていました。公園にも行けず、児童館にも行けずで、しんどい部分もあったんですけど、とにかく子どもを育てるのに必死でした。逆に、世間から少し置いていかれているような感覚もあって。病院では検体数が減ったり、先生方は通勤しなければいけなかったりしていたと思うんですけど、私はそういう実感がなくて、テレビで「今日は何人感染しました」みたいなニュースを追いながら、初めての育児をしていました。お友達も作れず、家族と家にいるだけ、みたいな。ちょっと特殊な期間でしたね。それで、だんだんコロナも落ち着いてきて、ワクチンも普及してきた頃に復職したんだと思います。

●復職後、いきなりウイルスバトルゲーム?
小倉:
そうだ。ちょうどSTEAMライブラリーの頃だ。キム君が手伝ってくれていた頃だよね。

QUIM:
未来の教室のSTEAMライブラリー事業ですね。

小倉:
そうそう。動画撮影とか教材制作を一生懸命やっていた時期に、しんしんが復帰してきてくれたんだ。

QUIM:
そうなんだ。じゃあ、ずっと一緒にやっていたわけじゃなくて、あの頃に戻ってきた感じなんですね。

しんしん:
そうなんです。夏に復職しているので、その頃ちょうど教材制作が進んでいて、病院でも「ウイルスバトルゲームを作っているらしい」という話が出ていました。なぜか復職してすぐのはずなのに、家でウイルスバトルゲームをやるという(笑)。

小倉:
そう。その頃から、しんしんはすごかったんですよ。日々の病理診断はもちろん丁寧なんです。私たちの仕事って、1日の流れがだいたい決まっていて、午前中はそれぞれ担当症例を見て診断するんですね。当時のしんしんは、まだ病理専門医を取る前の段階だったので、午後になると、私が若手の先生たち全員の診断をチェックするんです。だいたい午後2時とか3時から始めて、2時間くらいかけて全員分を見る。その中でも、しんしんは本当に誠実で、何事にも一生懸命でした。でも、それだけじゃなくて、私が「今、教材を作っていて、ウイルスバトルのカードゲームも作っているんだ」と言うと、しんしんが手作りでカードを作ってくれて。自宅で、救急医の旦那さんと一緒にテストプレイしてくれるんですよ。「先生、この点数設定だと、いつもウイルスが負けちゃいます」とか、「人間側が負け続けちゃいます」とか、そういうフィードバックをくれて。

QUIM:
そうですよね。僕もその頃にしんしんと会っていて。その前から小倉さんの本に出てくるんですよね、しんしんって。パンダのマークで

パンダのしんしん

小倉:
あれっていつだっけな。私があの本を書いたのは2019年かな。

しんしん:
たぶん私がお休みしている頃に先生が書かれていて。ただ、私は研修医の時にも病理を回っていたので、「研修医から病理医になります」みたいなキャラクターで登場させていただいたんだと思います。

QUIM:
パンダなんだなあって思ってたんですよ。

小倉:
やっぱり、しんしんの名前からね。

QUIM:
ああ、名前がしんしんだからか。

小倉:
そうそう。

QUIM:
それで、ゲーム作りとかになると、すごく動いている感じがあったんですよね。当時は今みたいに密接に一緒に仕事していたわけじゃないけど、「しんしん、すごい動いているな」っていうのは外から見ていても分かりました。

