おしゃべり病理医のMEditラジオ COLUMN
MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第9回放送は、「ゆるっとMEdit」、通称「ゆるメディ」をお届けします。
今回は、おしゃべり病理医・小倉加奈子、編集者QUIM、そして“しんしん”こと發知詩織さん(「おでかけしんしん 診療すごろく」連載中)の3人で、話題の2冊――宮野真生子×磯野真穂『急に具合が悪くなる』と、西加奈子『くもをさがす』を取り上げます。
カンヌ受賞で映画化も話題の『急に具合が悪くなる』。
……でも、この「哲学者と人類学者による往復書簡」、いったいどうやって映画になるの?
がん、告知、選択、日常、怖さ、ユーモア、そして「不運」と「不幸」の違い。
医師として、読者として、一人の人間として――3人がそれぞれの立場から、人生を賭けて紡がれた“爆スゴ刺さりまくる言葉たち”を語ります。
おしゃべりの内容は、
・祝・カンヌ受賞『急に具合が悪くなる』、でもこの原作どう映画化するの?
・がんは本当に、「急に具合が悪くなる」
・「選ぶ」ことに疲れる患者たちと、医療のリアル
・毎日の「おはよう」の先にある、ぼんやり共有された未来
・西加奈子『くもをさがす』が、めちゃくちゃ読みやすい理由
・カナダ医療、想像以上にワイルドだった件
・「自立する」とは、人に頼れることかもしれない
・出発点は「怖い」――誰かに読まれるためではなく書かれた言葉
・「不運」と「不幸」は同じじゃない
などなど。
重いテーマの本なのに、なぜか笑えて、なぜか読み進めてしまう。
そして読み終わる頃には、「がんの本」を読んでいたはずなのに、いつのまにか「自分の人生」のことを考えている――そんな回になりました。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs
▼チャプター
・祝・カンヌ受賞『急に具合が悪くなる』 でもこの原作、どうやって映画化するの?
・がんは本当に、「急に具合が悪くなる」
・ポップな表紙とイラストの意図とは? されど、急に読むのはつらくなる
・毎日の「おはよう」の先には「お互いがぼんやりと共有している未来がある」
・カナダ人の話し言葉がなぜか関西弁(笑) 『くもをさがす』がめちゃくちゃ読みやすい理由
・医師も驚くカナダの医療事情! カナダで治療すること自体を丸ごと描いた面白さ
・「自立する」とは、人に頼れることかもしれない
・出発点は「怖い」だった 誰かに読まれるために書いたわけではない
・「不運」と「不幸」は同じじゃない
▼全文公開
●祝・カンヌ受賞『急に具合が悪くなる』 でもこの原作、どうやって映画化するの?
QUIM:
こんにちは。今回はですね、”しんしん”こと發知詩織さんの「人生いりょいりょ」を収録したので、配信がこっちが先かもしれないし、後かもしれないんですけど、その流れで、そのまましんしんに「ゆるメディ」にも入っていただいております。では、ご挨拶をお願いします。
しんしん:
發知詩織です。皆さん、よろしくお願いします。
QUIM:
お願いします。はい、今日の「ゆるメディ」なんですけども、取り上げる本は『急に具合が悪くなる』(晶文社)という本です。今、映画が話題になってますよね。カンヌ国際映画祭で主演女優賞もあって、すごい話題になっています。それで、映画もやるなっていうことで、この本を選んだんですけど……。
ただ、この原作と映画、今もう予告も見られるようになっていて、全然違うというか、そもそも「これをどうやって映画化するんだろう?」って思ったんですよ。
小倉:
これは2019年に初版が出ているんですよね。9月に出ていて。私ね、2022年の時に11刷になっていて、その頃買ってるらしいの。この時、読んですっごい面白かったんですよね。哲学者の宮野真生子さんと、人類学者の磯野真穂さんの往復書簡で、宮野さんががんという話なんだけど。
