おしゃべり病理医のMEditラジオ COLUMN
MEditLabのポッドキャスト番組「てゆーか医学」の第19回放送は、「ゆるっとMEdit」、通称「ゆるメディ」をお届けします。
今回は、8月15日の「終戦の日」を前に、「医療と戦争」について考えます。
取り上げるのは、いとうせいこうさんの『「国境なき医師団」になろう!』(講談社現代新書)をはじめとする、「国境なき医師団」を追い続けた一連のルポルタージュ。
戦争や災害の現場で、医療は何ができるのか。限られた医療資源のなかで、誰をどう救うのか。国や政治から距離をとり、「独立・中立・公平」を掲げる国境なき医師団は、いったいどんな組織なのか。
そして、医師でもジャーナリストでもない、いとうせいこうさんは、なぜ危険な現場へ足を運び、書き続けてきたのでしょうか。
おしゃべりの内容は、
・終戦の日に考えたい「医療と戦争」
・きっかけは「男のドクロ日傘」だった?
・「俺」の文庫と「私」の新書――文体によって変わる読書体験
・医師だけじゃない! 「国境なき医師団」になろう!
・DMATと順天堂――災害医療の現場では誰をどう救うのか
・「独立・中立・公平」という大原則
・日本人が国境なき医師団で働くためには?
などなど。
国境なき医師団の成り立ちをたどると、そこには「医療」だけでなく、「証言すること」「記録すること」「伝えること」が最初から組み込まれていました。
だからこそ、現場へ行き、一人ひとりの名前を記し、たわいもない会話や、自分自身の弱さまで書く、いとうせいこうさんのルポが効いてくる。
そもそも、編集者で、作家で、ラッパーで、テレビにも出て、みうらじゅんさんと仏像を見に行き、松岡正剛さんからは「日本にめずらしい多能主義者」と評された、いとうせいこうとは一体何者なのか――?
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
▼その他配信先
・Apple Podcasts:https://x.gd/LUfXT
・Amazon Music:https://x.gd/IArL6
・YouTube:https://youtu.be/LugicabIrXs
▼チャプター
・終戦の日に考えたい「医療と戦争」
・「男のドクロ日傘」から始まった
・「俺」の文庫と「私」の新書――文体の違いがつくる二つの読書体験
・『「国境なき医師団」になろう!』というタイトル
・DMATと順天堂――災害医療の現場では誰をどう救うのか
・独立・中立・公平という大原則ーーー信頼できる組織のつくりかた
・日本人が国境なき医師団で働くためには?
・世界最大の被差別部落、ロヒンギャをどれだけの人が知ってるか
・セイコー(いとうせいこう)からセイゴオ(松岡正剛)へ
・おまけ シリア難民とギリシャを描く映画『I Was a Stranger』
▼全文公開
●終戦の日に考えたい「医療と戦争」
小倉:
ごきげんよう。おしゃべり病理医の小倉加奈子です。この番組は、順天堂大学STEAM教育研究会、MEdit Labがお届けします。MCのパートナーは編集者のQUIM君です。
QUIM:
よろしくお願いします。今日は「てゆーか医学」の「ゆるっとMEdit」、ゆるメディで本を紹介したいと思います。今日紹介する本は、いとうせいこうさんの『「国境なき医師団」になろう!』(講談社現代新書)です。
8月15日は終戦の日です。8月というと「戦争の月」というふうに思われたり、さまざまな報道がなされたりすると思うんですけど、MEdit Labでも「医療と戦争」というテーマで何かできないかなと思ったんですよね。
8月15日というと、日本の戦前・戦後や戦地の話は多いんだけど、国境なき医師団の話は、現在起こっている戦争に対して医療が何をできるのか、という話です。この本はいつか取り上げたいと思っていて、今回紹介することになりました。
小倉:
私もちょっと前から、いとうせいこうさんが国境なき医師団に参加されているということは、驚きをもって知っていました。
QUIM君は今日、国境なき医師団に関連するいとうせいこうさんの本を何冊か用意してくださっているんだけど、私が読んだこれは、たぶん一番新しい本なのかな?