小倉:
そのイメージは、外から見ていても分かったんですね。一生懸命やっている感じが。

●「發知先生を連れて行きなさい」
小倉:
やっぱり仕事ぶりを見ていて思ったんですけど、私のところにはそれまでしんしんの先輩にあたる病理の先生たちが5、6人いて、みんなそれぞれ性格も違うし、病理に対する思いも違うし、将来的にどういうキャリアを歩みたいかも違っていたんです。
だから私は、そこに関してはあまり意見を持たないようにしていて。とにかく基礎固めだけしっかりやってもらえれば、あとはその人が自分の力でいろんなところへ行けるだろうと。私は基礎固めのお手伝いをするだけでいいと思っていたんですね。
だいたい3年くらい経つと、本郷へ研究に行ったりして、「頑張ってね」という感じで送り出していたんですけど、ちょうどその頃、MEdit Labを立ち上げる話になったんです。
2年間、経産省の未来の教室 STEAMライブラリー事業に参画していて、3年目になった時に経産省から「自走してください」と言われたんですね。自分たちでMEdit Labをもっと発展させていってください、と。ただ、お金は出ませんという話になった。
それで、その当時の院長だった児島邦明先生に、「せっかく2年間やってきたし、動画もたくさん作ったし、医学教育みたいなものを発展させていきたいんですけど、どうしたらいいですかね」と相談したんです。
そしたら児島先生が、「今、学長特別補佐をされている木南英樹先生に相談に行きなさい」と。しかも「僕から木南先生に連絡しておくから、小倉先生は直接説明に行きなさい」と、すごく具体的に指示をくださったんです。
それですぐにアポイントを取っていただいて、木南先生に会いに行くことになったんですけど、その時にまた児島先生からメールが来て、「發知先生を連れて行きなさい」と。

QUIM:
それ、知らなかったです。

しんしん:
私も知りませんでした。

小倉:
そうなの(笑)。私も「えっ?」と思ったんだけど。「小倉だけでもいいけど、木南先生との話を第三者として聞いてくれる先生もいた方がいいから」って言われてね。それで、じゃあしんしんにお願いしようと思って、一緒に来てもらったんです。
木南先生に、これまでやってきたことや、経産省から自走を求められていることを説明して、「大学として支援していただけませんか」と相談したら、そこに土田さんも同席されていて。
土田さんが「先生方の活動は見ていましたよ」と言ってくださって。すると木南先生が「土田君、全部任せるからサポートしてあげなさい」とおっしゃってくださったんです。そこから活動費の話なんかも含めて、大学として支援していただける流れがトントンと決まっていったんですね。
ただ、その時の私としては、しんしんにそこまで頼んでいいのかな、という思いもあったんです。だって、私のやっている医学教育活動って病理とは全然違うじゃないですか。

QUIM:
しかも、ある意味ボランタリーな部分もありますしね。

●おしゃべり病理医の愛の告白のゆくえ
小倉:
そうなんです。普通なら病理の研究をやるわけですよ。臓器の研究をしたり、病理学の研究をしたりするのが王道ですから。
だから、しんしんだってそういうことをやりたくて入局しているかもしれない。無理にこっちへ引っ張り込むことはできないなと思っていたんです。
ただ、それまでの先輩たちを見ていて、この人たちはきっと病理の研究をやりたいんだろうな、というのが分かっていた。でも、しんしんはもしかしたら医学教育に興味を持ってくれるかもしれない。それに、すごく楽しそうにコミットしてくれていたから、もしかしたら特性にも合うんじゃないかなと思ったんです。
それで、ちょっと勇気を出して、「MEdit Labを一緒にやってくれないかな」とお願いしてみたんです。

QUIM:
どうでした、その告白は。

しんしん:
たぶん私が覚えている限りだと、直接口頭ではなくて文章でお誘いをいただいたんです。なので、先生の葛藤みたいなものは、その当時はそこまで分かっていなくて。後から思うと、文面にも「無理強いはしたくない」とか、すごく気を遣って書いてくださっていたなと思うんですけど、その時はそこまで深くは分かっていませんでした。
でも、STEAM Library事業の初年度は、主にウイルスバトルのところだけ関わらせていただいていて、2年目は対談形式のコンテンツだったので、先生がやっていらっしゃることは知っていたけれど、そこまで深く携わってはいなかったんですよね。
ただ、それと並行して病理診断セミナーをされていて、MEdit Labが始まる前からいろいろな高校に出張授業へ行く活動をされていました。私もそこに一緒に参加させていただいたりしていて、それがすごく楽しかったので、結構二つ返事でお受けしたと思います。

QUIM:
そうだよね。ちなみにウイルスバトルゲームというのは、今はカードゲームにもなっているやつで、MEdit Labがゲーム作りを始めるきっかけになったゲームなんですよね。
病理診断セミナーというのは、高校へ行って病理のことを講義して知ってもらう活動ですよね。そういう過程の中で、医学教育も面白いなと思うようになったんですか。