その後に「映画化決定」っていう帯がついたんですよ。しんしんが今持ってる本も映画化決定帯になってるんだけど。それを本屋さんで見かけた時に、「この本、この往復書簡をどうやって映画にするの?」って思った。
QUIM:
そうなんですよね。普通、映画化って、小説が映画化されるとか、キャラクターが出てきて……って、ある程度想像つくじゃないですか。でもこれね。もう一回本について、ちゃんと説明すると、哲学者の宮野真生子さんと、人類学者の磯野真穂さんの往復書簡なんですね。宮野さんが、「急に具合が悪くなるかもしれない」がんの転移を告知されて、そこから二人の書簡が続いていく本なんです。それを濱口竜介監督が今度映画にした。
僕、今映画のチラシ持ってるんですけど、ヴィルジニー・エフィラさんと岡本多緒さんが出てるんですね。しかも舞台がパリなんですよ。チラシを読むと、「国籍も言葉も超えた人生で、たった一度きりの魂の解放――」みたいな感じで。3時間16分で長い映画なんですけど、介護施設で理想のケアを探求するマリーと、がん患者であるもう一人のマリー。同じ名前を持つ二人が出会って、友情を超える絆を結ぶ物語。繰り返しになりますが、原作は、がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場を調査してきた人類学者による20通の往復書簡。でも映画では、主人公をフランス人と日本人に置き換えて、全く新しい物語がパリを舞台に展開する。原作を流れるエッセンスを取り込みながら、自分たちを取り巻く社会と、この世界で生きることを描き出す――という作品みたいです。
濱口竜介さんといえば、『ドライブ・マイ・カー』が有名ですね。日本映画を代表する監督なので、これは相当楽しみなんですけど、まあ、映画の内容はまだこれ以上わからないので。でも、だいぶ違うストーリーになってそうだから、本を読んだ上で、「どう翻案されたのか」を見るのも面白そうですよね。で、『急に具合が悪くなる』、みんな読みましたよね。どうでした?
●がんは本当に、「急に具合が悪くなる」
小倉:
私ね、3年前に読んだので、昨日ちょっと再読したんですけど。まず、このタイトル――「急に具合が悪くなる」っていうのが、とても、なんていうか、うまいっていうか。本当に急に具合が悪くなるんですよ、がん患者さんって。
末期と言われていて、体のあちこちに転移していても、本当に動けなくなるのって最後の1か月とかだったりする。急に来るから、家族も、その「急に具合が悪くなる」ことについていけない。宮野さんにドクターが何て言っているかというと、「急に具合が悪くなるかもしれないから、ホスピスとか考えておいてください」って。肝臓にたくさん転移していて、人によっては数週間で亡くなる場合もある――って。それについてどう受け止めたか、ということが書かれているんだけど。
私とか、しんしんとか、ドクター側の人間って、患者さんに直接こういう話をすることはあまりないんだけれど、でも病理診断していると、「この人は再発率が何%あります」とか、「この薬を使うと再発率を何%下げられます」みたいな話につながるんですよね。だけど、こういう確率の話って、すごく難しい。
例えば、自分が言われたとして、「生存率が何%アップします」って言われても、実感できなくない? そのあと、「どうしますか? その薬、使いますか? 使いませんか?」って決めなきゃいけない。インフォームド・コンセントっていって、説明と同意が大事だから、ドクターは律儀に、エビデンスとして説明するわけ。でも、この本には、受け手の患者さんの気持ちがすごく書かれていて。「選択することに疲れる」って出てくるんですよ。本当に、どんなにがん治療が進歩しても、残されているジレンマとか難しさが凝縮されている。それが第一印象でした。
QUIM:
しんしんは読んでどうでした?