QUIM:
いや、それはたぶんシリーズの3番目かな。国境なき医師団シリーズみたいになっていて、全部、講談社から出ています。最初の本は2017年11月に単行本で出て、2020年に文庫化されているんだよね。
いま文庫が2冊あって、さっき紹介した『「国境なき医師団」になろう!』は講談社現代新書です。
小倉:
私は一番新しい本だと思って、『「国境なき医師団」をもっと見に行く』(講談社)を読みました。ガザのルポがかなりしっかり入っている本です。
QUIM:
読んでみて、どうでした?
小倉:
私はガザのことをニュースでいろいろ見聞きしている程度だったけれども、これを読むことで、実際に中でどういう状況が起きているのかを知ることができるのかなと思いました。
もう一つ気になったのは、なぜいとうせいこうさんが国境なき医師団に興味を持ったんだろう、ということです。
●「男のドクロ日傘」から始まった
QUIM:
きっかけは、いとうさんらしいというか。最初ね、いとうさんが「男の日傘を差そう」「男も日傘を差そう」ということを、かなり前からTwitterに書いていたんだよね。
小倉:
確かに、最近は普通だよね。こんなに暑いし。
QUIM:
僕もいまは堂々と日傘を差せますけど、いとうさんが「差そう」と発信していたら、ある傘メーカーが、いとうさんの提案したドクロ柄の傘を実際に作って売り出したんです。結構買う方もいらして、メーカーからいとうさんに「売り上げをどうしましょう」と連絡があった。いとうさんは提案者だけれど、自分は儲けるためにやったわけではないから、と。
小倉:
それで、「じゃあ寄付しよう」と。
QUIM:
そう。「国境なき医師団という団体がある」と知って、寄付しますと連絡した。そこで話を聞いたら、「これはすごい。なんでこんな団体を知らなかったんだろう」と思って、逆に「取材させてください」ということになり、このシリーズが始まった。
小倉:
なるほどね。寄付先として国境なき医師団を選んだことが、取材のきっかけだったんだ。
QUIM:
そうなんですよ。きっかけは日傘だったんですね。
小倉:
ただ、戦地の危険なところへ取材に行くわけだから、怖いじゃない? 万が一、巻き込まれることもある。ルポをしに行くときの恐怖感もきちんと描かれていて、ものすごい臨場感でした。
QUIM:
本当に、命の危険がありますよね。なるべく危険のないところへ行くことにはなっているんだけど、特にガザなんかは何が起きるかわからない。病院が攻撃されることもあるわけだから。
●「俺」の文庫と「私」の新書――文体の違いがつくる二つの読書体験
QUIM:
そういう中で取材している。この文庫本と新書の違いも面白くて、文庫のほうは主語が「俺」になっているよね。
小倉:
そう。結構イケイケというか、男っぽい感じ。
QUIM:
いとうさんは『想像ラジオ』のような文学や小説も書く人だから、文体をものすごく意識しているんだと思う。
新書のほうは、五所純子さんという編集者にかなりお任せしたようなんだけど、これまでに出した本や書いたものを五所さんがまとめていて、主語が「私」になっているんだよね。
小倉:
文庫のほうには「俺」が出てきて、ワイルドな感じ。
QUIM:
文庫には、いろんな雑多なことも書いてある。それをうまく削ぎ落として、新書として構成している。新書には、新書の雰囲気があるじゃない?