しんしん:
そうですね。

QUIM:
小倉さんがおっしゃったみたいに、もともとは臓器に関心があって病理に入ったわけだけど、教育の方に行くことに抵抗はなかったんですか。

しんしん:
そこは難しいところなんですけど、私はもともと「研究者になりたい」と思って病理学講座に入ったわけではなかったんです。
私が進路を決める時に大きかったのは、小倉先生であったり、あるいは松本先生であったり、私たちのさらに上の先生方なんですけど、その先生方は一つの臓器だけではなくて、本当にいろいろな臓器をご覧になりながら病院の第一線で働かれていたんですね。
私はそういう先生方を見て進路を選んでいるので、たくさんある臓器の中から一つを選んで研究していく、というところに、実は今もそこまで強いモチベーションがあるわけではないんです。

QUIM:
なるほど。そっちの方がマジョリティなんですよね。

小倉:
普通はそうだね。どんどん専門化していって、研究をやって、病理の世界を深めていくというのが王道だから。

●病理医からゲームデザイナーへ? “しんしん”が選ばれ続ける秘密とは
QUIM:
でもまさかゲーム作りをするとは思わなかったよね(笑)。

小倉:
そうだよね(笑)。

QUIM:
病理医がゲームデザイナーになるとは。

小倉:
そうそう(笑)。

QUIM:
小倉さんは少しそういう感じはある。その時その時で面白そうなことに飛び込んでいく感じがある。ゲームもそうだし、その前に編集学校にも入っているし。

小倉:
私はね、しんしんって、病理医としての能力ももちろん高いんだけど、それ以上にいろいろなことに誠実なんですよ。それから、物事をすごく俯瞰して見られる。
今までの病理医って、もちろんみんな優秀なんだけど、一つの臓器とか一つのテーマに対して深く潜っていくタイプが多いんです。でも、しんしんは少し違っていて、もっと広い視野で物事を見られる。
私はだんだん見ているうちに、この人は研究者タイプというよりマネジメントタイプなんじゃないかと思うようになったんです。これから教授になるとか、講座を運営するとか、そういう立場になった時には、人の特性を見極めて適材適所で配置したり、お金を集めたり、組織をまとめたりする力が必要になりますよね。
しんしんはそういう力を持っている人だと思ったんです。だから編集学校も向いていると思ったし、「やってみたら?」って勧めたんです。
実はもう一つあって。私、病理をやりながら臨床検査課長もやっていたんですけど、それもしんしんに譲ったんです。私のボスだった松本先生が定年退職されることになって、そうすると病理診断科長が私に回ってくる。でも病理診断科長と臨床検査課長は兼務できない。
じゃあ誰が臨床検査課長をやるんだ、という話になった時に、児島先生に相談したんです。いろいろな先生の名前を挙げたんですよ。でも全部「ダメ、ダメ、ダメ」って言われる(笑)。それで最後に、「發知詩織先生はどうでしょうか」と聞いたら、「發知君ならいいよ」って二つ返事だったんです。

QUIM:
それって、さっきMEdit Labの立ち上げの時に「發知先生を連れて行きなさい」って言った院長先生ですよね。

小倉:
そうそう。児島先生。

QUIM:
やっぱり、よく見ているんですね。

小倉:
児島先生はね、本当によく人を見ている先生なんです。私が学生の頃からずっとそうでした。

しんしん:
院長先生には研修医の頃からお世話になっていて。病院全体ではドクターが200人くらいいるんですけど、そのうち30人くらいが研修医なんですね。それでも院長先生は研修医一人ひとりにすごく目を配ってくださっていました。2か月に1回くらい面談があって、「今月は何を勉強しましたか」「何が印象に残りましたか」みたいな話をする機会があったんです。もちろん30人以上いるので短い時間ではあるんですけど、それでも一人ずつ時間を取ってくださっていて。