しんしん:
読みました……最後ちょっとまだ残ってるんですけど(笑)。今、小倉先生がおっしゃった、ドクターが登場するところまで読んでいて。今の時代だからこそ、医師が言えること、言えないこと、言っておかなきゃいけないことってある。私たちは医者目線で勉強してきたし、研修医教育でもそう学んできていて、主治医の先生の言ってることがすごくわかるんです。
だからこそ、今って、医師が「こうしなさい」っていうより、「患者さんと一緒に決めましょう」が良いとされる時代じゃないですか。その中での患者さんの葛藤が、すごく事細かに書かれている。しかも宮野さんって、すごく論理的に考える方だから、自分の悩みさえも分析していく。それを読んで、「患者さんにどう向き合っていくのがいいんだろう」って、改めて考えさせられました。
QUIM:
こういう本って初めてですか? 患者さんの側から、こういう葛藤を、しかも哲学者だから言葉を細やかに書いていくっていう。
小倉:
まあ、この手の本――闘病記的な本ってありますよね。だけど、多分これ、往復書簡になってるからかな。磯野さんっていう、ちゃんと聞き手が決まっている中でのやり取りだから、本人も気づかなかった自分の心情に気づけてる部分があるんじゃないかな。だから、より精緻なんだよね。お互いの葛藤とか、がん患者さんの友達っていう立場、サポートする側の気持ちも書かれているし。
●ポップな表紙とイラストの意図とは? されど、急に読むのはつらくなる
QUIM:
そうなんだよね。これ、予備知識なしで読むと、最初プロフィールのところに、チーターとライオンのポップなイラスト(藤原なおこさんのイラスト)があって、可愛いんだよね。「あれ? なんだろう、この本」って感じで始まるじゃない。
宮野さんって、哲学者で、不確定性とかリスクとか、九鬼周造とか、そういうテーマをやってる人なんだな、と思って読んでいくんだけど,これ、まあ言ってもいいと思うけど、最後に宮野さん、亡くなるじゃないですか。
途中でそれが分かった時に、ちょっと読むの辛いなと思ったんですよ。「ああ、そうか、このゴールに向かって読んでいくのか」って。しかも磯野さんも、それに対して言葉を返していくわけで。相当大変なことじゃないですか。
信頼関係ができていれば、多少、自分の意図と違うことを言ってしまっても修正できるけど、そうじゃないと、本当に言葉をかけにくい。「どう言葉をかけていけばいいのか」っていうやり取りも書かれている。しかもこの二人、出会ってから一年も経ってないんだよね。
小倉:
そうそう。
QUIM:
実際、五回くらいしか会ってない。そういう二人のやり取りっていうのが、すごいなと思いましたね。
小倉:
でも、装丁が可愛らしいじゃない。あと、磯野さん、最後の方までずっとシビアな話ばっかりしてるわけじゃなくて、すごくくだらないLINEのやり取りとかもしてる。でも、それって、多分リアルなんだよね。がん患者さんの日常って、そんなにシビアな話ばっかりしてるわけじゃない。
どこかで、自分の病気をメタで見て、ちょっとちゃかすというか。「急に具合が悪くなるんだってさ」みたいな。そういうところがないと、やりきれないと思うんですよ。うまく言えないんだけど、がんに限らず、災害とか戦争とか、超過酷な状況に陥ったときって、人間ってユーモアみたいなものだけがよりどころになるんだろうなって思うことがある。だから、この本の可愛らしい装丁も、あえてなのかなって。
タイトルも、フォントも可愛いじゃん。もし真面目な明朝体で「急に具合が悪くなる」って書いてあったら、結構手に取りづらいと思う。しかも途中で「宮野さん、亡くなるんだ」って思って読んでいくのって、もっと読者への負荷が大きくなる。でも最近、どこかに可笑しみみたいなものがある闘病記って、少しずつ増えている気がしていて。より深刻だからこそ、そういう表現しかできないことってあるんだろうなって思います。
●「選ぶ」とは何か?――自己責任ではなくて、自分を変容していくこと
QUIM:
本当にいろんな人に読んでほしいなって思いますね。もちろん、もうすごく売れてる本ではあるんだけど。すごく読みやすいんだよね。二人の言葉と、信頼関係が伝わってくる。で、患者さんって、がんで亡くなると分かっている相手だと、別にそんなつもりじゃなくても、いつの間にか「かわいそうな人」にしてしまうことってあるじゃない。
でも宮野さんは、「私は自分のことをかわいそうだと思ったことはない」って、はっきり言う。そういうやり取りもある。それで、この中で僕が一番グッときたのが、「選択する」ってどういうことなんだろう、っていう話。これ、すごく考えるんですよ。
普通、「自分で選びなさい」って言われると、「じゃあ責任もあなたが取りなさい」って話になるじゃないですか。でも、この本では違う。責任を取るってことじゃなくて、選んだことで、自分が変わっていく。 そのことの方が大事なんだっていう。九鬼周造の哲学とか、偶然性の問題とかが出てくるんだけど、「選ぶって何?」って、よく考えるから、すごく刺さりましたね。
小倉:
わかる。私、付箋いっぱい貼ってたんだけど、昨日読み返していて、「選ぶの大変」「決めるの疲れる」っていう箇所が出てきて。そうだよなあって。だって、自分のことだから、間違ったものを選んじゃいけない、みたいなプレッシャーもかかる。でも、「間違い」って何?っていう話でもある。人生って、選択の連続だし、選んだことで変わっていくっていうのは、本当にそうだと思う。でも、究極の選択を突きつけられる人の日常っていうものが、本当に書かれていて。考えますよね。
しんしん:
でも、その「がんがある自分」が特別な存在ではない、みたいなところも何回も出てくるかなと思っていて。そこが私はすごく考えさせられました。「がんが治ったら一番何をしたいですか?」っていう質問に違和感を覚える、っていう話があるじゃないですか。
でも、それって、がん患者さんに限らず、自分で自分に制限をかけてしまうことって、日常のどこにでもある。急に具合が悪くなる、って言われたことで、それがたまたま顕在化しただけなんじゃないか、みたいな。だから、自分の人生とか、選択とか、行動とかを思い返して、「今後どうしよう」って、ちょっと考えながら読んでいました。
●毎日の「おはよう」の先には「お互いがぼんやりと共有している未来がある」
QUIM:
いや、すごいことだよね。がんになった時って、「もう死ぬかもしれないんだから、どうしますか?」みたいなことを当然のように言われるじゃない。「死ぬまでにやりたいことリスト」とか聞かれたりする。もちろん、良かれと思って言ってる部分もあるんだけど。でも、「なんで私は、その問いを受けなきゃいけないの?」っていう感覚もあるわけだよね。
小倉:
でも私たちも、ある意味、致死率100%だから。問題は、それが30年後に設定されているか、3か月後に設定されているかの違いなんですよね。この本の中では、日常についてもすごく書かれていて。
私、すごく印象に残ったのが、「おはよう」っていう一言だけでも、その先に、お互いがぼんやりと共有している未来がある、っていう話。151ページに書いてあるんだけど。本当にそうだよなって。私たちって、何気なく、「今週の予定は?」とか、「来月どうする?」とか考えてるけど、がん患者さんって、2か月後の予定を考える時にも、常に死が身近にある。
だから、読んでいると、「末期がん患者さんを学ぶ本」というより、「今の私の日常って、こういうものだったんだ」っていうことを再認識させられる本でもある。宮野さんと磯野さんから、今の自分の認識を教えてもらえる感じ。
QUIM:
全くそうだよね。自分とは関係ない「がん患者さんの人生の本」じゃなくて、自分に引きつけて読める。
しんしん:
こういう体験記って、「もし自分がそうなったら」っていうモードで読み始めることが多いと思うんですけど、この本は、そうじゃなくて、「今の自分」に結構来るんですよね。
●カナダ人の話し言葉がなぜか関西弁(笑) 『くもをさがす』がめちゃくちゃ読みやすい理由
小倉:
最近これも読んだんですよ。西加奈子さんの『くもをさがす』(河出文庫)。
QUIM:
あ、これね。

小倉:
もうちょっと前に単行本で出ていて、その時も気になってたんだけど、なんかその時は、私が読むタイミングじゃなかったのかな。で、今年4月に文庫版が出たんです。西加奈子さんは、カナダに住まれている時に、がんになるんですね。
QUIM:
語学留学してたんだよね。
小倉:
そうそう。それで、がんになった時のことをノンフィクションとして書いてあるんだけど、すっごい良かったです。まずね、とにかく西加奈子さん、文章がすごい。読んでいてストレスなく、その当時の心境とか、コロナ禍のカナダの状況とかが入ってくる。
家族とか友人がどう支えてくれたとか、何を言ってくれたとか、そういうこともいろいろ書かれているんだけど、とにかく文章がうまいから、するする読める。あと面白いのが、カナダ人は当然英語をしゃべってるんだけど、全部関西弁になってるの(笑)。
QUIM:
そうそう(笑)。インタビュー読んだら、「自分にはそういうふうに聞こえてきた」って言ってましたね。最初、なんでみんな海外の人が関西弁なんだろうって思うじゃない? でも、自分の中ではそう聞こえてたんだって。
小倉:
闘病記なんだけど、西加奈子さんの底抜けの明るさというか、すごくポジティブなところに救われる。読んでて元気づけられるんですよ。こんなに勇気づけられる闘病記もないなっていうぐらい。
●医師も驚くカナダの医療事情! カナダで治療すること自体を丸ごと描いた面白さ
小倉:
乳がんなんだけれども、家族性のBRCA2かな……遺伝子異常が見つかって、両側乳房切除もするし、リンパ節にも転移していて、抗がん剤もやっている。トリプルネガティブ乳がんなんですよね。結構悪性度の高い乳がん。
どういう抗がん剤を使っているのかも、しっかり書かれている。私たち、乳がん診療って日常的に見ているので、「ああ、トリプルネガティブか……」って、病理診断しながら思うこともあるんですよ。「まだお若いな」とか思いながら。だから、「あ、西さん、トリプルネガティブだったんだ」っていう感じで読んでいて。非常に正しく書かれているなって思いました。あとね、カナダの医療事情が、日本と全然違う。まず、日帰り手術だったりするんですよ。両側乳房切除なのに。
QUIM:
日本じゃありえない?