小倉:
わかる。知識を得るとか、事実をしっかり書くというところがあるよね。
QUIM:
入門向けだったりね。そういうことを意識して構成しているんだと思います。新書にも現地ルポがあって、ハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダ、南スーダンが出てきます。ただ、小倉さんが読んだガザのことは、ここには入っていない。
小倉:
そうか。ガザの本より先に、この新書ができているんだね。
私が読んだ本の生々しさや臨場感には、「俺」という文体も関係しているのかなと思いました。現地で会った人のことが細かく書かれている。大体、みんな怪我をしているんですよね。ひどいやけどや骨折を負った方たちの様子だけでなく、その人たちと交わした、たわいもない会話まで書いてある。
知識を得るために読むというより、いとうさんと一緒にそこへ没入していく、バーチャルリアリティのような本だと思いました。
QUIM:
そういえば、『「国境なき医師団」をそれでも見に行く――戦争とバングラデシュ編』には、最後に藤原辰史さんとの対談も入っているんだよね。
藤原さんといえば、前に小倉さんの誕生日に『ナチスのキッチン』(水声社)をプレゼントしたじゃない? 誕生日プレゼントに何を選ぶんだ、という話なんだけど(笑)。
学者の目からこの本を読む対談になっている。藤原さんは、いとうさんが患者さんと会ったときに目を合わせられなかったことなど、自分の弱いところも含めて描いている、と話していたんだよね。
小倉:
そういうことも書いてある。
QUIM:
うん。患者さんから「風呂に連れていってくれ」と言われたけれど、自分にはどうすることもできなくて、下を向くしかなかった、といったことも書いてある。
一人の人間がそこへ行って、何をどう見てきたかが、ものすごくリアルに描かれている感じがします。
●『「国境なき医師団」になろう!』というタイトル
小倉:
帯にある「同時代の〈世界のリアル〉を直視する」という言葉どおりですよ。サイエンスライターの竹内薫さんが帯を書かれていますけど、本当にそんな感じです。
私が読んだ『「国境なき医師団」をもっと見に行く』は、ガザがかなり描かれていて、写真もたくさん載っています。白黒なんだけど、松葉杖をついた女の子や、空爆に遭って何度も手術を受け、ただれたり、でこぼこしたりした皮膚を見せている少女など、痛ましい写真がたくさんある。
ただ、痛ましすぎて先を読めない、というのとは少し違うんですよね。うまく言えないんだけど、その距離感もすごくよく構成されている本なのかなと思いました。
国境なき医師団には、医師だけではなく、看護師やコーディネーターのような方もいる。食料を調達することだって、そういう場所ではすごく大変だよね。そこに関わっているすべての人に、リスペクトを感じずにはいられませんでした。
もちろん、痛ましい話はたくさん出てくるし、戦争に対する憎しみも込み上げてくる。ただ、国境なき医師団の方々がどんな思いで仕事をしているのか、何を話しているのかが丁寧にレポートされているから、その人たちの快活さに救われるんです。こういうふうに読んでいいのかわからないけど、私は、すがすがしい本だと思いました。
QUIM:
「かわいそう」というだけではないんだよね。そこに住んでいる方々の大変さはもちろんあるんだけど、スタッフについてもものすごく細かく書く。一人ひとりの名前を出して、その人が存在しているということを書く。
しかも、スタッフがものすごくやる気にあふれているんだよね。
小倉:
やる気にあふれてる。
QUIM:
「これが生きがいだ」「これ以外に自分のやりたいことはない」という人もいる。そもそも、ここに入ろうとする時点で、ものすごいモチベーションがあるじゃない? いとうさんが現地で会った人たちとの交流、その充実も本に書かれているんです。
新書の題名は『「国境なき医師団」になろう!』だけど、「国境なき医師団」と聞くと、医師にならないと参加できないのかなと思うよね。でも、小倉さんが読んだ本にも出てくるように、マネージャー、ロジスティシャンなど、いろんな仕事をする人たちが描かれている。国境なき医師団が医師だけではないということは、この新書にも出てきます。
小倉:
私は医学生に触れ合う機会が多いからかもしれないけど、受験生の話を聞くと、「国境なき医師団に憧れて、そういう人たちを救いたいから医師になりたい」というモチベーションで医学部を志す高校生がいるんです。ただ、看護師を目指す方からは、そういう話をあまり聞かないなと思っていて。