QUIM:
そうなんだ。

小倉:
児島先生は本当に学生や研修医が大好きだったんですよ。私が学生だった頃からそうでした。だから、たぶんしんしんのこともよく見えていたんだと思う。
私としては、MEdit Labもお願いしているし、その上で臨床検査課長までお願いするのは負担が大きすぎるんじゃないかと思っていたんです。私自身も30代で臨床検査課長になったので、その大変さはよく分かっていましたし、お子さんもまだ小さい時期でしたから。でも、いろんな先生の名前を挙げても全部ダメと言われるので、「ああ、これは發知先生と言ってほしいんだな」と途中で気づいたんです(笑)。それで「發知詩織先生はどうでしょうか」と聞いたら、「いいよ、發知君で」と。だから私以上に、児島先生にはしんしんの適性が見えていたんじゃないかなと思います。今は臨床検査課長として、本当に何十人ものスタッフをまとめていますけど、私よりもうまくやっていると思います。

QUIM:
すごいなあ。やっぱり初対面の印象だけじゃなくて、その人の人間性みたいなものが出ているんでしょうね。僕も最初に会った時から、しんしんってすごく柔らかい雰囲気があったし。小倉さんも、ある意味そこにロックオンされたわけですよね(笑)。

小倉:
そうだね(笑)。

●順天堂大学の屋根瓦方式 人を育てる組織文化
QUIM:
今日のお話は、順天堂の内部事情もかなり詳しく出てきた気がするんですけど(笑)。でも、小倉さんの代からしんしんの代へ、みたいな連続性も見えてきましたし、その中でMEdit Labがどう立ち上がってきたのかも分かりました。それから、しんしんが病院の中でどういう役割を担ってきたのかも見えてきましたね。

小倉:
確かにだいぶ詳しく話しましたね(笑)。でも、うちの病院って、屋根瓦みたいな文化があるんですよ。下の人をしっかり教える。そして教えることが自分の学びにもなる。別に誰かが明文化しているわけではないんですけど、そういう文化というか伝統みたいなものがあるんです。
私自身も児島先生に本当によくしていただいて。だから私が練馬病院に入職する時も、児島先生が院長でいてくださるというだけで安心だったんです。私は下の子を出産して、3か月後に練馬病院で働き始めたんですけど、初日に児島先生がわざわざ会いに来てくださって。「おぐちゃん、練馬病院へようこそ」って言ってくださったんです。そういう先生だったんですよ。
人をよく見て、その人の適性に合わせて役割を与えていく。そのマインドは、今も病院の中に残っているんじゃないかなと思います。

しんしん:
そうですね。誰か一人だけが頑張るというよりは、教育も含めてみんなで支えていく文化があります。学生も研修医も多い病院なので、「若いから教育に関わらなくていい」ということではなくて、中堅は下を教えるし、その中堅をさらに上の先生方が見守る。本当に屋根瓦のような形になっていると思います。病院の規模としてもちょうどそれが機能しやすいサイズなのかもしれません。そういう意味では、その文化をかなり体現できている病院なんじゃないかなと思いますね。

QUIM:
しんしんって、やっぱり好奇心が強いんですかね。

しんしん:
そうかもしれないですね。

小倉:
そこにすごくシンパシーを感じるんですよ。病理だけにとどまらず、教育もやるし、ゲームも作るし、編集学校にも行くし。それって、これからの医者に限らず、いろんな仕事に必要な資質なんじゃないかなと思うんです。それに、好奇心だけじゃなくて、何でも一回やってみるフットワークの軽さもありますよね。それは本当にある。案外、医者ってそういう人は多くないんですよ。というか、一般的にもそうだと思う。だから私は本気で、神様が私に与えてくれた人材だと思っているんです(笑)。

しんしん:
照れますね(笑)。

QUIM:
その話はまた別の機会に聞きたいですね(笑)。でも僕も順天堂に関わらせてもらっていて、こういう好奇心のある人をちゃんと見つけて、抜擢して、活躍できる場所をつくっているのはすごくいいなと思います。もし研修先を考えている方がいたら、順天堂練馬病院、いいんじゃないですか。

しんしん:
ぜひお待ちしています(笑)。

QUIM:
ということで、今回はこの辺で。また次回お願いします。

小倉:
ありがとうございました。

しんしん:
ありがとうございました。

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