小倉:
ありえないですね。しかも、手術すると、出血とかあるから、普通はドレーンっていうチューブを入れるじゃないですか。血液を外に出すための管。日本なら、ドレーンが抜けるまで入院が当たり前です。乳がんなら早くて一週間くらい。でもカナダは恐ろしいことに(笑)、日帰り手術で、起きたらドレーンついたまま帰されるの。
しんしん:
えっ……。これ、私まだそこまで読めてないんですけど、どうするんですか?
小倉:
なんとね、排液タンクの交換方法を教えられるの。ドレーンから血液が出てくるでしょう? それがタンクに溜まるじゃない。その交換方法を伝授される。「カナダ医療ってこんななの!?」って。
QUIM:
そうそう。これ面白いのが、乳がんだけの話じゃないんですよ。西加奈子さんがカナダ、バンクーバーで暮らしていて、子育てもしていて。医療事情だけじゃなくて、教育とか、文化差とか、コロナ禍とか、さらにウクライナ戦争とか。いろんなことを織り交ぜながら書いている。その辺もすごく面白い。
しんしん:
単なる闘病記っていう切り口だけじゃなくて、いろんな目線があるんですね。
小倉:
本当にそう。日本の状況と対比して読むと、「結構ワイルドだな、カナダ……」って思ったり(笑)。
●「自立する」とは、人に頼れることかもしれない
QUIM:
あと、この本、本がいっぱい出てくるんだよね。引用がすごく多い。黒字で引用が入ってきて、西さんが「ここだ」っていう一節を持ってきてるんだけど、これがすごくハマってる。いずれ取り上げる予定のマギー・オファーレル『ハムネット』(新潮社)も出てくるし、本当にたくさん読んでる。
小倉:
引用されてる本をまた読みたくなる。次の本に行きたくなるんだよね。
QUIM:
あと、西さんって、人を必ず一人ひとりを名前を出して紹介しながら描くんだよね。たくさん人が出てくるんだけど、誰も「群衆の一人」にならない。「こういう人」「こういう人」って、ちゃんと紹介していく。その一人ひとりの話も面白い。
小倉:
あと、抗がん剤治療すると何が起きるかっていうディテールもすごい。鼻毛が抜けるとか。
QUIM:
陰毛が抜けるとか、臭いが気になるとかね。日常生活って、そういうこと気になるじゃない。
小倉:
そうそう。そういうことまで網羅されている感じ。情報量すごく多いんだけど、文章がうまいから読める。私ね、本当に西加奈子さん好きになった。それで思ったのが、「自立する」って、人に頼れることなんだなって。
西さんって、それを体現してる人なんですよ。いろんな人が手を差し伸べたくなる。でも、それって西さん自身がちゃんと自立してるからなんだと思う。日本人って、我慢しがちだし、人に頼るの苦手じゃない。でも、それだとダメなんだろうなって。こういう強さがあると、いろんなことを乗り越えられるんじゃないかって、すごく勇気づけられました。
●出発点は「怖い」だった 誰かに読まれるために書いたわけではない
QUIM:
西さん、テヘラン生まれなんですよね。その後、関西育ちで。ちょっと独特な背景なんだけど。本人も、「人に頼んで、断られても別にいい」っていう性格だって言っていて。そういうことを自然にやってる。
で、VOGUE JAPANのインタビュー(「表現、創作、芸術は絶対に必要。こんなに人を生かすものはない」──がんとの日々を綴った西加奈子が届けたかった物語)がすごく面白かったんだけど。なんでこの本を書いたかっていうと、病気になった時、自分が「怖い」って思ったからなんですよね。
でも、その「怖い」って、一言じゃ表せない。もっといろんなものがある。だから、それを書き残さなきゃいけないと思った。最初から出版しようと思って書いたわけじゃなくて、とにかく自分のために書こうと思った。それで書き終わってから、編集者に相談したっていう。出発点が「怖い」なんですよ。
小倉:
すごく正直に書かれてる本ですよね。
QUIM:
もともと、人に見せる前提じゃなく、手記みたいな形で書かれていたっていう話もありました。だからこそ、細かい気づきがある。文章力だけじゃなくて、観察眼もすごい。自分の細かな感覚とか気づきを、ちゃんと掬い上げて、書き留められる力がある。
小倉:
いや、すごいよね。それでね、この文庫版、だるまのイラストが入ってるんですよ。