それから、そういう志を持っていた高校生が、医学部で6年間を過ごして卒業し、現在の日本の医師育成制度に乗っていくと、いったいどのタイミングで国境なき医師団へ行くんだろう、とも思います。
同じ医療従事者なんだけど、私の周りでは、国境なき医師団のメンバーにほとんど会わないんですよ。もちろん、働いている場所が全然違うということはあるけれども。
QUIM:
小倉さんは職業人としてすでに長いのに、それでも周りにいないし、国境なき医師団についても、まだよく知らないところがある。それくらい、日本の医療従事者にとっても距離があるものなのかもしれないね。
●DMATと順天堂――災害医療の現場では誰をどう救うのか
小倉:
国境なき医師団とはまた少し違うんだけど、これは災害医療に近いところがありますよね。医療資材が限られ、オペ室もきちんと確保されていない中で、どんな治療ができるのか。
それから、とても悲しい話だけれど、大勢の方が怪我をしている状況では、治療の優先順位を決めなければいけない。
QUIM:
トリアージですね。
小倉:
そう。救命が難しいだろうという人を黒、最優先で治療しなければならない人を赤、そのほかに黄色、緑というように分けていく。うちで一番近いのは、救急のドクターだと思います。順天堂大学医学部附属練馬病院の救急・集中治療科は、科長が副院長でもある杉田学先生で、災害医療がご専門です。
3.11のときもそうだったし、熊本地震や台風など、さまざまな災害で多くの方が亡くなったり怪我をしたりしたときに、現地へ向かい、瓦礫の下にいる方の救護や処置を行うんですよね。
日本にはDMATがあります。厚生労働省の管轄で、1995年の阪神・淡路大震災が創設のきっかけになりました。平時と同じ救命医療が提供されていれば救えたかもしれない、「災害死」と呼ばれる方がたくさんいた。ある一定の体制を準備して整えていれば、そういう方を救命できるかもしれないという背景から、DMATが創設されたんです。DMATも医師だけではなく、医師、看護師、事務職の方などがチームになります。
QUIM:
一緒に行動するんだね。
小倉:
順天堂練馬病院も何度かDMATを派遣しています。チームを組み、車で現地へ行って帰ってくる。過酷な場所だから、ドクターだけでなくチーム全体が疲弊するし、メンタル的にも大変です。複数のチームがあれば、交代で活動できる。そうした体制を国が整備しています。
国境なき医師団とはまったく違うけれど、平時ではない危機的な状況における医療を専門にしているドクターたちはいるんですよね。
QUIM:
小倉さんの周りには、DMATで活動する方がいるんですね。
小倉:
特に練馬病院では、救急の先生方ですね。DMATとは別に、国から国際緊急援助隊の医療チームなどに呼ばれて、海外へ派遣される場合もあります。最近もベネズエラで大きな地震があって、救急のドクターが派遣されていました。1か月くらい行っていらっしゃる。
●独立・中立・公平という大原則ーーー信頼できる組織のつくりかた
QUIM:
この新書には、国境なき医師団の組織についても、すごくコンパクトに書かれています。本の中でも、現地へ着いたスタッフに最初のブリーフィングをする場面がよく出てくるよね。
小倉:
「まずブリーフィングします」という時間が結構出てくる。
QUIM:
この新書そのものが、国境なき医師団についてうまくブリーフィングしてくれる本なんです。
国境なき医師団はフランスで始まりました。もともと赤十字にいた人たちが独立して立ち上げた。戦場へ医師が向かいたいときでも、政治的な理由で行けないことがある。政権や大統領が変わることで資金が打ち切られたり、「介入できません」となったりする。
困っている人がいるのに医師が行けないのはおかしいだろう、というところから始まったんです。
しかも面白いのは、医師とジャーナリストが一緒に立ち上げたことです。だから、いとうさんが行く必然性もそこにある。書く人が、現地の状況を伝えていく。「証言」することが組織の成り立ちに入っているんです。
一方で、政治と関わることで助けられない人が出てきてしまう。国からお金をもらうことは大事でも、そのために助けられない人が生まれてしまうなら、それをなくそうとする。だから活動資金の大部分を民間からの寄付でまかなっている。
そして「独立・中立・公平」という三つの原則を守る。日本からも個人の寄付がたくさん集まっていて、寄付額では上位に入るそうです。
【収録中、マイクが倒れる】
小倉:
あ、切れた? 大丈夫?