QUIM:
西さん、絵も描くんだよね。
小倉:
そう。可愛い字でメッセージが書いてあって、しおりも入っていて、ちょっと絵本っぽい。闘病の本なんだけど、なんかすごくめでたい感じがする。ハッピーなんだよね。
QUIM:
本当に読みやすい。『急に具合が悪くなる』読んだあとって、結構ヘビーじゃないですか。だから『くもをさがす』、買ってはいたけど後回しになってたんだけど。でも、西さんは亡くなってないし、この前もテレビ出てたし(笑)。それもあって読み始めたら、止まらなくなった。急いで読んだけど、それでも深い重みも感じながら読めた。
小倉:
元気なくなった時に再読したいなと思いました。
しんしん:
私、電子書籍版なので、だるまカード入ってないんですよ。今ちょっと羨ましくなりました(笑)。
●「不運」と「不幸」は同じじゃない
QUIM:
そういえば、『急に具合が悪くなる』の宮野さんもそうだけど。二人とも、「自分ががんになって、不幸だと思ったことはない」って言うんだよね。このメンタリティっていうか。
小倉:
まだ、想像できないね。
しんしん:
『急に具合が悪くなる』の中で、「不幸」と「不運」は違う、っていう話が出てきますよね。その局面にないと、結構そこを混同してしまう。不運なこと=不幸、って全部イコールになってしまうけど、そうじゃないんじゃないかっていう。私は、それがすごく新しい見え方でした。
QUIM:
そうなんだよね。だから、言葉って使い方によっては、すごく乱暴にもなってしまう。そこは難しいところだけど。でも、言葉があるからこそ、こういう本が書けるということですね。今、旬ですし。両方、読んでいただきたいですね。はい、今日はこんなところで。しんしんも、ありがとうございました。
しんしん:
ありがとうございました。
小倉:
ありがとうございました。
▼「ゆるメディ」バックナンバー
●#001 MEditラジオ、始まります! 「人生いりょいりょ」とは? 55歳で医学部入学!?
●#002【ゆるメディ】月刊「たくさんのふしぎ」がすごい! 春をよろこぶ、みんなで踊ろう!
●#003【ゆるメディ】ずっと気になる人・伊藤亜紗さん 『体の居場所をつくる』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
●#005 ピンチはチャンスよ! ドリアン・ロロブリジーダさんとドラァグクーンの秘密【ゆるメディ】
●#009 “がん”は不幸? 人生を賭けて紡がれた、爆スゴ刺さりまくる言葉たち――映画化&文庫化の話題作『急に具合が悪くなる』『くもをさがす』【ゆるメディ】
▼タグ
#急に具合が悪くなる
#宮野真生子
#磯野真穂
#西加奈子
#くもをさがす
#乳がん
#晶文社
#河出文庫
#濱口竜介
投稿者プロフィール

-
メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。
最新の投稿
- 2026.06.01てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#009 “がん”は不幸? 人生を賭けて紡がれた、爆スゴ刺さりまくる言葉たち――映画化&文庫化の話題作『急に具合が悪くなる』『くもをさがす』【ゆるメディ】
- 2026.05.25てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#008 キャリアが先か、出産が先か――医学部女子と女医のリアルを語る おしゃべり病理医・小倉加奈子③【人生いりょいりょ】
- 2026.05.18てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#007 赤本なし、予備校なし、オールE判定で医学部受験!?(※決して真似しないで下さい)おしゃべり病理医・小倉加奈子②【人生いりょいりょ】
- 2026.05.11てゆーか医学 おしゃべり病理医のMEditラジオ#006 五月病の季節に『友だち幻想』と『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』【ゆるメディ】