QUIM:
大丈夫、大丈夫。すみません、マイクが倒れました。マイクの部品がなくて、テープで止めてるんだよね(笑)。
小倉:
みすぼらしい(笑)。
QUIM:
ちょっと押さえながらやらないとだね(笑)。
小倉:
はい。押さえてお話しします。
QUIM:
政府や国連のような機関とは違う、ということもあるよね。政治的な理由で動けないことへの違和感があるし、私たちも募金するときに「ここでいいのかな」と迷うことがある。
そういう障壁をなくすために独立性を守っている。組織としてすごく健全だと思うし、そういう組織のあり方に惹かれてくる人たちの質も、すごく高いと感じます。
小倉:
とはいえ、大変な仕事ですよね。日常そのものが非日常的なんじゃないかと思う。
●日本人が国境なき医師団で働くためには?
QUIM:
この本には、アドミニストレーター、ロジスティシャン、人事のリクルートメント担当など、いろんな人へのインタビューが載っています。みんな「国境なき医師団に入りたい」と言って試験を受けるけれど、かなりの人が落とされていく。
小倉:
そうなんだ。
QUIM:
ただ、落とすための試験というより、「どうすれば一緒に働けるだろう」と考える試験なんです。海外で活動するには、英語やフランス語ができたほうがいい。治療のときにも、スタッフとのコミュニケーションにも必要です。それから、即戦力となる実務経験、ストレスへの強さ、コミュニケーション力など、いろんな基準がある。
一度だめでも、「ここをもう少し鍛えよう」「大学院でもう少し勉強してみたら」といった形で、次につながるように関わっていくという話もあります。ただ、国境なき医師団へ派遣されて日本へ戻ってきても、次にいつ派遣されるかわからない。日本では、こういう活動に継続的に関われる環境が、あまり整っていないんだよね。
医師なら資格があるから、帰国後にまた医師の仕事へ戻ることもできるけど。
小倉:
日常へ戻れるね。
QUIM:
それでも、帰国後の働き方は難しい。医師以外の職種だと、仕事を一度離れて、帰国後にまた働くことはさらに難しいじゃない? 海外では、ちょっとご高齢の方が「私は毎年、何週間か休みを取って、必ず国境なき医師団へ来るのよ」と言うような例もあって、本当に若い人から80代くらいまで働いている。「ここへ来ると、すごくエネルギーをもらえる」と。そういう関わり方もできるみたいなんだよね。
小倉:
でも、日本で英語もフランス語もできなきゃいけないとなると、そこだけでも結構ハードルが高いね。
QUIM:
日本人にとってはハードルが高いよね。それでも日本から100人くらい、これは2018年時点のデータだったと思うけど、参加していた。まだまだ認知度は低いけど、特に学生だと、「何かしたいけど、何をしたらいいかわからない」と、もやもやしている人の目標になるのかもしれない。ただ、実際には紛争地へ行くことになるからね。
小倉:
一応、お給料は出るんだっけ?
QUIM:
お給料は出る。
小倉:
とはいえ、危険、リスクを考えたら、それに見合った給与は出ないのではないかという気がします。最近の日本では「直美(ちょくび)」といって、研修後すぐ美容医療へ進み、「一番効率よく稼げる診療科はどこだろう」と考える人も少なくない。その対極をいっていますよね。
QUIM:
そうだね。やりがいを感じて働きたい人もいる。ただ、日本では、こういう活動を続けられる環境がまだ十分には整っていないから、国のレベルでも考えていく必要があると思います。もちろん、誰にでも応募する権利はあります。
●世界最大の被差別部落、ロヒンギャをどれだけの人が知ってるか
小倉:
いとうせいこうさんが、国境なき医師団についてこれだけたくさん本を出版しているのは、すごく意義深いことだと思います。そこで何が行われているのか、私たちは知らないじゃない? だから、ライターという仕事は、すごく大事だと思う。
記録することは医療現場でも大切で、医療の記録はカルテにするけれど、情報があふれかえっているようでいて、意外と知られていないことがたくさんある。最近は、AIが入ってきてライターの仕事がなくなる、という話もあるけれども、生身の体で現地へ行き、一緒に参加してルポを書く仕事は、これからもっと必要になる気がしました。
QUIM:
本当に大事な仕事だと思います。しかも、ただライターがやっているというのではなく、いとうせいこうさんがやっていることが大きい。
それから、地震や戦争が起きると、そのときは注目されるじゃない? とんでもなくひどいことが起きていても、注目されているうちはまだ知られる。でも、報道されなくなると見えなくなってしまう。
一番新しい『「国境なき医師団」をそれでも見に行く――戦争とバングラデシュ編』には、ロヒンギャの話があります。ロヒンギャという名前や、何か危機が起きているらしいということは知っていても、本を読むと、とんでもないことが起きているとわかる。ものすごい数の難民が出ている。
アウンサンスーチーさんは現在幽閉されているけれど、彼女でさえロヒンギャの問題には、言い方は悪いけれど、十分に向き合わなかった。それくらい長く差別されていて、本の中では「世界最大の被差別部落」と表現されるほどなんだよね。日本もかつて、ビルマがイギリスから独立する過程に戦争で関わっていた。その影響もあるから、まったく無関係ではありません。いまは軍事政権のもとで、バングラデシュ側に巨大な難民キャンプができている。
ウガンダや南スーダンのことも、報道では見えにくくなっている。そういう状況では、女性と子どもが一番被害に遭う。ウガンダだったかな、難民の「十人に七人」ほどが性被害を受けているという記述もあって、性暴力がものすごく凄まじい。逃げてくる間に、ほぼ必ず起こるような状況です。そのぶんメンタルケアも充実させているんだけど。
『「国境なき医師団」を見に行く』シリーズを読むと、報道されず、見えにくくなっている戦争が可視化される。「こんなことがあったのか」と、いとうさん自身も驚きながら書いている。それを追いかけるだけでもすごいことだと思います。
今年で戦後81年だけれど、日本が関わってきたこともある。特にアジアにおいてね。だから、この本を読む意義はかなりあるんじゃないかな。新書はとても読みやすいし、新書が面白かったら、次に別のいとうさんの本を読んでいくのがいいと思います。
小倉:
たぶん、全然違う読書体験になると思います。私はまだ新書を読んでいないんだけど。
QUIM:
新書には、バングラデシュ編やガザ編は入っていないから、ほかの本もとても読みがいがあると思います。
●セイコー(いとうせいこう)からセイゴオ(松岡正剛)へ
QUIM:
もう少し時間をいただくと、いとうせいこうという人そのものを、もっと知ってほしいんですよね。この前、みうらじゅんさんを取り上げたけど、いとうさんは、みうらじゅんさんと一緒に『見仏記』シリーズ(を出している。
#010 人生で大事なことはみーんな「みうらじゅん」が教えてくれる? マイブーム、ゆるキャラ、そして…『老いるショック大賞』【ゆるメディ】
小倉:
仏像を見に行く旅行記のような本ですよね。
QUIM:
そう。松岡正剛さんも『千夜千冊』で『見仏記』を取り上げています。松岡さんは、いとうせいこうさんが大好きだったんだよね。
いとうさんは、もともと編集者として講談社に入って、先輩に山田五郎さんがいた。『ホットドッグ・プレス』という雑誌には、みうらじゅんさんも書いていた。その後、日本語ラップを始めた人の一人でもある。音楽家で、編集者で、作家でもある。
小倉:
テレビにも出ていますよね。
QUIM:
NHKの『3か月でマスターする 人体』では司会をしていました。俺もこのシリーズを時々見るんだけど、いとうさんは、相手が専門家でも専門外の人でも、プロフェッショナルでもアマチュアでも、話をうまく引き出すんです。話しているお医者さんも楽しそうで、見ているこっちも楽しくなる。素晴らしい才能だと思います。
小倉:
『いとうせいこうを探せ! デビュー30周年記念ハイブリッドブック』(講談社)松岡さんの文章には、「一所不在で、各所に遍在できる」と書いてある。松岡さん的な言い方だね。
QUIM:松岡さんはこんなふうに書いています。
一所に不在で、各所に遍在できる。
空中からイメージを持ってきて、その場をマネージしてみせる。
だから相槌と連想力の異能をもっている。
すぐれた作家する能力を、すばやい作歌する感覚が追い抜いている。
日本にめずらしい多能主義者なのである。
けれども実は、RAPのセイコーとZAPのセイゴーは生前から鏡像反映的に連携していたとおぼしい。
作家としての能力や、ラップをするいとうせいこうについて。難しい言葉を使っているけれど、松岡さんも、いとうさんの才能を力説していたんですよね。僕は子どものころ、テレビでいとうさんを見ても、「おかっぱの、この人は何者なんだろう」みたいな感じだった。松岡さんに会って、「いとうせいこうは、こんなにすごいんだ」と聞いて、だんだんわかってきた感じです。
小倉さんは、いとうせいこうさんにどんなイメージを持ってた?
小倉:
そんなに知らなかった。テレビをたくさん見る子でもなかったし、意識したのは大人になってからかもしれない。それこそ、みうらじゅんさんといとうせいこうさんのコンビ、という印象かな。
QUIM:
なるほど。星野概念さんが『ラブという薬』(リトルモア)などの本を出したでしょう。もともと編集工学研究所でやっていたAIDAという企業塾に、いとうせいこうさんが星野概念さんを連れてきて、そこから小倉さんとつながって、MEdit Labの動画にも出てもらったんだもんね。
小倉:
そう。だから親戚みたいなものです(笑)。編集学校は、だいたいどんな人も親戚みたいになっちゃうよね。
QUIM:
本当に。いまも大活躍のいとうせいこうさんのお話でした。
小倉:
私も改めて読んでみようと思います。
QUIM:
ぜひ読んでほしいです。次回は――。
小倉:
「セイコーからセイゴオへ」ということで、松岡正剛を取り上げたいと思います。
QUIM:
松岡さんが亡くなったのが、戦争の日というか、終戦の日の少し前なんですよね。では、最後に改めて本を紹介しましょう。
小倉:
まず、今回ご紹介した講談社現代新書、いとうせいこうさんの『「国境なき医師団」になろう!』です。それから文庫が2冊と、単行本が1冊かな。刊行順では、最初が『「国境なき医師団」を見に行く』。
QUIM:
そうですね。
小倉:
次が『「国境なき医師団」をもっと見に行く』。これは私が読んだ本で、ガザなどを取り上げています。そして最後に、さらに行くんですよね。『「国境なき医師団」をそれでも見に行く――戦争とバングラデシュ編』が最新刊として出ています。全部で4冊あるんだ。
QUIM:
次は、どうなるかだね?
小倉:
どうなるんですかね。やっぱり「見に行く」ことが、だんだん困難に、過酷になっていくんだと思いますけれども。ぜひ皆さんに読んでいただければと思います。
●おまけ シリア難民とギリシャを描く映画『I Was a Stranger』
QUIM:
『いとうせいこうを探せ!』という本もあります。いとうせいこうフェスのムックです。
小倉:
雑誌っぽいね。講談社のムックか。
QUIM:
いろんな人が、いとうせいこうを語っていますよ。
それからもう一つ、『I Was a Stranger』という映画があります。これはシリア難民の話です。いまパンフレットを持っているんですけど、主人公の女性は医師なんですね。
戦場で爆撃を受けながら治療するような場面から始まって、5人のまったく異なる人たちの人生が絡まり合っていく。パンフレットに載っている、もう一人の黒人男性は密航業者なの。
QUIM:
そうした5人の人生が絡まりながら、シリア難民の問題が描かれます。
国境なき医師団の本にもギリシャ編が出てくるけど、難民の人たちは、アフリカやシリアから地中海を渡ってくる。生きて到着できるかわからないようなゴムボートに乗せられ、海で溺れて亡くなる方が大勢いる。
それを描いた映画です。本当に映画として素晴らしい。面白いというのは少し不謹慎かもしれないけど、とても見応えのある映画だったので、ぜひ見ていただければと思います。
ちょっと長くなっちゃいましたけども。
小倉:
はい。ありがとうございました。
QUIM:
ありがとうございました。
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投稿者プロフィール

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メディアのプロとして、立ち上げから今日に至るまでMEdit Labの運営を
全面的にサポートしてくれているSaiQuicのエディター。20代から伝説の編集者、故・松岡正剛にその才能を見出され、数々の松岡プロジェクトに参加してきた。大学時代は勅使川原三郎ゼミに所属し、ダンサーやモデルや役者もできちゃうマルチタレント。
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